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2章 ネオン街
お伽話みたいな部屋
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コルクを捻る。
温水は止まり、雫がポタポタと滴った。
タオルで髪と体を脱ぐって、何となくローブを羽織る。
殆どガラス張りの浴室だが、それでもここを出る瞬間、それが一番居た堪れなかった。
部屋は悪趣味な作りで、まるで不思議の森に迷い込んだかのようだ。部屋の中央にあるキングサイズのベッドも、トランプを摸した柄のシーツで、王宮を思わせる天蓋が付いている。
壁が鏡張りというのも不快だった。
ベッドサイドに腰掛けてスマホを触っていた佐良は、浴室から出たことを確認するとスマホをサイドテーブルに置いた。
既にシャワーを浴びた彼も、同じようにローブを纏っている。
このベッドではまるで王族のようだった。
「おいで」
普段より少しだけ柔らかさの増した声音で手招く佐良に、素直に従う。
彼の黒髪も少しだけ水気を残して湿っていた。
自らの膝をポンと叩いて、そこに座るよう無言で促される。それにも静かに従って、近くなった視線に耐えられずに俯いた。
自分達は本当にこれを望んでいたのだろうか。
わからない。
けれどあの日、触れることを許してしまった。彼に、そして何よりも自分自身に。
「お、素直」
茶化すように笑う佐良の肩を掴む手に少し力を込める。
震えが抑えられない。
この行為に対する恐怖じゃない。
罪悪感だ。
けれどこの瞬間だけ、どうしようもない心の渇きが癒える。
触れて、触れられる時、とてつもない嬉しさと安心を感じる。そして、何もかもどうでも良くなるくらいには、高揚し、歓喜する自分を感じた。
声は脳を揺らし、指先は触れられた場所で溶けて混ざり合い、視線が交われば泣きそうだった。
「顔、上げて」
「…佐良さん…」
恐る恐る、そろりそろりと、伺うように顔を上げる。
目前に形のいい唇。
佐良はいわゆるイケメンだ。
歳は十三も違うけれど。
須田と同い年と言っても遜色はないくらいには若く見える。
「すごく、いけない事してる気分」
クスクスと笑う佐良にどう返して良いのか迷う。
だってその通りじゃないか。
困惑した表情をしていたのか、佐良がニコリと微笑む。安心させるような微笑みだ。
「若く見えるから尚更ね。」
こちらの容姿の事を言っているらしい。
「流石に、未成年には見えないです。」
「そう?風呂上がりで髪が濡れてるからかな、トーンが暗くて十代みたい。」
そんなに幼く見えるのか、佐良の目前の自分は。そう考えると少し複雑な心境だった。
多分同様に仕事面でも認められていないのだろう。
そう考えると泣きたくなってくる。
「どうせ、未熟者ですから…」
「なんでそうなるかなぁ。褒めてるんだよ。ほら、こっち見て。」
再び俯いたことを咎められて、顎を持ち上げられる。
こんなことをサラリとやってのけるのだから、やはり彼は魅力的だった。
「顔があかい。シャワーも浴びたのに。今は恥ずかしいの?」
目線を逸らすしか方法がなくて、それでもこの距離では無意味だから、仕方なく視線を彼に戻す。
玩具で遊ぶ、無邪気な子供みたいな目でこちらを見る佐良は、答えの分かりきった質問を投げかけてきた。
「当たり前、じゃないですか…。」
恥ずかしくないわけがない。
こんな近距離で触れ合い、見つめ合うなんて居た堪れない気持ちでいっぱいだ。
心臓がどくどくと波打っているのが分かる。息がかかりそうな距離。
自分でもよく分からないくらい、胸が高鳴っている。
「目が潤んでる。まだ見てるだけなのに。そういうとこなんだけど、自覚ないでしょ。」
どこか諦め顔で笑いながら言われた言葉に、何が?という質問を投げかけようとして、言葉を発するタイミングを失った。
少しだけカサついた唇が言葉を遮ったからだ。
ぴくり、全身が震える。歓喜と罪悪感がない混ぜになっていくのを感じながら、ゆっくり目を閉じる。
もしも、神様がいるのなら。
許されはしないだろう。
そう思いながら、目前にある“甘美な水”を貪っている。渇きを潤わすために。
きっとまた、どんなに触れ合っても、どんなに言葉を交わしても、すぐに焼けるような渇きがぶり返す。どこまでも求めている。
何度でも枯渇してしまう。
だから、触れられるとこんなにも気持ちいい。
そして、こんなにも苦しい。
これは何だ。
ここは何だ。
ああ、まるでこれは。
温水は止まり、雫がポタポタと滴った。
タオルで髪と体を脱ぐって、何となくローブを羽織る。
殆どガラス張りの浴室だが、それでもここを出る瞬間、それが一番居た堪れなかった。
部屋は悪趣味な作りで、まるで不思議の森に迷い込んだかのようだ。部屋の中央にあるキングサイズのベッドも、トランプを摸した柄のシーツで、王宮を思わせる天蓋が付いている。
壁が鏡張りというのも不快だった。
ベッドサイドに腰掛けてスマホを触っていた佐良は、浴室から出たことを確認するとスマホをサイドテーブルに置いた。
既にシャワーを浴びた彼も、同じようにローブを纏っている。
このベッドではまるで王族のようだった。
「おいで」
普段より少しだけ柔らかさの増した声音で手招く佐良に、素直に従う。
彼の黒髪も少しだけ水気を残して湿っていた。
自らの膝をポンと叩いて、そこに座るよう無言で促される。それにも静かに従って、近くなった視線に耐えられずに俯いた。
自分達は本当にこれを望んでいたのだろうか。
わからない。
けれどあの日、触れることを許してしまった。彼に、そして何よりも自分自身に。
「お、素直」
茶化すように笑う佐良の肩を掴む手に少し力を込める。
震えが抑えられない。
この行為に対する恐怖じゃない。
罪悪感だ。
けれどこの瞬間だけ、どうしようもない心の渇きが癒える。
触れて、触れられる時、とてつもない嬉しさと安心を感じる。そして、何もかもどうでも良くなるくらいには、高揚し、歓喜する自分を感じた。
声は脳を揺らし、指先は触れられた場所で溶けて混ざり合い、視線が交われば泣きそうだった。
「顔、上げて」
「…佐良さん…」
恐る恐る、そろりそろりと、伺うように顔を上げる。
目前に形のいい唇。
佐良はいわゆるイケメンだ。
歳は十三も違うけれど。
須田と同い年と言っても遜色はないくらいには若く見える。
「すごく、いけない事してる気分」
クスクスと笑う佐良にどう返して良いのか迷う。
だってその通りじゃないか。
困惑した表情をしていたのか、佐良がニコリと微笑む。安心させるような微笑みだ。
「若く見えるから尚更ね。」
こちらの容姿の事を言っているらしい。
「流石に、未成年には見えないです。」
「そう?風呂上がりで髪が濡れてるからかな、トーンが暗くて十代みたい。」
そんなに幼く見えるのか、佐良の目前の自分は。そう考えると少し複雑な心境だった。
多分同様に仕事面でも認められていないのだろう。
そう考えると泣きたくなってくる。
「どうせ、未熟者ですから…」
「なんでそうなるかなぁ。褒めてるんだよ。ほら、こっち見て。」
再び俯いたことを咎められて、顎を持ち上げられる。
こんなことをサラリとやってのけるのだから、やはり彼は魅力的だった。
「顔があかい。シャワーも浴びたのに。今は恥ずかしいの?」
目線を逸らすしか方法がなくて、それでもこの距離では無意味だから、仕方なく視線を彼に戻す。
玩具で遊ぶ、無邪気な子供みたいな目でこちらを見る佐良は、答えの分かりきった質問を投げかけてきた。
「当たり前、じゃないですか…。」
恥ずかしくないわけがない。
こんな近距離で触れ合い、見つめ合うなんて居た堪れない気持ちでいっぱいだ。
心臓がどくどくと波打っているのが分かる。息がかかりそうな距離。
自分でもよく分からないくらい、胸が高鳴っている。
「目が潤んでる。まだ見てるだけなのに。そういうとこなんだけど、自覚ないでしょ。」
どこか諦め顔で笑いながら言われた言葉に、何が?という質問を投げかけようとして、言葉を発するタイミングを失った。
少しだけカサついた唇が言葉を遮ったからだ。
ぴくり、全身が震える。歓喜と罪悪感がない混ぜになっていくのを感じながら、ゆっくり目を閉じる。
もしも、神様がいるのなら。
許されはしないだろう。
そう思いながら、目前にある“甘美な水”を貪っている。渇きを潤わすために。
きっとまた、どんなに触れ合っても、どんなに言葉を交わしても、すぐに焼けるような渇きがぶり返す。どこまでも求めている。
何度でも枯渇してしまう。
だから、触れられるとこんなにも気持ちいい。
そして、こんなにも苦しい。
これは何だ。
ここは何だ。
ああ、まるでこれは。
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