夜に浮かぶ

帷 暁(Persona Mania)

文字の大きさ
上 下
10 / 20
4章 探し物

探し物は何ですか

しおりを挟む
 『三年前の資料なんだけどそっちにない?手が離せなくて。申し訳ないんだけど探してくれない?明日までにお願い!』

 手が離せないのは時期的によく分かっていた。
 二月も初め、年度締めの作業へ向けて動いているのだ。
 まあ、それはこちらも同じなのだけど。

 彼女は、この劣悪な職場環境で数少ない親切な先輩だ。内線の向こうの切羽詰まった声に断ることが憚られ、自分の仕事を捨て置いてそちらにかかることにした。
 正確には取り組んでいた仕事も、本来は自分の仕事ではないのだけど。

 資料といえば上階の倉庫フロアだ。
 とはいえ、三年前では辺りをつけようにも難しい。
 三年前を知る先輩や上司に尋ねられれば早いのだがどうしたものか。

 例によってパート社員は当てにならない。かと言って管理職も当てにならない。それはこの一年で理解した。
 担当になって一か月、引き継ぎもなく放置されていた。引き継がれないなら自力で調べるしかないが、調べようがないこともある。それらを仕方なく尋ねたが「分からない」の一点張りだった。
 正直、あれはイジメではないのだろうかと思う。

 誰に尋ねるのが良いのか、前任者に連絡がつけば良いがそれも難しい。
 オフィスを見回しても適当な人物は目につかず、今日も何度目かのため息を吐き出す。
 もう五時を回っている。
 後数十分で定時だ。
 定時というのは特定の社員には無意味な言葉だけれど。
 書類の種類は分かるから、そこから辺りをつけるしかない。
 そう考えて椅子から立ち上がる。
 事務所のホワイトボードに倉庫へ行く旨をマグネットで記してエレベーターホールへと向かった。













 このフロアに来るのは、須田と来て以来だ。
 相変わらず空調機が止まっており肌寒い。
 目当ての書類は経理関係の書類だから、それらがしまわれている倉庫を探せばいい。
 ただし、三つもあるのが難点だ。
 しかし、とりあえず手をつけるしかない。年度ごとに分かれているはずだから一箱一箱、地道に探せばいつかは見つかるはずだ。

 まずは一つ目の倉庫に足を踏み入れる。
 社員証で解錠して中へ入ろうとした時、背後で声がして振り返った。

 「あれ?どうした?」

 佐良が段ボールを一つ抱えて立っていた。

 「探し物を…。佐良さん、ここにしまうんですか?」
 「そうそう、入っていい?」

 ドアを開けると、佐良が段ボールを適当な場所へと下ろす。
 ドサリと音を立てた段ボールは、それなりに重量がありそうだった。

 「それ、どうしたんですか?」

 無造作に置かれた段ボールの中身が気になり、何となく問いかける。

 「これ、今年度分の資料なんだけど、あと五年は保存する決まりだからしまいに来たんだよ。もう使わないし。」
 「ちゃんとラベル貼って年度ごとにしまってくださいよ。今、それで困ってます。」
 「何探してるの?」

 佐良のしまい方に、第二の犠牲者が出そうだと感じてつい棘を刺してしまう。しかし佐良は別段気にも留めず、逆に聞き返された。

 「三年前の、経理の資料です。段ボールにラベルがないから、探すのに大変で…。」
 「三年前?ふーん…。見つかりそう?」
 「いえ、まだ今から探すので…。」

 佐良がちら、と腕時計を見る。

 「え、もう二十分だよ。いつまで?」

 こちらだってそんなことは分かっている。けれど仕方がないじゃないか、と胸中で呟いた。

 「明日まで…です。」

 別に悪いのはこちらではないのに、何だかバツが悪い。
 何となく視線を逸らして床を見つめた。

 「は~…。仕方ないなぁ。手伝ってあげよう。」
 「…え?佐良さんが?」

 けれど、思いがけない佐良の言葉に驚いて視線を彼へと戻す。
 それに佐良は少しだけ不服そうな顔をして言った。

 「俺が普段何もしない駄目上司で、尚且つ人でなしみたいな反応しないでくれる?」
 「いや、でも…、いいんですか?」

 佐良は定時で上がるタイプだし、今までだってそうだった。
 残っていても「お疲れ」とサラリと退勤するし、メッセージが来たと思えば外で待ち伏せているわけで。
 つまり、魅力的な人間ではあるが、上司として素晴らしいかといえば微妙だと言える。
 だからこの提案は意外すぎる提案だった。

 「残るのは嫌だけど?でもさ、そうしたら一人で探すんじゃないの?経理関係だから…三部屋?風邪ひくよ?」

 ムッとしつつも早速段ボールを開けにかかる佐良を半ば放心しつつ見つめた。

 単純に嬉しい…のかもしれない。

 「あ…、じゃあ、他の倉庫、探してきます。」
 「ん。見つかったら教えて。」
 「はい。それじゃ…」

 倉庫を出ると通路はしん、と静まりかえっていた。このフロアは窓もないから外の様子もよく分からない。

 佐良がいる倉庫の隣に位置する倉庫に入り、気を落ち着かせるように深呼吸した。
 今まで、彼が何かを手伝おうとしたことなんて殆どなかった。
 一応は、彼は直属の上司な訳だが、人材不足のこの職場では微妙な関係なのだ。
 というのも、本来なら自分の上にもう一人社員がいるはずなのだ。その席は空席となったままだ。故に構図では佐良は直属の上司だが、役職的には上の上。
 加えて、佐良の仕事のスタンスや性格も相まって、手伝って貰えるような雰囲気はなかった。
 だから、今とても驚いている。

 しかし驚いてばかりいられない。
 探し物の期日は明日だ。
 時間は少ない。
 急いで探さなければ。

 目前に積まれた段ボールから、当該年度の箱を引っ張り出す。
 地道に開けて行くしか道はない。
 とにかく今は探し物に集中するべく、作業に取り掛かることとした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...