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檸檬色に染まる泉(最終話)
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「公園に寄って帰らない?」
めずらしく維澄さんからの積極的なお誘いがあったので私と維澄さんは今、アルバイト先から程近い公園に向かっていた。
今日でドラックストアのアルバイトは終わり。
維澄さんとの初めて出逢った想い出の場所。
いや、運命の場所だな。
「やめないでよ~店潰れちゃうよ~」
最後の最後まで涙目で引き留める店長には正直申し訳ない気持ちもある。
私だけが去るのはまあ百歩譲ってセーフだとしても、維澄さんまでとなるとこの弱小ストアー的には死活問題だ。
そして維澄さんまで辞める原因を作ったのは他でもない私。
私さえアルバイトを始めなければ未だに店長は、維澄さんという集客力抜群の美人スタッフを手放さなくても済んだのだと思うと少しだけ罪悪感を感じる。
でも……
私は維澄さんと出会ってしまった。
最初は最悪な出会いだったけどね。
偶然と言えば偶然なのかもしれない。
あの日、たまたま美香に付き合ってもっと遅く帰宅していたら店に寄ることはなかった。
あの日、たまたま維澄さんがシフトを入れていなかったら会うことはなかった。
もっとさかのぼれば、私が”あの雑誌”で維澄さんの写真を見つけていなければ、なにもかも起こらなかった。
維澄さんは同姓しか愛せない人だった。
そしてきっと今まで気付かなかったけど私もそうなんだと思う。
私の性格が維澄さんの好みと合致していた。
そうそう、外見もタイプだって言ってたっけ……フフフ。
だから私達は想い合うことが出来た。
これだけの出来事が重なってしまうと……
とても”偶然”の一言では片付けられない。
奇跡が起きたのだろうか?
確かに確率論的に言えば奇跡だ。
おそらくは0.00……1%とか、そういった確率に違いない。
それなのに私はどうしても”奇跡”という感じがしない。
むしろ”必然だった”と思うほうがよほどしっくりくる。
…… …… ……
公園の入り口前にある橋の上に差し掛かったところで、維澄さんは急に足を止めた。
維澄さんは西の空に視線を向けていた。
視線の先には、まだ雪化粧を残した岩手山を見ることができた。
この橋から見える岩手山は北上川と合わせたロケーションが抜群の人気絶景ポイントだ。
「私ね……この景色が好きでよく見に来るんだ」
「へ~岩手山が好きとか?」
「うん、山もそうだけどここから観える夕日がキラキラ反射する川面がすごく好きなんだ」
「あら?ロマンチストだ」
「そうよ?私は美しいものが好きだからね」
「あ、そうだった。美しいと言えば私とかね?」
「バカ」
そう言って維澄さんは赤くなった。
フフフ……照れちゃって。
「でもね。この綺麗な景色を見ても、前は全然心が晴れることはなかったんだよ。ずっとこうしているとだんだん空は暗くなって、川面もどんよりした黒に変わってしまう。その川面を見ては、まるで私の心の色みたいって思ってた」
「あ~、また!暗いよ!暗い!」
最近ではめっきり明るい顔が増えた維澄さんだが、それでも100%という訳にはいかない。こうして過去を思い出して時に暗い顔もする。
でも表情は出会ったころとはまるで別人とも思える程に明るくなった。
それと左手首の傷もあまり隠さなくなったし、少し表情に不安をのぞかせても左手首を無意識に撫でるような仕草もなくなった。
「心配しないで。もう全然大丈夫だから」
そう言いながら維澄さんは私の顔を凝視した。
”だって檸檬がいるから”きっと心の中でそう思っているに違いないーー私はそんな都合のいい想像をしてその視線に笑顔で応えた。
「ーー前から不思議だったんだけど、維澄さんってなんで”ここ”だったんですか?」
「え?”ここ”って盛岡のこと?」
「そうですよ。まさか岩手山が好きだからって訳じゃないんでしょ?」
「そうね。岩手山も好きだけど……たぶん檸檬がいたからじゃないかな?」
「はあ?何言ってんですか?私のこと知らなかったでしょ?」
「それはそうだけど……なんかそんな気がする」
そうか。
やっぱり維澄さんもそう感じているんだ。
維澄さんは各地を転々として、きっと盛岡に留まったことに大きな意味はなかったはずだ。
でも今にして思えば、その何気ない選択があったからこそ私と出会えた。
だから維澄さんも私と同じように考えているに違いない。
私達の出会いが偶然なはずがない。
奇跡ですらない。
そう、必然だったんだって。
「でもホントに綺麗ね、この景色」
「でしょ?私ね……檸檬に会ってからは不思議とこの景色を見ても心が暗くならなくなったんだよ?」
「え?どうして?」
「前は暗くなった川面ばかりに意識が向いてたんだけど……檸檬に会ってから目が行くのは綺麗な色ばかり。不思議よね?同じ風景見てるはずなのに」
「綺麗な色?」
「そう、ちょうどほら、今の色がそうだよ?」
さっきまでは夕焼けの暁色を反射させていた川面が少しだけ色を変えてキラキラと黄金色に輝いていた。
「夕焼けの暁色から徐々に空が暗くなると、一瞬だけこの色になるんだよ?この色がとても綺麗でこの色を見るとなんか檸檬を思い出すんだ」
そういう維澄さんの顔は、確かに晴れやかで未来を向いているように思えた。
私に会ってからこの景色を美しいと意識できるようになった……か。
維澄さんの心が未来に向いた瞬間に、いままで素通りしていたこの景色に意識を向けることができるようになった。
フフフ……気付いているのかなあ、維澄さん。
「キラキラと不思議な色よね。でも維澄さん?この景色の”色”って何色って言うか知ってる?」
「え?なんだろう?……黄金色?」
「違うでしょ?」
「え~?稲穂が輝く色?」
「何それ?まったくもう……」
「え?なによ……何色なのよ?」
「檸檬色でしょ?」
めずらしく維澄さんからの積極的なお誘いがあったので私と維澄さんは今、アルバイト先から程近い公園に向かっていた。
今日でドラックストアのアルバイトは終わり。
維澄さんとの初めて出逢った想い出の場所。
いや、運命の場所だな。
「やめないでよ~店潰れちゃうよ~」
最後の最後まで涙目で引き留める店長には正直申し訳ない気持ちもある。
私だけが去るのはまあ百歩譲ってセーフだとしても、維澄さんまでとなるとこの弱小ストアー的には死活問題だ。
そして維澄さんまで辞める原因を作ったのは他でもない私。
私さえアルバイトを始めなければ未だに店長は、維澄さんという集客力抜群の美人スタッフを手放さなくても済んだのだと思うと少しだけ罪悪感を感じる。
でも……
私は維澄さんと出会ってしまった。
最初は最悪な出会いだったけどね。
偶然と言えば偶然なのかもしれない。
あの日、たまたま美香に付き合ってもっと遅く帰宅していたら店に寄ることはなかった。
あの日、たまたま維澄さんがシフトを入れていなかったら会うことはなかった。
もっとさかのぼれば、私が”あの雑誌”で維澄さんの写真を見つけていなければ、なにもかも起こらなかった。
維澄さんは同姓しか愛せない人だった。
そしてきっと今まで気付かなかったけど私もそうなんだと思う。
私の性格が維澄さんの好みと合致していた。
そうそう、外見もタイプだって言ってたっけ……フフフ。
だから私達は想い合うことが出来た。
これだけの出来事が重なってしまうと……
とても”偶然”の一言では片付けられない。
奇跡が起きたのだろうか?
確かに確率論的に言えば奇跡だ。
おそらくは0.00……1%とか、そういった確率に違いない。
それなのに私はどうしても”奇跡”という感じがしない。
むしろ”必然だった”と思うほうがよほどしっくりくる。
…… …… ……
公園の入り口前にある橋の上に差し掛かったところで、維澄さんは急に足を止めた。
維澄さんは西の空に視線を向けていた。
視線の先には、まだ雪化粧を残した岩手山を見ることができた。
この橋から見える岩手山は北上川と合わせたロケーションが抜群の人気絶景ポイントだ。
「私ね……この景色が好きでよく見に来るんだ」
「へ~岩手山が好きとか?」
「うん、山もそうだけどここから観える夕日がキラキラ反射する川面がすごく好きなんだ」
「あら?ロマンチストだ」
「そうよ?私は美しいものが好きだからね」
「あ、そうだった。美しいと言えば私とかね?」
「バカ」
そう言って維澄さんは赤くなった。
フフフ……照れちゃって。
「でもね。この綺麗な景色を見ても、前は全然心が晴れることはなかったんだよ。ずっとこうしているとだんだん空は暗くなって、川面もどんよりした黒に変わってしまう。その川面を見ては、まるで私の心の色みたいって思ってた」
「あ~、また!暗いよ!暗い!」
最近ではめっきり明るい顔が増えた維澄さんだが、それでも100%という訳にはいかない。こうして過去を思い出して時に暗い顔もする。
でも表情は出会ったころとはまるで別人とも思える程に明るくなった。
それと左手首の傷もあまり隠さなくなったし、少し表情に不安をのぞかせても左手首を無意識に撫でるような仕草もなくなった。
「心配しないで。もう全然大丈夫だから」
そう言いながら維澄さんは私の顔を凝視した。
”だって檸檬がいるから”きっと心の中でそう思っているに違いないーー私はそんな都合のいい想像をしてその視線に笑顔で応えた。
「ーー前から不思議だったんだけど、維澄さんってなんで”ここ”だったんですか?」
「え?”ここ”って盛岡のこと?」
「そうですよ。まさか岩手山が好きだからって訳じゃないんでしょ?」
「そうね。岩手山も好きだけど……たぶん檸檬がいたからじゃないかな?」
「はあ?何言ってんですか?私のこと知らなかったでしょ?」
「それはそうだけど……なんかそんな気がする」
そうか。
やっぱり維澄さんもそう感じているんだ。
維澄さんは各地を転々として、きっと盛岡に留まったことに大きな意味はなかったはずだ。
でも今にして思えば、その何気ない選択があったからこそ私と出会えた。
だから維澄さんも私と同じように考えているに違いない。
私達の出会いが偶然なはずがない。
奇跡ですらない。
そう、必然だったんだって。
「でもホントに綺麗ね、この景色」
「でしょ?私ね……檸檬に会ってからは不思議とこの景色を見ても心が暗くならなくなったんだよ?」
「え?どうして?」
「前は暗くなった川面ばかりに意識が向いてたんだけど……檸檬に会ってから目が行くのは綺麗な色ばかり。不思議よね?同じ風景見てるはずなのに」
「綺麗な色?」
「そう、ちょうどほら、今の色がそうだよ?」
さっきまでは夕焼けの暁色を反射させていた川面が少しだけ色を変えてキラキラと黄金色に輝いていた。
「夕焼けの暁色から徐々に空が暗くなると、一瞬だけこの色になるんだよ?この色がとても綺麗でこの色を見るとなんか檸檬を思い出すんだ」
そういう維澄さんの顔は、確かに晴れやかで未来を向いているように思えた。
私に会ってからこの景色を美しいと意識できるようになった……か。
維澄さんの心が未来に向いた瞬間に、いままで素通りしていたこの景色に意識を向けることができるようになった。
フフフ……気付いているのかなあ、維澄さん。
「キラキラと不思議な色よね。でも維澄さん?この景色の”色”って何色って言うか知ってる?」
「え?なんだろう?……黄金色?」
「違うでしょ?」
「え~?稲穂が輝く色?」
「何それ?まったくもう……」
「え?なによ……何色なのよ?」
「檸檬色でしょ?」
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