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Name5:一日限りの花嫁
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世間の学生たちは学校に通っているであろう昼下がり。僕はいつもの学生服を着て梓さんのカフェに向かった。軽やかなドアベルの音を鳴らしながら店内に入れば、梓さんがひらひらと手を振って出迎えてくれた。
「いらっしゃい、ごんちゃん」
コーヒーの香ばしい香りがする中、梓さんはにこやかに笑った。
「こんにちは梓さん。少しいいですか?」
「何かしら。いつものコーヒーのご注文?」
「それもそうですけど、お伺いしたいことがありまして」
梓さんの正面にあるカウンター席に座り、僕は控えめに笑う。僕の表情がいつもと違ったからか、梓さんは「珍しいわね。何でも言ってちょうだい」とコーヒーを淹れながら得意げな顔をした。
「……ドレス、持ってたりしませんか?」
「ドレス?」
唐突なその問いに、梓さんが復唱する。
彼の手が止まり、少々濃いめのメイクが施された目元がピクリと動いた。
「はい。確か、ドレスとかわりと凝った服作るの好きでしたよね?」
「あぁ……昔の話ね。趣味でコスプレをやってた時期があったから、当時はよく衣装を手作りしてたのよ」
懐かしむように、梓さんは目を伏せた。その返事を聞いて、梓さんが衣装作りが得意なことを覚えておいてよかったと心底思った。
「じゃあ、ウェディングドレスのようなものはあったりしませんか?」
僕が訊ねると、梓さんはポッと頬を染めてくねくねした動きをした。
……あ、また面倒な反応をされそうだと口元を引きつらせた時には、もう手遅れだった。
「やだぁ~ごんちゃん。もしかしてこの間の子と結婚するつもりなのぉ?」
蕩けたような声で梓さんが口角を緩ませる。
この間の子。
それはどう考えても碓氷さんのことだろう。
「いえ、知り合いからの依頼です」
僕は愛想笑いを浮かべてしれっと嘘を吐いた。そうすれば、梓さんは意外にも素直に納得してくれた。
「そうなの?……んー、まぁ既存の衣装を改良すればそれっぽくなりそうなのはあるわよ」
そう答えながら、梓さんはコーヒーを出してくれた。お礼を言いながらそれを飲めば、ほろ苦い味が口内に広がる。
僕は梓さんに真剣な眼差しを向けて頼みこむ。
「よければ、ウェディングドレスのような衣装を作っていただけませんか?もちろん、お金はきちんと払いますので」
「別に構わないわよ。ごんちゃんはお得意さんだし、このお店に人が集まるようになったのも貴方のお蔭だもの。そうね……、たまにお店の手伝いとかしてくれればそれで充分よ」
梓さんは愛嬌のある微笑を浮かべた。自分の子供にでも向けるような温かい視線が僕に向けられる。
そういえば、この何でも屋を始めたばかりの時期に、店の宣伝を頼まれたことがあったなと懐かしく思う。当時はまだ何でも屋を始めたばかりだったから、特別顧客もいなかったのに。梓さんは、お金は払うからと名も知らぬ僕に依頼をしてきたのだった。
「すみません、いつもありがとうございます」
「いいのよ、こっちもお世話になったんだから。それに、ごんちゃんは若いのに結構苦労してるものね」
「……そうでしょうか」
「そうよ。若いのに色々抱えて生きている子、一生懸命で心から応援したくなっちゃうわぁ」
梓さんは両頬に手を添えてうっとりとした表情をした。
……色々、ね。
この世界が漫画かドラマの中だったら、設定を盛りすぎだと呆れるだろう。一体前世にどのような罪を犯せば、このようないろんな設定を盛られた人間になるのだろうか。
そう心の中で考えていれば、不意に梓さんが小さな声で言った。
「……本当は、あの子のためでしょう?」
全てを見透かしたようなハスキーボイスが、人の少ない店内に響いた。コーヒーを啜り、僕は呆れ顔をする。
「誰も彼女のためとは……」
「あたしこそ彼女が『あの子』だとは一言も言ってないわよ?でも、見れば分かるわ」
梓さんの瞳が得意げに煌めく。言葉を間違えたと、僕はコーヒーを飲み干しながら後悔した。今更もう弁解はできないと、僕は諦めて口を開く。
「……なら話は早いですね。碓氷さんのためにウェディングドレスを作っていただけませんか?」
「えぇもちろんよ。あの子に似合う衣装、実は考えてたりしたのよねぇ」
正直ダメ元ではあったが、梓さんは快諾してくれた。そんなに簡単に引き受けてもいいのかと訊ねれば、当たり前と至極当然だという顔で返された。
ありがたい限りだ。彼には世話になりっぱなしで頭が下がる思いだ。
……今度、近所の人にでもカフェを宣伝しておこう。
「ねぇ、一つ聞かせて頂戴」
ドレスの件でお礼を言って席を立つと、梓さんが僕を引き留めた。
「何ですか?」と首を傾げながら訊ねれば、梓さんが少し間を置いて真剣な声音で言う。
「他人にそう関心も持てなかったあなたが、特定の人物に一生懸命になるのはどうしてかしら」
ふざけた様子は微塵もなかった。男らしいと言ったら失礼かもしれないが、それくらい真っすぐで鋭い視線が飛んできた。
そんなの、僕にだってよく分からない。
考えるよりも先に行動しているような、無意識に近い形だ。その問いの答えは、僕自身が一番知りたがっているに違いない。
「さぁね。ただの気まぐれですよ」
いつものようにはぐらかして笑い、僕はもう一度お礼を言って店を後にした。
きっと彼女への気持ちに深い意味はないはずだ。
……彼女なら、与えた分だけ何かを返してくれそうな気がしただけだ。
それこそ、僕が望んだものを。
「いらっしゃい、ごんちゃん」
コーヒーの香ばしい香りがする中、梓さんはにこやかに笑った。
「こんにちは梓さん。少しいいですか?」
「何かしら。いつものコーヒーのご注文?」
「それもそうですけど、お伺いしたいことがありまして」
梓さんの正面にあるカウンター席に座り、僕は控えめに笑う。僕の表情がいつもと違ったからか、梓さんは「珍しいわね。何でも言ってちょうだい」とコーヒーを淹れながら得意げな顔をした。
「……ドレス、持ってたりしませんか?」
「ドレス?」
唐突なその問いに、梓さんが復唱する。
彼の手が止まり、少々濃いめのメイクが施された目元がピクリと動いた。
「はい。確か、ドレスとかわりと凝った服作るの好きでしたよね?」
「あぁ……昔の話ね。趣味でコスプレをやってた時期があったから、当時はよく衣装を手作りしてたのよ」
懐かしむように、梓さんは目を伏せた。その返事を聞いて、梓さんが衣装作りが得意なことを覚えておいてよかったと心底思った。
「じゃあ、ウェディングドレスのようなものはあったりしませんか?」
僕が訊ねると、梓さんはポッと頬を染めてくねくねした動きをした。
……あ、また面倒な反応をされそうだと口元を引きつらせた時には、もう手遅れだった。
「やだぁ~ごんちゃん。もしかしてこの間の子と結婚するつもりなのぉ?」
蕩けたような声で梓さんが口角を緩ませる。
この間の子。
それはどう考えても碓氷さんのことだろう。
「いえ、知り合いからの依頼です」
僕は愛想笑いを浮かべてしれっと嘘を吐いた。そうすれば、梓さんは意外にも素直に納得してくれた。
「そうなの?……んー、まぁ既存の衣装を改良すればそれっぽくなりそうなのはあるわよ」
そう答えながら、梓さんはコーヒーを出してくれた。お礼を言いながらそれを飲めば、ほろ苦い味が口内に広がる。
僕は梓さんに真剣な眼差しを向けて頼みこむ。
「よければ、ウェディングドレスのような衣装を作っていただけませんか?もちろん、お金はきちんと払いますので」
「別に構わないわよ。ごんちゃんはお得意さんだし、このお店に人が集まるようになったのも貴方のお蔭だもの。そうね……、たまにお店の手伝いとかしてくれればそれで充分よ」
梓さんは愛嬌のある微笑を浮かべた。自分の子供にでも向けるような温かい視線が僕に向けられる。
そういえば、この何でも屋を始めたばかりの時期に、店の宣伝を頼まれたことがあったなと懐かしく思う。当時はまだ何でも屋を始めたばかりだったから、特別顧客もいなかったのに。梓さんは、お金は払うからと名も知らぬ僕に依頼をしてきたのだった。
「すみません、いつもありがとうございます」
「いいのよ、こっちもお世話になったんだから。それに、ごんちゃんは若いのに結構苦労してるものね」
「……そうでしょうか」
「そうよ。若いのに色々抱えて生きている子、一生懸命で心から応援したくなっちゃうわぁ」
梓さんは両頬に手を添えてうっとりとした表情をした。
……色々、ね。
この世界が漫画かドラマの中だったら、設定を盛りすぎだと呆れるだろう。一体前世にどのような罪を犯せば、このようないろんな設定を盛られた人間になるのだろうか。
そう心の中で考えていれば、不意に梓さんが小さな声で言った。
「……本当は、あの子のためでしょう?」
全てを見透かしたようなハスキーボイスが、人の少ない店内に響いた。コーヒーを啜り、僕は呆れ顔をする。
「誰も彼女のためとは……」
「あたしこそ彼女が『あの子』だとは一言も言ってないわよ?でも、見れば分かるわ」
梓さんの瞳が得意げに煌めく。言葉を間違えたと、僕はコーヒーを飲み干しながら後悔した。今更もう弁解はできないと、僕は諦めて口を開く。
「……なら話は早いですね。碓氷さんのためにウェディングドレスを作っていただけませんか?」
「えぇもちろんよ。あの子に似合う衣装、実は考えてたりしたのよねぇ」
正直ダメ元ではあったが、梓さんは快諾してくれた。そんなに簡単に引き受けてもいいのかと訊ねれば、当たり前と至極当然だという顔で返された。
ありがたい限りだ。彼には世話になりっぱなしで頭が下がる思いだ。
……今度、近所の人にでもカフェを宣伝しておこう。
「ねぇ、一つ聞かせて頂戴」
ドレスの件でお礼を言って席を立つと、梓さんが僕を引き留めた。
「何ですか?」と首を傾げながら訊ねれば、梓さんが少し間を置いて真剣な声音で言う。
「他人にそう関心も持てなかったあなたが、特定の人物に一生懸命になるのはどうしてかしら」
ふざけた様子は微塵もなかった。男らしいと言ったら失礼かもしれないが、それくらい真っすぐで鋭い視線が飛んできた。
そんなの、僕にだってよく分からない。
考えるよりも先に行動しているような、無意識に近い形だ。その問いの答えは、僕自身が一番知りたがっているに違いない。
「さぁね。ただの気まぐれですよ」
いつものようにはぐらかして笑い、僕はもう一度お礼を言って店を後にした。
きっと彼女への気持ちに深い意味はないはずだ。
……彼女なら、与えた分だけ何かを返してくれそうな気がしただけだ。
それこそ、僕が望んだものを。
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