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3章 アルバム1
虫かご
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真夏の神社では、杉の幹にアブラゼミがしがみついていた。
安い虫かごと虫取り網を手に、町を駆け回っていたが、あまりの暑さにげんなりとして、この神社に駆け込んだのだ。
神社は社のまわりを木々が覆い、土の地面のおかげで気温も低く感じる。木陰に駆け込んでシャツをパタパタと動かし、僅かばかりの風を体に送った。
日中、無人となる神社の境内に人気はない。ただ、蝉が忙しなく鳴き声を上げていた。
この暑いのによくもまぁ大声で…と、そんなことをぼんやりと思う。
そういう自分は、そんな相手をターゲットに虫かごと網を携えているのだけれど。
小学四年と言えば、もう虫取りは卒業する子供が多い。
屋内にも楽しい遊びは沢山あるし、最近はテレビゲームだとか、携帯ゲームだとか、携帯電話だとか、とかく子供は遊びに困らない。
けれどもそれは裕福な家の子供の話だ。
良い家庭環境があり、家に居場所がある子供の話。
額から汗が流れ落ちる。
暑い。
木陰といえど、今は八月。時刻は午後二時過ぎだ。
焼けるような喉の渇きを覚える。だが生憎と手持ちは数円程度だ。小遣いなどない。近くには自動販売機という文明の力があるが、地獄の沙汰は金次第だ。
故に、地獄なのだ。
仕方なく辺りを見回すと、神社の隅に井戸水が引かれていたのが見えた。
ゴクリと喉が鳴る。
この際、文句は言えない。
ふらふらとしながら、井戸へと歩みを進める。
井戸まで向かう途中、木陰を出て再び日に焼かれたが、冷水はもうすぐだ。
もう少しで井戸というところで、ふと社が気になった。
ここは神社だ。
この敷地はいわばこの神社の神の持ち物なのだ。そして、井戸水も同様にそうだと言える。
水を目の前にして、渇きが疼くが仕方ない。
井戸へ向かう足を社へと向ける。
お堂の前までたどり着き、僅かな石段にウンザリしながらも登り切った。
賽銭箱を前にして、ポケットを漁る。
数円の小銭を賽銭箱に放り投げ、垂れ下がったロープを揺らして鈴を鳴らした。
「お邪魔しています。ジュースを買うお金がありません。井戸水を下さい。」
なんて、ふざけた事を祈った。
その後は走って井戸水を飲む。
冷水が喉を通って、水って素晴らしいなんて考えながら、ついでに頭から水を被った。
どうせ服なんて汗でびしょ濡れだ。
水を被った所為か、幾分と涼しくなり、地面に投げ捨てていた虫取り網と虫かごを拾う。籠の中に命はない。
もう四年生だ。
本気で虫取りなど。
再びお堂の前まで行き、今度は石段の下から胸中で御礼を告げた。
瞬間、ザァっと涼しい風が吹き付ける。
驚いて辺りをキョロキョロと伺うと、遠くの空が黒くなっていた。
積乱雲だ。
もうすぐ雨が降りそうだ。
いくら家が居心地の悪い場所といえど、土砂降りの中で雷に怯えるよりはマジだ。
雨に降られないうちに、と一礼をして境内の外へと走る。
公道に出る直前、背後の社を振り返る。
別段、変わった様子はない。
ただ何となく、明日も来ようか、などと考えた。
ぼんやりと、地獄とは何だろう、と考える。
この床の冷たさだろうか。
この嫌な温度を纏う体だろうか。
人間が平等だなんて、どこの誰が言ったのだろう。
人間は平等、確かにそうだ。
不平等であることが平等だというならば、賛同もできるのに。
吐きそうだと思った。
窓の外では雷がゴロゴロと唸り声をあげる。ザァザァと吹き付ける雨粒が窓ガラスを叩き、アスファルトで踊り狂っていた。
天井のシミを目で辿りながら考える。
いっそのこと、ここに落雷すればいいのに、と。
一説によると、雷も神らしい。
雷神という神。
神様がいるのなら。
神様が今、空で唸っている。
チカッと閃光が屋内に差し込む。
音はまだ来ない。
ああ、大きいなと思う。
天井が揺れる。
シミが揺れる。
ドーン、と遅れて大きな音が響いた。
室内の照明が明滅する。
ね、神様。
神様。
本当に、いるのなら。
安い虫かごと虫取り網を手に、町を駆け回っていたが、あまりの暑さにげんなりとして、この神社に駆け込んだのだ。
神社は社のまわりを木々が覆い、土の地面のおかげで気温も低く感じる。木陰に駆け込んでシャツをパタパタと動かし、僅かばかりの風を体に送った。
日中、無人となる神社の境内に人気はない。ただ、蝉が忙しなく鳴き声を上げていた。
この暑いのによくもまぁ大声で…と、そんなことをぼんやりと思う。
そういう自分は、そんな相手をターゲットに虫かごと網を携えているのだけれど。
小学四年と言えば、もう虫取りは卒業する子供が多い。
屋内にも楽しい遊びは沢山あるし、最近はテレビゲームだとか、携帯ゲームだとか、携帯電話だとか、とかく子供は遊びに困らない。
けれどもそれは裕福な家の子供の話だ。
良い家庭環境があり、家に居場所がある子供の話。
額から汗が流れ落ちる。
暑い。
木陰といえど、今は八月。時刻は午後二時過ぎだ。
焼けるような喉の渇きを覚える。だが生憎と手持ちは数円程度だ。小遣いなどない。近くには自動販売機という文明の力があるが、地獄の沙汰は金次第だ。
故に、地獄なのだ。
仕方なく辺りを見回すと、神社の隅に井戸水が引かれていたのが見えた。
ゴクリと喉が鳴る。
この際、文句は言えない。
ふらふらとしながら、井戸へと歩みを進める。
井戸まで向かう途中、木陰を出て再び日に焼かれたが、冷水はもうすぐだ。
もう少しで井戸というところで、ふと社が気になった。
ここは神社だ。
この敷地はいわばこの神社の神の持ち物なのだ。そして、井戸水も同様にそうだと言える。
水を目の前にして、渇きが疼くが仕方ない。
井戸へ向かう足を社へと向ける。
お堂の前までたどり着き、僅かな石段にウンザリしながらも登り切った。
賽銭箱を前にして、ポケットを漁る。
数円の小銭を賽銭箱に放り投げ、垂れ下がったロープを揺らして鈴を鳴らした。
「お邪魔しています。ジュースを買うお金がありません。井戸水を下さい。」
なんて、ふざけた事を祈った。
その後は走って井戸水を飲む。
冷水が喉を通って、水って素晴らしいなんて考えながら、ついでに頭から水を被った。
どうせ服なんて汗でびしょ濡れだ。
水を被った所為か、幾分と涼しくなり、地面に投げ捨てていた虫取り網と虫かごを拾う。籠の中に命はない。
もう四年生だ。
本気で虫取りなど。
再びお堂の前まで行き、今度は石段の下から胸中で御礼を告げた。
瞬間、ザァっと涼しい風が吹き付ける。
驚いて辺りをキョロキョロと伺うと、遠くの空が黒くなっていた。
積乱雲だ。
もうすぐ雨が降りそうだ。
いくら家が居心地の悪い場所といえど、土砂降りの中で雷に怯えるよりはマジだ。
雨に降られないうちに、と一礼をして境内の外へと走る。
公道に出る直前、背後の社を振り返る。
別段、変わった様子はない。
ただ何となく、明日も来ようか、などと考えた。
ぼんやりと、地獄とは何だろう、と考える。
この床の冷たさだろうか。
この嫌な温度を纏う体だろうか。
人間が平等だなんて、どこの誰が言ったのだろう。
人間は平等、確かにそうだ。
不平等であることが平等だというならば、賛同もできるのに。
吐きそうだと思った。
窓の外では雷がゴロゴロと唸り声をあげる。ザァザァと吹き付ける雨粒が窓ガラスを叩き、アスファルトで踊り狂っていた。
天井のシミを目で辿りながら考える。
いっそのこと、ここに落雷すればいいのに、と。
一説によると、雷も神らしい。
雷神という神。
神様がいるのなら。
神様が今、空で唸っている。
チカッと閃光が屋内に差し込む。
音はまだ来ない。
ああ、大きいなと思う。
天井が揺れる。
シミが揺れる。
ドーン、と遅れて大きな音が響いた。
室内の照明が明滅する。
ね、神様。
神様。
本当に、いるのなら。
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