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4章 探し物
探し物は何ですか
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『三年前の資料なんだけどそっちにない?手が離せなくて。申し訳ないんだけど探してくれない?明日までにお願い!』
手が離せないのは時期的によく分かっていた。
二月も初め、年度締めの作業へ向けて動いているのだ。
まあ、それはこちらも同じなのだけど。
彼女は、この劣悪な職場環境で数少ない親切な先輩だ。内線の向こうの切羽詰まった声に断ることが憚られ、自分の仕事を捨て置いてそちらにかかることにした。
正確には取り組んでいた仕事も、本来は自分の仕事ではないのだけど。
資料といえば上階の倉庫フロアだ。
とはいえ、三年前では辺りをつけようにも難しい。
三年前を知る先輩や上司に尋ねられれば早いのだがどうしたものか。
例によってパート社員は当てにならない。かと言って管理職も当てにならない。それはこの一年で理解した。
担当になって一か月、引き継ぎもなく放置されていた。引き継がれないなら自力で調べるしかないが、調べようがないこともある。それらを仕方なく尋ねたが「分からない」の一点張りだった。
正直、あれはイジメではないのだろうかと思う。
誰に尋ねるのが良いのか、前任者に連絡がつけば良いがそれも難しい。
オフィスを見回しても適当な人物は目につかず、今日も何度目かのため息を吐き出す。
もう五時を回っている。
後数十分で定時だ。
定時というのは特定の社員には無意味な言葉だけれど。
書類の種類は分かるから、そこから辺りをつけるしかない。
そう考えて椅子から立ち上がる。
事務所のホワイトボードに倉庫へ行く旨をマグネットで記してエレベーターホールへと向かった。
このフロアに来るのは、須田と来て以来だ。
相変わらず空調機が止まっており肌寒い。
目当ての書類は経理関係の書類だから、それらがしまわれている倉庫を探せばいい。
ただし、三つもあるのが難点だ。
しかし、とりあえず手をつけるしかない。年度ごとに分かれているはずだから一箱一箱、地道に探せばいつかは見つかるはずだ。
まずは一つ目の倉庫に足を踏み入れる。
社員証で解錠して中へ入ろうとした時、背後で声がして振り返った。
「あれ?どうした?」
佐良が段ボールを一つ抱えて立っていた。
「探し物を…。佐良さん、ここにしまうんですか?」
「そうそう、入っていい?」
ドアを開けると、佐良が段ボールを適当な場所へと下ろす。
ドサリと音を立てた段ボールは、それなりに重量がありそうだった。
「それ、どうしたんですか?」
無造作に置かれた段ボールの中身が気になり、何となく問いかける。
「これ、今年度分の資料なんだけど、あと五年は保存する決まりだからしまいに来たんだよ。もう使わないし。」
「ちゃんとラベル貼って年度ごとにしまってくださいよ。今、それで困ってます。」
「何探してるの?」
佐良のしまい方に、第二の犠牲者が出そうだと感じてつい棘を刺してしまう。しかし佐良は別段気にも留めず、逆に聞き返された。
「三年前の、経理の資料です。段ボールにラベルがないから、探すのに大変で…。」
「三年前?ふーん…。見つかりそう?」
「いえ、まだ今から探すので…。」
佐良がちら、と腕時計を見る。
「え、もう二十分だよ。いつまで?」
こちらだってそんなことは分かっている。けれど仕方がないじゃないか、と胸中で呟いた。
「明日まで…です。」
別に悪いのはこちらではないのに、何だかバツが悪い。
何となく視線を逸らして床を見つめた。
「は~…。仕方ないなぁ。手伝ってあげよう。」
「…え?佐良さんが?」
けれど、思いがけない佐良の言葉に驚いて視線を彼へと戻す。
それに佐良は少しだけ不服そうな顔をして言った。
「俺が普段何もしない駄目上司で、尚且つ人でなしみたいな反応しないでくれる?」
「いや、でも…、いいんですか?」
佐良は定時で上がるタイプだし、今までだってそうだった。
残っていても「お疲れ」とサラリと退勤するし、メッセージが来たと思えば外で待ち伏せているわけで。
つまり、魅力的な人間ではあるが、上司として素晴らしいかといえば微妙だと言える。
だからこの提案は意外すぎる提案だった。
「残るのは嫌だけど?でもさ、そうしたら一人で探すんじゃないの?経理関係だから…三部屋?風邪ひくよ?」
ムッとしつつも早速段ボールを開けにかかる佐良を半ば放心しつつ見つめた。
単純に嬉しい…のかもしれない。
「あ…、じゃあ、他の倉庫、探してきます。」
「ん。見つかったら教えて。」
「はい。それじゃ…」
倉庫を出ると通路はしん、と静まりかえっていた。このフロアは窓もないから外の様子もよく分からない。
佐良がいる倉庫の隣に位置する倉庫に入り、気を落ち着かせるように深呼吸した。
今まで、彼が何かを手伝おうとしたことなんて殆どなかった。
一応は、彼は直属の上司な訳だが、人材不足のこの職場では微妙な関係なのだ。
というのも、本来なら自分の上にもう一人社員がいるはずなのだ。その席は空席となったままだ。故に構図では佐良は直属の上司だが、役職的には上の上。
加えて、佐良の仕事のスタンスや性格も相まって、手伝って貰えるような雰囲気はなかった。
だから、今とても驚いている。
しかし驚いてばかりいられない。
探し物の期日は明日だ。
時間は少ない。
急いで探さなければ。
目前に積まれた段ボールから、当該年度の箱を引っ張り出す。
地道に開けて行くしか道はない。
とにかく今は探し物に集中するべく、作業に取り掛かることとした。
手が離せないのは時期的によく分かっていた。
二月も初め、年度締めの作業へ向けて動いているのだ。
まあ、それはこちらも同じなのだけど。
彼女は、この劣悪な職場環境で数少ない親切な先輩だ。内線の向こうの切羽詰まった声に断ることが憚られ、自分の仕事を捨て置いてそちらにかかることにした。
正確には取り組んでいた仕事も、本来は自分の仕事ではないのだけど。
資料といえば上階の倉庫フロアだ。
とはいえ、三年前では辺りをつけようにも難しい。
三年前を知る先輩や上司に尋ねられれば早いのだがどうしたものか。
例によってパート社員は当てにならない。かと言って管理職も当てにならない。それはこの一年で理解した。
担当になって一か月、引き継ぎもなく放置されていた。引き継がれないなら自力で調べるしかないが、調べようがないこともある。それらを仕方なく尋ねたが「分からない」の一点張りだった。
正直、あれはイジメではないのだろうかと思う。
誰に尋ねるのが良いのか、前任者に連絡がつけば良いがそれも難しい。
オフィスを見回しても適当な人物は目につかず、今日も何度目かのため息を吐き出す。
もう五時を回っている。
後数十分で定時だ。
定時というのは特定の社員には無意味な言葉だけれど。
書類の種類は分かるから、そこから辺りをつけるしかない。
そう考えて椅子から立ち上がる。
事務所のホワイトボードに倉庫へ行く旨をマグネットで記してエレベーターホールへと向かった。
このフロアに来るのは、須田と来て以来だ。
相変わらず空調機が止まっており肌寒い。
目当ての書類は経理関係の書類だから、それらがしまわれている倉庫を探せばいい。
ただし、三つもあるのが難点だ。
しかし、とりあえず手をつけるしかない。年度ごとに分かれているはずだから一箱一箱、地道に探せばいつかは見つかるはずだ。
まずは一つ目の倉庫に足を踏み入れる。
社員証で解錠して中へ入ろうとした時、背後で声がして振り返った。
「あれ?どうした?」
佐良が段ボールを一つ抱えて立っていた。
「探し物を…。佐良さん、ここにしまうんですか?」
「そうそう、入っていい?」
ドアを開けると、佐良が段ボールを適当な場所へと下ろす。
ドサリと音を立てた段ボールは、それなりに重量がありそうだった。
「それ、どうしたんですか?」
無造作に置かれた段ボールの中身が気になり、何となく問いかける。
「これ、今年度分の資料なんだけど、あと五年は保存する決まりだからしまいに来たんだよ。もう使わないし。」
「ちゃんとラベル貼って年度ごとにしまってくださいよ。今、それで困ってます。」
「何探してるの?」
佐良のしまい方に、第二の犠牲者が出そうだと感じてつい棘を刺してしまう。しかし佐良は別段気にも留めず、逆に聞き返された。
「三年前の、経理の資料です。段ボールにラベルがないから、探すのに大変で…。」
「三年前?ふーん…。見つかりそう?」
「いえ、まだ今から探すので…。」
佐良がちら、と腕時計を見る。
「え、もう二十分だよ。いつまで?」
こちらだってそんなことは分かっている。けれど仕方がないじゃないか、と胸中で呟いた。
「明日まで…です。」
別に悪いのはこちらではないのに、何だかバツが悪い。
何となく視線を逸らして床を見つめた。
「は~…。仕方ないなぁ。手伝ってあげよう。」
「…え?佐良さんが?」
けれど、思いがけない佐良の言葉に驚いて視線を彼へと戻す。
それに佐良は少しだけ不服そうな顔をして言った。
「俺が普段何もしない駄目上司で、尚且つ人でなしみたいな反応しないでくれる?」
「いや、でも…、いいんですか?」
佐良は定時で上がるタイプだし、今までだってそうだった。
残っていても「お疲れ」とサラリと退勤するし、メッセージが来たと思えば外で待ち伏せているわけで。
つまり、魅力的な人間ではあるが、上司として素晴らしいかといえば微妙だと言える。
だからこの提案は意外すぎる提案だった。
「残るのは嫌だけど?でもさ、そうしたら一人で探すんじゃないの?経理関係だから…三部屋?風邪ひくよ?」
ムッとしつつも早速段ボールを開けにかかる佐良を半ば放心しつつ見つめた。
単純に嬉しい…のかもしれない。
「あ…、じゃあ、他の倉庫、探してきます。」
「ん。見つかったら教えて。」
「はい。それじゃ…」
倉庫を出ると通路はしん、と静まりかえっていた。このフロアは窓もないから外の様子もよく分からない。
佐良がいる倉庫の隣に位置する倉庫に入り、気を落ち着かせるように深呼吸した。
今まで、彼が何かを手伝おうとしたことなんて殆どなかった。
一応は、彼は直属の上司な訳だが、人材不足のこの職場では微妙な関係なのだ。
というのも、本来なら自分の上にもう一人社員がいるはずなのだ。その席は空席となったままだ。故に構図では佐良は直属の上司だが、役職的には上の上。
加えて、佐良の仕事のスタンスや性格も相まって、手伝って貰えるような雰囲気はなかった。
だから、今とても驚いている。
しかし驚いてばかりいられない。
探し物の期日は明日だ。
時間は少ない。
急いで探さなければ。
目前に積まれた段ボールから、当該年度の箱を引っ張り出す。
地道に開けて行くしか道はない。
とにかく今は探し物に集中するべく、作業に取り掛かることとした。
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