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成長期の二人
この口を縫ってくれ
しおりを挟む「初めまして、ラティファナ嬢」
「はははは、はははじ初めまして…ジファーソン卿。わわ、わたくしがクライエル伯爵が娘、ラティファなくら、クライエルにございます…」
このように片言でもあるし、どもるし、若干半泣きだし、そんな挨拶だったけれど許していただきたい。なんたって今日はカインに見張られて二日目、説教された次の日。そんな切ない状態の中で、いきなり相手のパパの登場なのだ。もう、言葉を発せられただけでも褒めていただきたい。
周りの家族からは生温かい目で見られるし、ママ様とカインからは結構厳し目な目線をいただきましたけれども!
それでも誰か褒めてやってくれ!あ、泣いてもいいですか?
「本日は突然の訪問にもかかわらずお出迎えいただきありがとうございます」
「いえ、昨日の夜には早馬でご連絡いただいておりますので、こちらは構いません。こちらこそ娘がご嫡男殿にお世話になってるというのに、挨拶にもいかずに大変失礼致しました」
「とんでもない、私は自領に引きこもっているからクライエル卿のお嬢様に、こちらこそお世話になっていると。なので突然ではありますが、こうして足を運ばせていただきました」
「立ち話もなんなので、どうぞこちらへ。ラティ、ラニエル殿をお願いしたよ」
「か、かしこ、まりましたわ」
ジファーソン卿、ラニエルのお父様はジファーソン侯爵だ。侯爵なのでもちろんうちの家格よりも上であり、そんな貴族階級の彼がわざわざ下の階級の家に足を運ぶことは、まぁ、まずないと言える。貴族は家格を重んじているし、それがプライドとも言えるから、下が上の家に挨拶に行くのが当たり前なこの世界で、彼がこうして早馬を走らせることも、実際に足を運ぶのもなんだか怖いくらいおかしな話なのだ。
実際昨日伝言が伝えられた後のクライエル家はヤバイことになった。わたしは何をしたのかと、パパ様やママ様に言い寄られるし。カインは事情聴取バリに監禁されていたし。
朝起きたら起きたで、いつもはラフな格好のわたしも両親も、家令たちも仕立ての良いものに着飾っている。
侯爵家というのがどのように大きいのかはわたしは理解していないが、伯爵家よりは、まぁきっとすごいんだろうなぁって思う程度で。なのでいくら着飾ったってて思うけれど。そこは貴族のプライドで家をより良く見せたいのもあるのだろう。
(昔はわたしも家に人を上げるってなったら大工事だったもんなぁ~薄い本を隠したり本の整理に悩んだり…)
「ラティはあいも変わらず思考旅行中ですか?」
「あら、失礼いたしました。ではラニエル様はこちらへ、ご案内いたしますわ」
「そんなに硬くならなくても、是非いつものラティでいて欲しいのですが」
「もう、ラニエル様ったら。そんなの無理ですわ~」
「でも、そうやって畏まってお嬢様言葉のラティも良いものですね」
「(おのれ~後で覚えておけよ)ふふふ、ご冗談を。さぁこちらですわ」
まず説教してやる。パパ様とジファーソン侯爵から離れたら、まず説教だわ!なぜ大人を介入させたのか!わたしたちの関係は是非とも暗黙の了解で黙っていてほしかったものなのだ!それを、テメェコンニャロー…まず第一声なんて罵声を浴びせてやろうか!
(覚えてろって言ったことがまさか喧嘩を売ったことになったとか?それをわざわざ買いに来たとか?)
「けつ穴ちっさいなー…」
「けつ…」
「いやー流石にエルだってそこまで馬鹿じゃないか」
「馬鹿…」
「にしても子供同士のやりとりを、あっまさかおまじないの事も!?」
「大丈夫ですよ、僕は父にはおまじないの事は言っていません」
「そうだよねぇ~5歳の幼女とハムハムするのが通常運転です、なんて言ったらあのおじさんひっくり返っちゃうよねぇ」
「えぇ、きっとひっくり返ってわめきだすかもしれません」
「うわぁ怖い…それだけは避けなければいけないわね」
「大丈夫ですよ、そなん事をしても大丈夫な関係になるために来たんですから」
「おーマジか」
「はい、マジです」
「ん?」
「はい?」
ーー、ん?
ん?ん?ん?
「ん?」
「どうしましたラティ」
「え?」
「はい?」
伯爵邸の一番綺麗で見晴らしのいい自慢のカフェテリアへ。そこへ歩いている途中、ラニエルをそこへ追いやり説教を垂れる予定でいる、そんな途中の廊下を歩いている。そう、途中。
今の自分が覚醒した時から時々思っていたことがある。
「わたし、今の言葉…全部口から出ていました?」
「はい、僕もそれに返事を返していました」
思ったことが普通に言葉に出てくるのだ。頭の中だけではなくて、実際に言葉として世の中の空気に触れさせているのだ。しかも無意識に。お陰でいい目にあった事はないし、というより結構トラブルを巻き起こしてきた自覚がある。なのに、言葉を出している途中の唇の動きには全く敏感にならないでいるのだ。
おかげさまで、淑女教育だけがミッチリとお勉強時間に食い込んできているのに。
(それなのに!)
「うそ、今の全部?」
「どこから全部なのかは分かりませんが"けつ穴"辺りからは聞いていましたよ」
「ワァーオ!(死にたい)」
「それは驚いた時の表現の言葉ですね、ふふっやっぱりラティはほんとうに面白いですね」
「わーお…(けつ穴の話をしたというのにいつも以上の)天使な笑顔だなぁ」
「えっ」
「あっ」
(すみません、誰かわたしの口を縛ってやってください!誰か!)
「ぼ、僕はそんなガラでは…」
(あ、照れた…ヤッベ何その顔めちゃかわいいんですけど!)
「ぼくが、天使ならラティは女神様になってしまいますね」
にこやかに軽やかにサラッと言ってのけたその言葉は、思いの他にわたしの小さな心臓をぶち抜いたてーー
「ぐはっ!」
「お嬢様!?」
「ラティ!」
鼻血を吹き出して廊下の絨毯へと顔面を打ち付けてしまった。
あー誰か…この口を結んで。そしてわたしのこのショタコン脳をどうにか打ち壊してくれ!
あー、鼻血止まんない。わたし本当に死ぬかも?
「大丈夫ですか!」
そうやってわたしを抱き起こしてくれた紳士に対してわたしはーー
「え、何この美味しい状況」
「え?」
(誰かこの口を縫ってクレーーー!)
ラティファナになって5年10ヶ月、意識を前世の記憶とくっつけて約9ヶ月ほど。
今ほど死にたいと思えたことがあっただろうか、いや、無い。
(よし、死のう)
(あ、でもこの抱き込んでもらってる感じめちゃ嬉しい、あ、もう一瞬だけ生きておこう)
自分の恥より何よりオタク脳。ショタのお顔目に焼き付けてから死んでやる!
(都合よく死ねないけどね…知ってる。むしろ死ぬわけないの知ってる…)
ここはクライエル伯爵邸渡り廊下。ラニエルの付き人一人、ラティファナの付き人一人。計4人、どのタイミングで開口すればいいのか悩ましい空気が漂っていたのでした。
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