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珍客
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「上條社長も予選の審査に入るみたい。あの人も黙って見てればいいのに相変わらず出しゃばりよね?」
私はことさら明るい口調で、そして上條社長がいたことに関しては”あたりまえ”という空気をことさら出してそう言った。
でも……
予想はしていたが、維澄さんは一瞬で緊張の面持ちとなったまま一言も言葉を発することができなくなってしまった。
「ほら、維澄さん?そんな重く考えなくていいから。普通に会って”ゴメンナサイ”するだけなんだからさ」
私はより声のトーンを上げてそう励ましてみたものの、維澄さんはただ弱々しい目で私を見つめ、今にも泣き出しそうな表情になってしまっている。
こんな表情を見せられては思わず母性を感じて胸がキュンとなってしまう。
なんで年下のわたしがこんな気持ちにならなくちゃならないのよ?
ホントに出来の悪い娘をもった母親の気分よ……母親になったことないけど。
「だから、とりあえず会うだけだって!ヤバそうだったら私がなんとかするから……最悪どうしてもと言うなら会わずに帰ったって別にいいじゃない?上條社長が無理やりこのオーデションに割り込んできたのだって向こうの勝手だし。会う約束した訳じゃないんだから無理することはないよ?」
実際に維澄さんがもし以前のようにパニック発作にでもなるようなら私は断固維澄さんを連れ帰るつもりでいる。さっきの上條社長との約束だって、ただ彼女の思惑にまんまと乗せられただけだ。とても約束と呼べるようなものではない。
そう思っていたが、維澄さんからは意外な言葉が返ってきた。
「で、でも私ももう逃げてばかりの人生を止めにしたいから、会うよ」
維澄さんは弱々しく泣きそうな顔だが、ネガティブが常の維澄さんには珍しく前向きの発言だった。
私はこの言葉で私は一縷の望みを感じることが出来た。
「よし!!維澄さんがそう思うなら頑張って会ってみようよ?もちろん私も隣にいるから。」
私がそういうと維澄さんが不安になると”いつも”やるように私の手を無意識にとって握りしめていた。
私はそんな維澄さんの姿にただただ愛おしくて胸が締め付けられる思いだった。
今、維澄さんは彼女なりにいままでのような逃げの自分を乗り越えようとしている。未来を見ている。その維澄さんが見ている未来に果たして私の姿があるなら嬉しいのだけれど。
そんな最中、会場が急にザワツキ始めた。
私は”おや?”と思い辺りを見回すと……
参加者の女性が皆一様に扉の方を向いていた。
そして参加者の顔が皆強張っている。
参加者のその顔は、維澄さんのスイッチが入った瞬間に見せた顔と同じだった。
でも今回の原因は維澄さんではない。
だって維澄さんはこうして私の前で不安そうに私の手を握っているのだから。
そして私もつられて扉の方を向くと……
その原因に私は一瞬で気付いた。
「あ!……ご、ごめんなさい!入口間違えちゃったみたい」
扉にところにいる、皆の注目を集めていた”その女性”は、自分が全員の注目を浴びてしまったことに気付き慌ててそう言った。
その女性とは……
今日のゲスト審査員であり、またKスタジオのエース”YUKINA”だった。
そして私が維澄さんに出会うきっかけにもなったモデルでもある。
私がみたファッション雑誌のYUKINA特集記事には維澄さんがが”ポストIZUMI”と紹介されていた。
ショートカットでボーイッシュなルックス。そのスポーティーなイメージは維澄さんとは競合しない美しさだが……
なるほど。
似ている……醸し出す雰囲気が維澄さんに。
すると不安そうにしていた維澄さんもYUKINAの方に顔を向けていた。
しかも不安な顔は既にどこかに去っており、その目は鋭くYUKINAの全身を見据えていた。
YUKINAのモデルとしての美しさが、維澄さんをモデルモードに引き込んでしまったのだろう。
YUKINAはその視線の”圧”を感じたのか、不意に顔を維澄さんに向けてきた。
すると彼女は大きな両目をさらに大きく見開いて、驚嘆の表情をした。
その表情を見た維澄さんも我に返ったように、一瞬で動揺が戻ってしまった。
”しまった!”
そうだ、気づかなかった。例え会ったことがなくても、ポストIZUMIと呼ばれていたYUKINAが維澄さんの顔を知らないはずがない。
私達が入口付近にいたこともありYUKINAは小走りで私達に近づいてきてしまった。
その様子を見て維澄さんは咄嗟に視線を逸らして横を向いたが、もう遅い。
私も咄嗟のことでどうしていいかわからない。
でもまず私が間に入るしかない。
私は歩みを進めてYUKINAに近づいた。
その時である……
「向坂!もう待ち合わせ時間だぞ?早く隣の部屋にいけよ」
いつからそこにいたのであろう?YUKINAの隣には若い男性が立っていた。
YUKINAの本名「向坂雪菜」の名字を呼び捨てにするところをみるとスタジオのスタッフではない気がした。第一まだ年が若い。きっとYUKINAと同じ大学生くらいだ。
「ほら、早くいけよ!」
出鼻をくじかれて歩みを止めてしまったYUKINAは、そう念を押されてしぶしぶ廊下に出ていくしかなくなってしまった。でも彼女は名残惜しそうにチラチラと維澄さんを見ながら去って行った。
「ゴメンね?あいつ空気読めなくて」
「は?」
この人は急になにを言い出すのだろう?……というかこの人、誰?
「ああ、ゴメン俺は、向坂……いやYUKINAの友人です」
「はあ」
友人?やっぱりKスタジオのスタッフではないのか。
「最初からKスタジオのスタッフではないと思ったでしょ?」
「え?」
「フフフ、そちらの女性は、きっとIZUMIさんなんだよね?」
その言葉を聞いて維澄さんの顔色が変わった。。
「ああ、ゴメンナサイ。あいつはただミーハーでIZUMIさんと話がしたかっただけだと思うから深い意味はないよ?」
なんださっきからこの人は?
「ああ、気味悪いよね?俺」
ん???
そうか、さっきから感じているこの違和感は……
この人の会話って私や維澄さんの思考を先読みして会話が全部先にいってしまってるんだ。
なんなの?エスパー?
「フフフ」
その男がまたそんな私の怪訝な顔色を読んだのか、不気味に笑って見せた。
「もしかしてエスパーなんじゃないの?とか思ったでしょ?」
「え!?」
な、なんだこの人?ほんと気味悪い。
「おっと、俺も行かないと……じゃあ、いろいろ申し訳なかったね。」
その男は言うだけ言って……
そう私も維澄さんもほとんど言葉を口にしていないのに彼は風のように去っていってしまった。
結局、彼は何者だったんだ?YUKINAの友人と言っていたけど、維澄さんのことをYUKINAから聞いている素振りだったからそれなりに親しい関係なのだろう。
それにしても……
変な人。
いや、そんな彼の詮索なんてどうでもいい。
私はさっきから心がザワザワしていた。
維澄さんに匹敵するオーラを纏うYUKINA。
そしてそのYUKINAを凝視する維澄さんを見た時、私だけが”蚊帳の外”にいるような疎外感を感じてしまったのだ。
しかも彼はYUKINAも維澄さんに憧れていると言っていた。
モデルなら誰でも維澄さんに憧れるというのは分る。分るのだけど……
私は今までにない焦燥感を感じた。
分ってる。嫉妬だ。デモルということにおいては私よりも維澄さんに近い位置にいてしかもあの美しさだ。
そんな女性が、維澄さんを想っているなんて想像したら気が狂いそうになる。
「れ、檸檬?どうしたの?」
維澄さんは当惑気味に私の顔をみた。
それはさっきとは反対に私は無意識に維澄さんの手を強く握りしめてしまっていたからだ。
私はことさら明るい口調で、そして上條社長がいたことに関しては”あたりまえ”という空気をことさら出してそう言った。
でも……
予想はしていたが、維澄さんは一瞬で緊張の面持ちとなったまま一言も言葉を発することができなくなってしまった。
「ほら、維澄さん?そんな重く考えなくていいから。普通に会って”ゴメンナサイ”するだけなんだからさ」
私はより声のトーンを上げてそう励ましてみたものの、維澄さんはただ弱々しい目で私を見つめ、今にも泣き出しそうな表情になってしまっている。
こんな表情を見せられては思わず母性を感じて胸がキュンとなってしまう。
なんで年下のわたしがこんな気持ちにならなくちゃならないのよ?
ホントに出来の悪い娘をもった母親の気分よ……母親になったことないけど。
「だから、とりあえず会うだけだって!ヤバそうだったら私がなんとかするから……最悪どうしてもと言うなら会わずに帰ったって別にいいじゃない?上條社長が無理やりこのオーデションに割り込んできたのだって向こうの勝手だし。会う約束した訳じゃないんだから無理することはないよ?」
実際に維澄さんがもし以前のようにパニック発作にでもなるようなら私は断固維澄さんを連れ帰るつもりでいる。さっきの上條社長との約束だって、ただ彼女の思惑にまんまと乗せられただけだ。とても約束と呼べるようなものではない。
そう思っていたが、維澄さんからは意外な言葉が返ってきた。
「で、でも私ももう逃げてばかりの人生を止めにしたいから、会うよ」
維澄さんは弱々しく泣きそうな顔だが、ネガティブが常の維澄さんには珍しく前向きの発言だった。
私はこの言葉で私は一縷の望みを感じることが出来た。
「よし!!維澄さんがそう思うなら頑張って会ってみようよ?もちろん私も隣にいるから。」
私がそういうと維澄さんが不安になると”いつも”やるように私の手を無意識にとって握りしめていた。
私はそんな維澄さんの姿にただただ愛おしくて胸が締め付けられる思いだった。
今、維澄さんは彼女なりにいままでのような逃げの自分を乗り越えようとしている。未来を見ている。その維澄さんが見ている未来に果たして私の姿があるなら嬉しいのだけれど。
そんな最中、会場が急にザワツキ始めた。
私は”おや?”と思い辺りを見回すと……
参加者の女性が皆一様に扉の方を向いていた。
そして参加者の顔が皆強張っている。
参加者のその顔は、維澄さんのスイッチが入った瞬間に見せた顔と同じだった。
でも今回の原因は維澄さんではない。
だって維澄さんはこうして私の前で不安そうに私の手を握っているのだから。
そして私もつられて扉の方を向くと……
その原因に私は一瞬で気付いた。
「あ!……ご、ごめんなさい!入口間違えちゃったみたい」
扉にところにいる、皆の注目を集めていた”その女性”は、自分が全員の注目を浴びてしまったことに気付き慌ててそう言った。
その女性とは……
今日のゲスト審査員であり、またKスタジオのエース”YUKINA”だった。
そして私が維澄さんに出会うきっかけにもなったモデルでもある。
私がみたファッション雑誌のYUKINA特集記事には維澄さんがが”ポストIZUMI”と紹介されていた。
ショートカットでボーイッシュなルックス。そのスポーティーなイメージは維澄さんとは競合しない美しさだが……
なるほど。
似ている……醸し出す雰囲気が維澄さんに。
すると不安そうにしていた維澄さんもYUKINAの方に顔を向けていた。
しかも不安な顔は既にどこかに去っており、その目は鋭くYUKINAの全身を見据えていた。
YUKINAのモデルとしての美しさが、維澄さんをモデルモードに引き込んでしまったのだろう。
YUKINAはその視線の”圧”を感じたのか、不意に顔を維澄さんに向けてきた。
すると彼女は大きな両目をさらに大きく見開いて、驚嘆の表情をした。
その表情を見た維澄さんも我に返ったように、一瞬で動揺が戻ってしまった。
”しまった!”
そうだ、気づかなかった。例え会ったことがなくても、ポストIZUMIと呼ばれていたYUKINAが維澄さんの顔を知らないはずがない。
私達が入口付近にいたこともありYUKINAは小走りで私達に近づいてきてしまった。
その様子を見て維澄さんは咄嗟に視線を逸らして横を向いたが、もう遅い。
私も咄嗟のことでどうしていいかわからない。
でもまず私が間に入るしかない。
私は歩みを進めてYUKINAに近づいた。
その時である……
「向坂!もう待ち合わせ時間だぞ?早く隣の部屋にいけよ」
いつからそこにいたのであろう?YUKINAの隣には若い男性が立っていた。
YUKINAの本名「向坂雪菜」の名字を呼び捨てにするところをみるとスタジオのスタッフではない気がした。第一まだ年が若い。きっとYUKINAと同じ大学生くらいだ。
「ほら、早くいけよ!」
出鼻をくじかれて歩みを止めてしまったYUKINAは、そう念を押されてしぶしぶ廊下に出ていくしかなくなってしまった。でも彼女は名残惜しそうにチラチラと維澄さんを見ながら去って行った。
「ゴメンね?あいつ空気読めなくて」
「は?」
この人は急になにを言い出すのだろう?……というかこの人、誰?
「ああ、ゴメン俺は、向坂……いやYUKINAの友人です」
「はあ」
友人?やっぱりKスタジオのスタッフではないのか。
「最初からKスタジオのスタッフではないと思ったでしょ?」
「え?」
「フフフ、そちらの女性は、きっとIZUMIさんなんだよね?」
その言葉を聞いて維澄さんの顔色が変わった。。
「ああ、ゴメンナサイ。あいつはただミーハーでIZUMIさんと話がしたかっただけだと思うから深い意味はないよ?」
なんださっきからこの人は?
「ああ、気味悪いよね?俺」
ん???
そうか、さっきから感じているこの違和感は……
この人の会話って私や維澄さんの思考を先読みして会話が全部先にいってしまってるんだ。
なんなの?エスパー?
「フフフ」
その男がまたそんな私の怪訝な顔色を読んだのか、不気味に笑って見せた。
「もしかしてエスパーなんじゃないの?とか思ったでしょ?」
「え!?」
な、なんだこの人?ほんと気味悪い。
「おっと、俺も行かないと……じゃあ、いろいろ申し訳なかったね。」
その男は言うだけ言って……
そう私も維澄さんもほとんど言葉を口にしていないのに彼は風のように去っていってしまった。
結局、彼は何者だったんだ?YUKINAの友人と言っていたけど、維澄さんのことをYUKINAから聞いている素振りだったからそれなりに親しい関係なのだろう。
それにしても……
変な人。
いや、そんな彼の詮索なんてどうでもいい。
私はさっきから心がザワザワしていた。
維澄さんに匹敵するオーラを纏うYUKINA。
そしてそのYUKINAを凝視する維澄さんを見た時、私だけが”蚊帳の外”にいるような疎外感を感じてしまったのだ。
しかも彼はYUKINAも維澄さんに憧れていると言っていた。
モデルなら誰でも維澄さんに憧れるというのは分る。分るのだけど……
私は今までにない焦燥感を感じた。
分ってる。嫉妬だ。デモルということにおいては私よりも維澄さんに近い位置にいてしかもあの美しさだ。
そんな女性が、維澄さんを想っているなんて想像したら気が狂いそうになる。
「れ、檸檬?どうしたの?」
維澄さんは当惑気味に私の顔をみた。
それはさっきとは反対に私は無意識に維澄さんの手を強く握りしめてしまっていたからだ。
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