悪人

茸田

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小学校、勉強

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 私は悪い人間でした。

 私は、善い人間でありたいと思いましたが、それが困難ですらなく、もはや無理なのだと悟った時、全てを諦め、全てを無にすることに決めました。

 私の子供の頃の話をしましょう。
 私は、家の近くにある、何の変哲もない普通の学校に通っていました。入学する前に、父と母が、薄い、くしゃくしゃのビニールに覆われた、赤いランドセルを、どこか嬉しそうに差し出してきたのを覚えています。

 私は、どういうわけか、その頃から人に話しかけるのが苦手でした。話しかけてしまった瞬間から、相手の目は私を刺し、まるで気持ちの悪い虫を見るかのようにするのではないかという妄想に取り憑かれ、忘れてしまった黒鉛筆を借りることができません。それに、私の指は汚いものですので、もしも私が黒鉛筆を借りて、それを返した時に、相手が少しでも拭う仕草をしたとしましょう。そうしたら、私の脳裏にはその光景がずっとこびりついて、一生、私を苦しめたでしょう。

 私は学童に通っていました。母は仕事が好きで、私に弁当を渡し、仕事が終わるまで学童にいるように言いつけました。

 私は、とある一人の上級生を、理由は全く覚えていませんが、とても好きになったことを覚えています。弁当を食べる時に正面に座ったので、口に含んでは見て、口に含んでは見て、を繰り返していました。その時、私がちらちらと見ることを鬱陶しがっていることを、まさに、その時に言われましたので、私はその上級生が、すぐに嫌いになりました。

 私は一言で言いますと、少し変わった子だったらしいです。癇癪持ちで、授業の内容を理解するのが遅く、周りを笑わせるのが好きという、主に、このような特徴があったように思います。

 授業に関しては、漢字のドリルがあって、そこに灰色の薄らとした漢字がプリントされていますので、それをなぞるのですが、私は少しでも文字がはみ出るのが許せず、何度も、何度も、書き直していました。大体、時間内に二文字か三文字ほど書けば良かった筈なのですが、大抵の場合、私は書き終わることがありませんでした。

 算数の授業では、時計の読み方を覚えるものがありましたが、私にとって先生の言葉というのは、それこそ川のように流れていくものだったのです。川の水は、常に同じところにあるわけではなく、数秒後には遥か彼方へ、こちらが認識するよりも早く流れていってしまうものだと思いますが、まさに、私にとってはそうだったのです。

 周りのクラスメイトは、どんどんと問題を解き、前に出ていきます。私のクラスでは、問題を解けた者から前に出るというルールがあったからです。一人、また一人と出て行く度、私は焦り、心臓はバクバクと脈打ち、脳内には、一人取り残された私が、嘲笑を受け、涙を浮かべながらも、ぐるぐると回っていそうな時計のイラストを眺める様子が浮かんできました。

 物差しの見方を学ぶ時もありました。木の物差しには、黒く細い線が書かれており、小さな黒い点が一ミリ、赤い大きな点が一センチの区切りを表していました。私はこの時も、全く見方がわからず、翌日、学んですぐの頃、出されたテストで、適当な数字を書き込んだのを覚えています。

 私はテストを採点した担任に呼び出され、その日の放課後、物差しの見方を教わりました。教室には私しかいませんでした。

 私は、不思議でなりませんでした。私ができなかったことが、他の、二十数名にも及ぶクラスメイトはできたということなのです。

 弁明しておきますと、私は話を聞いていないわけではありません。ただ、流れて行くのです。それだけなのです。

 私は、そもそも、興味のないことは、どれだけ必要であっても集中していられないタチでして、私の本能的な何かが、興味のある話と興味のない話をラインに流れてくる荷物のように仕分け、興味のない話の時は、私に、空想に耽るように言い聞かせてくるのです。私にはどうしようもないことなのです。

 そういうわけで、私は人よりも、色々と、遅れていました。

 一抹の不安はありましたが、それでも、成長するに連れて、話は聞けるようにもなるし、ある程度、勉強にもついていけるようにもなるだろうと、妙な自信がありました。

 結論から言うと、そうではなかったのですが、それでも、当時の私は、少なくとも勉強嫌いではなかった筈です。

 私は週末になると親戚の家に泊まりに行ったのですが、その時は、漫画雑誌の付録であるデニム生地のバッグに、国語やら、算数やら、理科やらの教科書とノートを詰め、重いそれを持って行きました。

 脳内には、教科書とノートを開き、勉学に励む自分の姿が浮かびます。ただ、今、思いますと、それこそ漫画に出てくるような学生の姿、机に教科書とノートを広げ、勉学に励む学生の姿に自己投影をし、気持ち良くなりたかっただけなのかもしれません。今、とは言いましたが、当時の私も、それを認識はしていたでしょう。事実、親戚宅で私が教科書とノートを開くことはなかったのですから。

 子供の頃の勉強の話については、ここで終わりと致します。
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