【完結】枕草子〜転生枕の目撃談〜

秋

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秋は夕暮れ。夕陽がさしたのを、肩と肩を寄せあって眺めていたところ、片方が家に帰ろうと言ってはやくはやくと走り急ぐことなどが趣深い。置いていかれた景色がだんだん小さく見えるのもよい。日が暮れたあと聞こえてくる息遣い、か細い声などはいうまでもない。 




主人とハルマくんの描写だと思った？残念でした～これはテレビの映像です！
いやこんな夕陽眺めてからベッドダイブするようなカップル、主人たち以外にいないって？
違うから。そんな出会って即ベッドみたいな無粋な攻めじゃないから。順当に出会って最初は犬猿の仲だったけど苦難を乗り越えて仲を深めあって、ついに訪れた告白シーンだから！OK貰えた喜びから抱きしめて手を繋いで走り出したとこだから！めっちゃ萌え～ 


そう、あれから俺は枕ワープ(俺命名)を極め、ありとあらゆる世帯にお邪魔することが趣味になった。
覗き見とかじゃないから。枕だから合法だ。
クッションに乗り移ることもできるので、こうして昼間は5階下の主婦と一緒にリビングのソファからBLドラマ「あの夕陽の丘の上で」を観ている。
ついに最終回終わっちゃったな～。オメガバースの世界だがらBLコンテンツがNLくらい豊富で幸せすぎる。これ見る時は奥さんにぎゅうぎゅうに抱きしめられるのが難点だが。

他にも俺の趣味部屋として認定された3階下のバリキャリ腐女子お姉さんと深夜アニメ、同じフロアのヒキニートの自作ストップモーションとかを見に転々としている。どういうターゲット層なんだこの高層マンション。 

なんとそのヒキニート、夏の那須温泉旅行で主人たちの後に泊まった顔面蒼白号泣マンだった。
ヒキニートが一人旅なんてどういう了見だ。バ先の先輩みたいに直前で彼女に振られたんか。
同じマンション、しかも同じフロアから入れ替わりのように同じ部屋に泊まるなんてなんか運命フラグを感じる。
今日は水曜日だし多分制作してるよなー見に行くか。




ヒキニートの部屋のリビングに着いた。ヒキニートって言ってもどうやら一人暮らしい。引きこもるための場所をわざわざ用意してから引きこもるなんてなんともリッチなニートだなぁ…。見た目も髭が伸びて髪もボサボサだけどよく見たらイケメンだしな。散らかり放題なウ〇バーの残骸やペットボトルが辛うじてヒキニート感を演出している。それでもカップラーメンとか食べるわけじゃないんだ。世間には意味わからんボンボンも沢山いるんだな。

同じフロアだからなのか、間取りや設備は主人の部屋と似ている。しかし大きく違うのは、この20平米のリビングの中央にどかっと置かれたでかい作業机だ。机の上には粘土で作られた繊細なセットや人形を固定するアーム、カメラや照明機材が所狭しと並べられている。

この作品の主人公は男らしい表情をたたえた中性的な少年。その柔らかな栗毛や零れそうに見開く瞳、あっと声が聞こえそうな薔薇色の唇が粘土で上手く表現されている。と言ってもストップモーションのキャラクターはみんな頭部ごと取り外して表情を変えるらしく、ヒキニートは容赦なく少年の頭をもぎとり驚きから微笑みの表情に変えた。

俺はこの瞬間が苦手だ…俺の頭(ないけど)がもぎ取られる感じがしてゾワッとする。
それにしてもこんな1ミリ動かして写真を撮るみたいな変わってるんだか変わってないんだか分からない作業を永遠に続けるなんてこいつの頭はどうなってるんだ。俺には繊細な作業なんてできる訳ねーよ。

でもしばらく撮り溜めたあとに連続して写真を流すモニターを見ると俺は見入ってしまう。
少年が、心が欠けたボロボロのロボットを見つけ、驚きつつも微笑むシーン。あのただの粘土が本当に生きているかのように動くそれに、感動せずにはいられない。
でも、そのモニターを眺めるヒキニートはいつも、うれしそうでかなしそうな表情をする。 


それが、いちばん目が離せない。