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4章 二度目の僕

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エリックを連れ、居心地の悪かった広間を後にする。呼ばれたのは昼だったが、もう既に日が陰りを見せている。白い大理石に伸びる影を踏むように、ただ黙って足を進めた。

無言で歩く僕の後ろを、エリックもただじっと押し黙ったまま、ついてきている。


魔塔に彼がいるのはもちろん知っていた。わかっていたが、あえて接触を避けていた。僕と関われば、彼は間違いなく茨の道を進むことになる。

彼は貴族ではない。王宮に仕える魔法師であるだけで、元々は商家の嫡男……平民だ。
たとえ王家への反乱に巻き込まれたとしても、逃げ道はいくらでもある。それでも『前』の彼は僕の従者だからと側に居続け、最期は一緒に処刑台行きだ。
何度ももう良いから僕を置いて逃げろと伝えたのに、彼は首を縦に振ろうとはしなかった。ただ僕の従者であったが故に彼は処刑され、汚名を被ったのだ。
碌にそれらしい恩恵を与えてやれた訳でもないのに、エリックという男は軽薄そうに見えて、意外と義理堅い男だった。

『前』と今では状況も違う。無理に関わることもないだろうと、あえて魔塔に顔を出すことはしなかった。もちろん、レティシアの捜索は続けていたので出入りを監視はしていたが、それだけだ。
元々魔塔は外部者を嫌う。だからこそ引きこもるのに最適な場所だった訳だが、見張るには不便な場所だ。かといって魔力のない僕では、魔法師になることもできない。
それでも、エリックを頼るつもりはなかったのだ。


けれど、結局どうあっても彼は僕の従者になる運命だったらしい。
しおらしくしている様子から察するに、彼は『前』の事を覚えていないようだった。

「殿下……恐れながらご報告……いえ、謝罪しておかねばならないことがあります」
「謝罪?何にだ?」
「……私の能力は戦闘向きではありません。ペルトルーンとの戦争では、私は何のお役にも立てないでしょう。私は……」
「あぁなんだ、そんなことか」

言われずとも、そんなことはとっくの昔に知っている。が、まぁエリックからすれば確かに先に伝えておきたい事実だろう。

「君の話は聞いているよ。魔塔でも扱いに困っているとね」
「まさか殿下のところに、私のような下っ端の話が?」
「……『記憶』の魔法は珍しいからな」
「本当にご存じでしたか……ではなぜ、私を従者にすることを承諾なさったのですか?」

本当に巻き込むつもりはなかった。
けれど、レティシアの捜索も僕とマリアだけでは手詰まりになってきていたし、無意識のうちに古き友人と語らいたかったという欲があったのかもしれない。

王宮の無駄に広い廊下に、コツリと靴音が響く。小気味良いその音の向こうで、レティシアが僕の名前を呼んでいた。この記憶は、確かに彼が与えてくれた魔法だ。

生まれ直してなお、欠片も色褪せぬ記憶。
それは僕にとって祝福でもあり、ある意味呪いでもあった。忘れてしまいたいと思った事が、ないと言えば嘘になる。
レティシアという温もりを知らなければ、感情を乱されることなく平穏に人生を終えることができたかもしれない。ただそれは、余りにも空虚で悲しい人生だ。
だから僕は、例えどんなに苦しくともレティシアとの出会いを否定しないし、この記憶は生きるよすがでもある。
そして僕が遠い昔に置いてきてしまった楽園には、このエリックという友人も確かに存在していたのだ。


「……君が優秀なのはわかっている。その上で言わせてもらうが、君は被害者だ」

エリックは軽く首を傾げながら、まだ僕の後ろにいる。かつては隣を歩いていたのに、友人として随分と距離が開いてしまったものだと緩く頬を上げた。
だがこれも今の僕が選択した道だ。主と従者の正しい距離感。それが今の僕らだ。

「これはな、嫌がらせなんだ」
「嫌がらせ……」
「王妃から僕へのだ。災難だったな、僕みたいなはずれくじを引かされた」
「いや、私は殿下にお仕えできて光栄ですよ」
「世辞はいらないぞ」
「本心ですよ」

振り返れば、エリックは軽く肩を竦めて笑っている。記憶の中の彼より少しばかり若い男は、相変わらず気楽そうに笑っていた。
ここから先、この男を巻き込むのは僕からエリックへの嫌がらせだ。呪いをかけた張本人にも、少しばかり一緒に国を救ってもらおう。

「なら、存分に働いてもらうぞ、エリック」
「御意に。嫌がらせにならなかったと、悔しがらせてやりましょうとも」
「頼もしいな」

に、と笑い合った僕らの間には、ほんの少しだけかつての空気に似た気易い雰囲気があった。






エリックは以前と変わらず、優秀な男だった。
どこからかわからないが独自の情報網を使い、各地の情勢を知ることが出来る。おかげで、ペルトルーンの現状も随分理解できた。

「……互いに、戦争なんてしている場合ではないようだがな」
「でしょうね。向こうもこっちも王都はさておき、国境の辺りは酷いもんですよ」

イルヴェールだけではなく、ペルトルーンにも飢饉の波は猛威を振るっている。
そこにイルヴェールが通行税を課そうというのだから、ペルトルーンからしてみれば死活問題だ。
ペルトルーンはここよりもっと北にあり、冬には深い雪で閉ざされる。周辺を山で囲まれているので資源は豊富だが、農作物に関してはやや貿易に頼り気味だ。自国の畑だけでは国民の胃袋を支えることができない。そこにこの飢饉に通行税……ほとんどが食料だ。民の生活を守るためなら、なりふり構っていられないだろう。

戦の足音が、すぐそこまで迫っていた。
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