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3章 最初の僕
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思えば、『最初』の僕は引きこもりで怠慢な『出来損ない』だった。
王子と言えば聞こえは良いが、貴族にとって重要なのは何よりも血統だ。王はもとより、母体の血も重要とされた。そして、その実家の力も含めて、王の子はその価値が決まる。
それで言えば僕の価値は、王族の中でも最底辺だった。
僕を産んだ母は、隣国の姫だった。僕が生まれるよりずっと昔に和平の証として嫁いで来た母は、僕を産んだ後呆気なくこの世を去った。
それは出産のダメージか王宮の毒かはわからないが、とにかく僕を育てたのは、乳母のマリアだ。彼女は子爵家の娘だったけれど、損な役回りを押し付けられたというわけだ。
そんな僕が唯一持っていた武器は『魔力持ち』であるという事だった。
後ろ盾もなければ血筋的にも王位継承権の低い僕だったけれど、『魔力がある』という一点において評価され、保護されていた。
けれど、流れている血は隣国の王家と半分だ。領地は大きくとも貧しい隣国を見下しているこの国では、あまり歓迎されるものではなかった。
文化も違いすぎるので、このイルヴェールでは隣国の人間を野蛮人と呼んで蔑んでいる。だから僕も、野蛮な血を引く王子というわけだ。
だからだろう。
僕の居場所は、王宮の端に作られた離宮だった。離宮と呼ぶにはあまりにもお粗末な作りで、ちょっとした離れとも言える。そんな誰も来ない閑散とした離れに用意された私室は、王子の居城と呼ぶにはあまりに質素だった。
そんな扱いをされていても、反抗するほどの強い意志もなく、その頃の僕はただそこで本を読んで過ごしていた。
「ミシェル様は、本がお好きですねぇ」
「あぁ、特にこの小説が面白くて……部屋にいるだけで、僕はどこにでも行けるんだ」
本は、僕をあらゆるところに誘ってくれる。時には荒くれ者になり、時には弱きを助ける英雄的な騎士になり、時には王にすらなれた。ただ文字を追うだけで、僕は何者にもなれたのだ。その自由な思想に、心を奪われた。
本さえあればいい。王位なんて欲しくない。それでも僕の存在自体が王位を脅かすから、と何度も命を狙われていた。ただ本を読んでいたいだけなのに、周囲には勤勉な王子だという印象を与えてしまった。
そのせいで何度も何度も毒を盛られ、何度も何度も剣を向けられたのだ。王の子として生まれたのが間違いだったと神を呪い、運命を憎んで、人を嫌った。
この頃の僕は、酷い人間不信だったのだ。
唯一マリアだけが僕の味方で、母のように慕っていたけれど、彼女はあくまでも僕の臣下であるという姿勢を崩さない。それが正しいことだとわかっていても、どこか埋められない寂しさのようなものがずっと心に巣くっていた。
そうして世界を呪いながら、僕は15の誕生日を迎えてある一つの魔法を発現するに至る。
しかしそれは、『魔力譲渡』という他人ありきの魔法だった。
陛下との謁見を終わらせ、いつものように小脇に本を抱えて離れに戻る。住み良いように整えた部屋の中では、マリアが紅茶を淹れて待っていた。
「今戻った」
「おかえりなさいませミシェル様。陛下のご機嫌はいかがでしたか?」
「最悪だったよ」
「あらまぁ」
今日は発現した魔法を陛下に報告するための謁見だった。予想通り、期待した魔法じゃなかった事で激昂した陛下に、僕は魔塔での労働を強いられてしまった。
魔塔は、魔法師の総本山だ。
日々『魔力持ち』や『魔法』についてを研究する、ある意味では裏方的な場所に当たる。華やかでわかりやすい魔法を持っている人間は軒並み宮廷騎士団に入るので、そこに入れずあぶれた魔法師たちの行き着く先が魔塔という場所だった。
けれど、魔法師のほとんどは魔塔に属している。華やかな魔法を持つ魔法師は数少ない魔法師の中でももっと希少だ。
だからこそ、魔塔が魔法師の総本山といわれるほどの集団になっているのだが。
どかりと乱雑にソファーに腰掛け、紅茶を一気に流し込む。いつもなら行儀が悪いと怒られるところだが、今日は多めに見てくれるらしい。
「マリアは良いと思いますけどねぇ」
「陛下は納得できなかったんだろう。もっと強い魔法を欲していたみたいだから」
「でも、珍しい魔法なのでしょう?」
「そりゃあね。歴代遡っても例がないぐらいだそうだよ」
「まぁすごい」
マリアはそう言って喜んでいるが、実際使い勝手は悪いものだ。
『魔力譲渡』は、名前の通り他人に自分の魔力を与えることができる魔法だ。けれど、魔力を与えることが出来ても使えなければ意味が無いので、必然的に譲る相手は魔法師に限定される。魔法師の数自体が少ないので対象が少ないのも問題であるし、何より譲渡しても効果が見えにくい。
例えば攻撃系の魔法師に使えば多少は攻撃力の底上げになるが、それだけだ。持続力も上がるとはいえ、それなら攻撃支援系の魔法を付与した方が効率が良い。
上手い使い道がなくて、自分自身、持て余し気味の魔法だった。
「ミシェル様は、魔塔はお嫌ですか?」
「別に。宮廷騎士団よりはずっといいと思うけど、本を読む時間が減るのが嫌だね」
「それなら、ご友人が出来るといいですね」
「……マリア、僕は最悪な事に第三王子殿下だよ?」
「存じておりますよ」
わかっていて友人、なんてよく言えたものだ。けれど彼女なりに自分を心配して言っているのはわかるのでそれ以上は何も言えなかった。そもそも、僕はマリアには強く出れないのだ。僕のために独身でいる彼女には悪いが、母のようにも思っている。
「……億劫だ」
「我慢なさいませ」
「わかってるよ……」
再度注がれた紅茶を流し込んで、ため息を零す。魔塔での労働というのはつまり、あそこにいる研究者達に協力しろということだ。人と関わることも、ましてやこの離れから出ることも僕にとってはリスクでしかない。
魔法も僕の身を守れるようなものでなかった以上、今まで以上に気を張って生きなければならないのだ。ただ生きるだけで息が詰まるような人生。そんな風に生まれてしまった運命に、辟易としていた。
王子と言えば聞こえは良いが、貴族にとって重要なのは何よりも血統だ。王はもとより、母体の血も重要とされた。そして、その実家の力も含めて、王の子はその価値が決まる。
それで言えば僕の価値は、王族の中でも最底辺だった。
僕を産んだ母は、隣国の姫だった。僕が生まれるよりずっと昔に和平の証として嫁いで来た母は、僕を産んだ後呆気なくこの世を去った。
それは出産のダメージか王宮の毒かはわからないが、とにかく僕を育てたのは、乳母のマリアだ。彼女は子爵家の娘だったけれど、損な役回りを押し付けられたというわけだ。
そんな僕が唯一持っていた武器は『魔力持ち』であるという事だった。
後ろ盾もなければ血筋的にも王位継承権の低い僕だったけれど、『魔力がある』という一点において評価され、保護されていた。
けれど、流れている血は隣国の王家と半分だ。領地は大きくとも貧しい隣国を見下しているこの国では、あまり歓迎されるものではなかった。
文化も違いすぎるので、このイルヴェールでは隣国の人間を野蛮人と呼んで蔑んでいる。だから僕も、野蛮な血を引く王子というわけだ。
だからだろう。
僕の居場所は、王宮の端に作られた離宮だった。離宮と呼ぶにはあまりにもお粗末な作りで、ちょっとした離れとも言える。そんな誰も来ない閑散とした離れに用意された私室は、王子の居城と呼ぶにはあまりに質素だった。
そんな扱いをされていても、反抗するほどの強い意志もなく、その頃の僕はただそこで本を読んで過ごしていた。
「ミシェル様は、本がお好きですねぇ」
「あぁ、特にこの小説が面白くて……部屋にいるだけで、僕はどこにでも行けるんだ」
本は、僕をあらゆるところに誘ってくれる。時には荒くれ者になり、時には弱きを助ける英雄的な騎士になり、時には王にすらなれた。ただ文字を追うだけで、僕は何者にもなれたのだ。その自由な思想に、心を奪われた。
本さえあればいい。王位なんて欲しくない。それでも僕の存在自体が王位を脅かすから、と何度も命を狙われていた。ただ本を読んでいたいだけなのに、周囲には勤勉な王子だという印象を与えてしまった。
そのせいで何度も何度も毒を盛られ、何度も何度も剣を向けられたのだ。王の子として生まれたのが間違いだったと神を呪い、運命を憎んで、人を嫌った。
この頃の僕は、酷い人間不信だったのだ。
唯一マリアだけが僕の味方で、母のように慕っていたけれど、彼女はあくまでも僕の臣下であるという姿勢を崩さない。それが正しいことだとわかっていても、どこか埋められない寂しさのようなものがずっと心に巣くっていた。
そうして世界を呪いながら、僕は15の誕生日を迎えてある一つの魔法を発現するに至る。
しかしそれは、『魔力譲渡』という他人ありきの魔法だった。
陛下との謁見を終わらせ、いつものように小脇に本を抱えて離れに戻る。住み良いように整えた部屋の中では、マリアが紅茶を淹れて待っていた。
「今戻った」
「おかえりなさいませミシェル様。陛下のご機嫌はいかがでしたか?」
「最悪だったよ」
「あらまぁ」
今日は発現した魔法を陛下に報告するための謁見だった。予想通り、期待した魔法じゃなかった事で激昂した陛下に、僕は魔塔での労働を強いられてしまった。
魔塔は、魔法師の総本山だ。
日々『魔力持ち』や『魔法』についてを研究する、ある意味では裏方的な場所に当たる。華やかでわかりやすい魔法を持っている人間は軒並み宮廷騎士団に入るので、そこに入れずあぶれた魔法師たちの行き着く先が魔塔という場所だった。
けれど、魔法師のほとんどは魔塔に属している。華やかな魔法を持つ魔法師は数少ない魔法師の中でももっと希少だ。
だからこそ、魔塔が魔法師の総本山といわれるほどの集団になっているのだが。
どかりと乱雑にソファーに腰掛け、紅茶を一気に流し込む。いつもなら行儀が悪いと怒られるところだが、今日は多めに見てくれるらしい。
「マリアは良いと思いますけどねぇ」
「陛下は納得できなかったんだろう。もっと強い魔法を欲していたみたいだから」
「でも、珍しい魔法なのでしょう?」
「そりゃあね。歴代遡っても例がないぐらいだそうだよ」
「まぁすごい」
マリアはそう言って喜んでいるが、実際使い勝手は悪いものだ。
『魔力譲渡』は、名前の通り他人に自分の魔力を与えることができる魔法だ。けれど、魔力を与えることが出来ても使えなければ意味が無いので、必然的に譲る相手は魔法師に限定される。魔法師の数自体が少ないので対象が少ないのも問題であるし、何より譲渡しても効果が見えにくい。
例えば攻撃系の魔法師に使えば多少は攻撃力の底上げになるが、それだけだ。持続力も上がるとはいえ、それなら攻撃支援系の魔法を付与した方が効率が良い。
上手い使い道がなくて、自分自身、持て余し気味の魔法だった。
「ミシェル様は、魔塔はお嫌ですか?」
「別に。宮廷騎士団よりはずっといいと思うけど、本を読む時間が減るのが嫌だね」
「それなら、ご友人が出来るといいですね」
「……マリア、僕は最悪な事に第三王子殿下だよ?」
「存じておりますよ」
わかっていて友人、なんてよく言えたものだ。けれど彼女なりに自分を心配して言っているのはわかるのでそれ以上は何も言えなかった。そもそも、僕はマリアには強く出れないのだ。僕のために独身でいる彼女には悪いが、母のようにも思っている。
「……億劫だ」
「我慢なさいませ」
「わかってるよ……」
再度注がれた紅茶を流し込んで、ため息を零す。魔塔での労働というのはつまり、あそこにいる研究者達に協力しろということだ。人と関わることも、ましてやこの離れから出ることも僕にとってはリスクでしかない。
魔法も僕の身を守れるようなものでなかった以上、今まで以上に気を張って生きなければならないのだ。ただ生きるだけで息が詰まるような人生。そんな風に生まれてしまった運命に、辟易としていた。
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