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6章 秘事
疼き
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「ここ…高いんじゃないんですか?」
思わず口をついて出た。
だってこの部屋はホテルの最上階で、夜景も臨める高級な部屋だったからだ。
それに佐良は屈託なく笑った。
「うん、でも急だったから今晩しか取れなくてさ。明日は別のところ。ごめんね。」
「十分すぎますよ…。でも、嬉しいです。」
素直に礼を告げる。
まさかこんなに良い部屋を予約しているとは思ってもいなくて、やはり申し訳ない気持ちが大きいけれど、嬉しいのも本当で。
こんなに幸せでいいんだろうか。
過ぎる幸せに、半ば恐怖すら感じる。
深い赤を基調とした室内。
キングサイズのベッドが置かれたベッドルームに、リビングルームまでついている。
床から天井までの一角を切り取ったはめ殺しの窓からは、美しい夜景。
「喜んでくれたみたいで良かった。」
コートをかけながら、佐良が微笑む。
「さてと、メシ、食いにいくか。階下にレストランがあるんだ。お腹、空いただろ?」
レストランに着くと直ぐに席に通された。
通された席も窓辺の良い席で、あまりにスムーズな流れに驚いていると佐良がまた、揶揄うように笑った。
「何、こういうとこも初めて?」
「仕方ないじゃないですか…!だってこんなの、経験あるわけ…、」
自分ではこんな店に行くことはないし、そんなにお金に余裕があるわけでもない。一人暮らしで細々と暮らしているのだ。
それに、こんな風に…、まるで“大切なもの”のように扱われたことなどないから、どういうリアクションをすれば良いかも分からない。
「ふーん、初めてか。なんかいい気分だな。」
「本当に思ってます…?だって、せっかく来ても、ちゃんと反応出来てないです。…たぶん。」
そう言うと、佐良が心底可笑しそうに笑った。
「はははっ、馬鹿だなぁ~。決まり切ったリアクションなんて嬉しくないよ。少しくらいおかしくても本当の反応だから嬉しいわけ。特に、それがはじめてだったら格別。」
「そうなんですか…?」
「そうだよ。ほら、料理が来るよ。」
料理は美味しかった。
前菜、魚、肉、デザートから成るコース料理だ。美しい夜景を見ながらの食事は緊張しつつも楽しむことが出来た。
それは佐良がこちらを気遣ってくれたことが大きい。
慣れない空間に緊張する自分を揶揄いつつもリラックスさせようと努めてくれたのが分かる。
ホテルも食事も用意してもらって気まで使わせたことが申し訳ない。
普段、佐良と触れ合う時に感じる罪悪感は、この夢のような空間に薄れていたが、それも次第に輪郭をはっきりと描き始める。それはホテルの部屋に戻り、途端に静けさを感じた所為かも知れない。
「どうした?疲れた?」
大きな窓辺でぼんやりと夜景を見つめていると、ポンと優しく頭を撫でられる。労るような、慈しむような視線に苦しさが増した。
「佐良さん…。」
「風呂、入らないの?」
「佐良さん、どうしよう…、」
怖かった。
とてつもなく怖かった。
ずっと一緒にいたいと願ってしまうことが。心からそう願っていることが。
そして今、夢の中にいることが怖い。
いつか覚めてしまうことを知っている。
この関係に罪悪感を抱きながら、どうしようもない渇望を抱くことを嫌悪しながら、それを手放したくないと感じてしまう。
それが恐ろしかった。
何も説明できていないが、佐良は悟ったように微笑んだ。
そしてそっと体を抱き寄せられる。
すっぽりと包まれた腕の中で、やっぱり手放したくないと感じた。
この温もりを、甘美な匂いと共に齎される幸福を。
「好きだよ」
耳元で囁かれる言葉。
“好き”ってなんだろう、“愛する”とはどんな感情だろう、そんなことが分からない毎日だった。
それはこんなにも明確な感情だったのに、自分はそれを知らなかった。
本当に分からなかったのだ。
でも今のこの疼きが恋や愛だというならば。
「好き…です…。佐良さんが、好きです…。」
ぎゅっと体を抱きしめる。
離したくない。
この温もりを手放したくない。
「ほらな、やっぱりそうだ。」
呆れたような、困ったような声でそう言って佐良は笑った。
「鈍感なの?本当、どうしようかと思った。」
「だって、知らなかった…。こんな、感情…、佐良さんだけです。」
「あのさ~…はぁ、そういうとこだって。」
何故か少し怒ったように言った佐良の腕に力がこもる。
そのまま肩口に口づけられて、くすぐったい。それは徐々に場所を変えてあやすように軽く頬に触れる。そして軽く唇に触れた。
次第に高くなる体温。息があがる。
触れられる場所全てが気持ち良い。
そのまま、背後にあるキングサイズのベッドへと押し倒される。
「だめです、だってお風呂…。」
「んー離れたくないなぁ~なんて。」
「でも…このまま?…」
「だったら、一緒に入ろうか。」
にこり、佐良が微笑んだ。
思わず口をついて出た。
だってこの部屋はホテルの最上階で、夜景も臨める高級な部屋だったからだ。
それに佐良は屈託なく笑った。
「うん、でも急だったから今晩しか取れなくてさ。明日は別のところ。ごめんね。」
「十分すぎますよ…。でも、嬉しいです。」
素直に礼を告げる。
まさかこんなに良い部屋を予約しているとは思ってもいなくて、やはり申し訳ない気持ちが大きいけれど、嬉しいのも本当で。
こんなに幸せでいいんだろうか。
過ぎる幸せに、半ば恐怖すら感じる。
深い赤を基調とした室内。
キングサイズのベッドが置かれたベッドルームに、リビングルームまでついている。
床から天井までの一角を切り取ったはめ殺しの窓からは、美しい夜景。
「喜んでくれたみたいで良かった。」
コートをかけながら、佐良が微笑む。
「さてと、メシ、食いにいくか。階下にレストランがあるんだ。お腹、空いただろ?」
レストランに着くと直ぐに席に通された。
通された席も窓辺の良い席で、あまりにスムーズな流れに驚いていると佐良がまた、揶揄うように笑った。
「何、こういうとこも初めて?」
「仕方ないじゃないですか…!だってこんなの、経験あるわけ…、」
自分ではこんな店に行くことはないし、そんなにお金に余裕があるわけでもない。一人暮らしで細々と暮らしているのだ。
それに、こんな風に…、まるで“大切なもの”のように扱われたことなどないから、どういうリアクションをすれば良いかも分からない。
「ふーん、初めてか。なんかいい気分だな。」
「本当に思ってます…?だって、せっかく来ても、ちゃんと反応出来てないです。…たぶん。」
そう言うと、佐良が心底可笑しそうに笑った。
「はははっ、馬鹿だなぁ~。決まり切ったリアクションなんて嬉しくないよ。少しくらいおかしくても本当の反応だから嬉しいわけ。特に、それがはじめてだったら格別。」
「そうなんですか…?」
「そうだよ。ほら、料理が来るよ。」
料理は美味しかった。
前菜、魚、肉、デザートから成るコース料理だ。美しい夜景を見ながらの食事は緊張しつつも楽しむことが出来た。
それは佐良がこちらを気遣ってくれたことが大きい。
慣れない空間に緊張する自分を揶揄いつつもリラックスさせようと努めてくれたのが分かる。
ホテルも食事も用意してもらって気まで使わせたことが申し訳ない。
普段、佐良と触れ合う時に感じる罪悪感は、この夢のような空間に薄れていたが、それも次第に輪郭をはっきりと描き始める。それはホテルの部屋に戻り、途端に静けさを感じた所為かも知れない。
「どうした?疲れた?」
大きな窓辺でぼんやりと夜景を見つめていると、ポンと優しく頭を撫でられる。労るような、慈しむような視線に苦しさが増した。
「佐良さん…。」
「風呂、入らないの?」
「佐良さん、どうしよう…、」
怖かった。
とてつもなく怖かった。
ずっと一緒にいたいと願ってしまうことが。心からそう願っていることが。
そして今、夢の中にいることが怖い。
いつか覚めてしまうことを知っている。
この関係に罪悪感を抱きながら、どうしようもない渇望を抱くことを嫌悪しながら、それを手放したくないと感じてしまう。
それが恐ろしかった。
何も説明できていないが、佐良は悟ったように微笑んだ。
そしてそっと体を抱き寄せられる。
すっぽりと包まれた腕の中で、やっぱり手放したくないと感じた。
この温もりを、甘美な匂いと共に齎される幸福を。
「好きだよ」
耳元で囁かれる言葉。
“好き”ってなんだろう、“愛する”とはどんな感情だろう、そんなことが分からない毎日だった。
それはこんなにも明確な感情だったのに、自分はそれを知らなかった。
本当に分からなかったのだ。
でも今のこの疼きが恋や愛だというならば。
「好き…です…。佐良さんが、好きです…。」
ぎゅっと体を抱きしめる。
離したくない。
この温もりを手放したくない。
「ほらな、やっぱりそうだ。」
呆れたような、困ったような声でそう言って佐良は笑った。
「鈍感なの?本当、どうしようかと思った。」
「だって、知らなかった…。こんな、感情…、佐良さんだけです。」
「あのさ~…はぁ、そういうとこだって。」
何故か少し怒ったように言った佐良の腕に力がこもる。
そのまま肩口に口づけられて、くすぐったい。それは徐々に場所を変えてあやすように軽く頬に触れる。そして軽く唇に触れた。
次第に高くなる体温。息があがる。
触れられる場所全てが気持ち良い。
そのまま、背後にあるキングサイズのベッドへと押し倒される。
「だめです、だってお風呂…。」
「んー離れたくないなぁ~なんて。」
「でも…このまま?…」
「だったら、一緒に入ろうか。」
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