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4章 二度目の僕

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「ミシェルよ、そなた最近剣術に励んでいるようじゃないか」

飢饉の対策で忙しなく各地を飛び回る中、急に父……国王陛下からの呼び出しがかかったのは、僕が20歳になる冬のことだった。
呑気に顔を出すような暇はないが、かと言って王命を無視することも出来ず、渋々王宮へ向かうしかなかった。そこで投げられたのが、先程の発言だ。

「……私のようなもののことを気にかけていただけていたとは、光栄です陛下」
「まぁそう固くなるな、久しぶりの父子の語らいじゃないか」

剣に触れ始めてから約10年だ。本当に、俺みたいなお荷物に興味なんてなかったのがよくわかる。おおかた、騎士団の誰かが王に奏上でもしたのだろう。そうでなければこの人が俺の近況など知るはずもない。
頭を下げたままちらりと周囲を見渡せば、王に甘言ばかりの貴族たちがひそひそと何かを囁いていた。王の隣には、現王妃が扇で口元を隠したまま僕を見下ろしている。そして、貴族の一人が王妃に何かを耳打ちしていた。内容なんて聞かずともどうせ碌な事ではないのはわかる。

絢爛な王宮の広間は、民の暮らしなど知ったことかと言わんばかりの豪華さで、かえって下品なほどだ。あそこに飾ってある花瓶ひとつで、どれだけの民が冬を越せることだろう。
土地を学び、いくつかの対策を打ち立てたが、どれもこれも大した効果は得られていない。ここまで大規模な飢饉ともなれば、どうしても僕一人の力では限界がある。まず国が動かねば話にならない。
だというのに、目の前の国王は何の焦りもなく、ゆるりと口を開いた。

「実は最近隣国であるペルトルーンとの折り合いがどうにも悪くてな……そこでだ、良い方法を思いついた」
「良い方法、……ですか」
「あぁ、そなたも危惧していただろう?税がどうのこうのとなぁ」
「はい、飢饉の波はもう王都近くまで来ております。民からの税収を下げねば、冬を越す前に多くの死者が出るでしょう」
「そうだろうそうだろう。だからそなたの言う通り、税を下げることにしたのだ」

どういう風の吹き回しか知らないが、王は直轄地だけでも税収を下げると宣言した。それ自体は喜ばしいことだ。ひとまずこの冬を凌げば、来年の収獲に向けて準備が出来る。
今は近郊諸国で試されていたという新しい栽培方法をこの国の風土に合うように改良しているところだが、とにかく時間が足りなかったのだ。
ほ、と安堵の息をついたが、安心できたのはそこまでだった。

「代わりにな、ペルトルーンからの流通に税をもうけることにした」
「な……ッ!なぜそのような事を……!」
「税収が減るのだ。どこからか補填せねばなるまい」

何を馬鹿な事を言っているのだこの王は。
補填するなら国庫からだ。自分たちが余るほど食卓に並べている料理を少し減らせばそれで済む事を、どうして。

「恐れながら陛下、ペルトルーンは友好国のはずでは?」
「もちろんそうだ……あぁ、そういえばそなたの母も、ペルトルーンの者だったな」

確かに僕の母は、かつてペルトルーンの姫だった。友好の証としてこのイルヴェールに王妃として嫁ぎ、僕を産んですぐ儚くなってしまった人だ。つまりペルトルーンは、僕にとっては母の祖国、縁ある場所でもある。

「けれど貴方はこのイルヴェールの血を引き継ぐ者です。そうでしょう、ミシェル?」
「王妃様の仰せの通り、僕はイルヴェール王家のものです」
「そうよね、ミシェルが賢い子で嬉しいわ」

そう言って笑う現王妃は、元々は王の側室だった。母が嫁ぐ前から王との恋仲が知られていたが、身分が相応しくないからと側室に上がることも許されなかった。
しかし、第一王子であるレイモンド様を産んだ事で唯一の側室となり、母の亡き後は後妻ならば多少身分が低くとも、と王妃の座に収まったのだ。
如何にも人畜無害のような顔をしながら狡猾に欲しいものを得る、蛇のような女だった。

「だからこれは仕方のない事なのよ、我が国の利益のためですもの。ねぇ陛下」
「王妃の言う通りだ」
「……通行税は国家間の友好に決定的な亀裂をいれるでしょう。事と次第によっては戦争になります」
「あぁ、そうであろうな」

無能ではあるが馬鹿ではないらしい。当然、そこまで織り込み済みで通行税を取ろうとしているようだ。

「今、ペルトルーンとの戦に耐えられるほどの兵は我が国には……」
「だからそなたに話しているのだ、ミシェルよ」
「は……」

にこ、と王妃は見たこともない上機嫌な笑みを浮かべ、弧を描いた唇を開く。

「あなたももう20歳になるのだし、騎士団に興味があるのならそろそろ初陣をしておいた方がいいでしょう?」

なるほど、それが目的だったらしい。
つまりこれは王ではなく王妃の考えで、盲目な王はただそれに従っているに過ぎないということだ。

王妃にとって僕という存在は目の上のこぶでしかない。前王妃の後継であり、王位継承権だけで言えば第一王子であるレイモンド様よりもずっと正当だ。自分の子に王位を継がせたいのなら邪魔で仕方ないことだろう。
今まではそう目立ってこなかったが、いよいよ騎士団が僕に追従しだして慌てているという訳だ。

「ペルトルーンとの戦争では、全指揮権を貴方に預けます。何か異論がありまして?」
「戦争を避けるという選択肢があるはずですが」
「王の決定です。これはお願いではなく、王命なのですよ。ミシェル」

王妃からすれば、ペルトルーンとの戦争は僕を貶める口実でしかない。
僕が失敗すれば王位継承者としては相応しくないと烙印を押せるし、成功すればペルトルーンからの通行税が手に入る。
その上、僕への嫌がらせとしてはこの上なく最適だ。
そしてこの場で僕が持ち合わせる返答は、ひとつしかなかった。

「……国王陛下の、御心のままに」

頭を下げた僕を、下卑た無数の視線が見下ろしている。悔しいが、ここまで来た以上他に道がない。

承知してしまった以上早く戻って対策を立てなければ、と立ち上がって踵を返したところで、国王から更に声をかけられた。

「まぁそう急ぐなミシェルよ。そなたに従者を与えよう」
「従者ですか……?」
「あぁ、20歳の祝いでもあるからなぁ」

王が軽く手を叩けば、背後にあった扉から魔法師のローブを身に纏った男が一礼して広間に足を進める。そして僕の目の前で跪き、軽そうな口を開いた。

「お初にお目にかかります、ミシェル第三王子殿下。エリック・ブランドールと申します。これから先、殿下の供を拝命いたしました」

良く見慣れた緑色の髪。そして顔を上げた男は、遠い昔の友人の顔をしていた。

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