檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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スポットライト

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 私達は回転式の自動ドアを通り、ついにホテルに足を踏み入れた。私はホテルに入った瞬間、あまりに広すぎるロビーに圧倒され口を”ポカン”と開けてしまった。

 なのに維澄さんは、相変わらずキョロキョロと不審者全開といった感じだった。

「維澄さん?もう腹くくりましょう?もっと堂々としててください?」

「そ、そんなこと言ったって、まだ心の準備が……」

「いまさら心の準備とか、もう随分前から決まってたことじゃないですか?この後に及んで焦ってもなんのメリットもないですよ?」

「し、知ってるわよ、もう!」

 維澄さんは軽くパニクってる感じだ。

 そんな状況なので、私は私で”逃げ出したいくらいに”緊張していたのだが、結局ロビー中央の奥にあるインフォメーションセンターに私が先導して向かうことになった。



 オーデションの会場は2部屋用意されていた。一つは予選のための小さな会場。もう一つがホール形式となったこのホテルでもっとも大きな本番用の会場だ。

 我々は『下見』をするために大きい方のメイン会場に向うことにした。まあ、私がこの会場でのお披露目に残れるのかどうかは分らないのだけれど……

 ロビーから正面にある広い階段を進み、階段を上がりきるとその目の前にその会場はあった。

 ドアは既に解放されていたので、私達は会場の中に歩をすすめた。

 私達が会場に入るとなぜか……

 急にスポットライトが維澄さんに当たり維澄さんの身体が浮き上がるようにキラキラと照らして出されてしまった。

「え?!な、なに?!」

 私は驚いて維澄さんの方を見ると……

 当の維澄さんは何事もなかったかのように、逆に私の驚いた顔を不思議そうに眺めている。

「ど、どうしたの?檸檬?」

「あれ!?な、なんで???」





 な、なんだ?



 何が起こったの?

 ……私は全く状況がつかめずに、会場を照明設備を確認するべくキョロキョロしてしまった。

 そして、驚くべきことに気付いてしまった。

 照明が突然動作するわけがない。

 錯覚したのだ、私が。

 いきなり維澄さんにスポットライトがあてられるなんてあるはずがない。

 しかし”私には”そう思ってしまうほどに維澄さんが”浮き出るように”キラキラと輝いて見えてしまった。

 その輝きは目が眩むほどであった。



 なにが起こったのか?



 きっとこういうことだ。



 維澄さんの身体が”無意識に”この大きな会場に反応したんだ。

 維澄さんはこの会場に入った瞬間、本人が自覚することなく”無意識に”天才モデルとしての”スイッチ”が一瞬で入ってしまったに違いない。

 だから一瞬で”天才モデル”に美しく変貌してしまった維澄さんはまるで浮かび上がるようなインパクトを自然と放ってしまったのだ。



 一瞬でその場の空気を変える……

 いや、世界を変える。

 そんなことが出来るモデルがいるんだ。


 ははは……やっぱりすごいな、この人。



 私はそんな維澄さんに圧倒されてしらずしらず自然と涙が零れていた。

「ど、どうしたの檸檬?!」

「だ、だって維澄さん、凄すぎて」

「え?な、何がよ?」

「だから維澄さんがだよ」

「よ、よく分からないんだけど?」

 そうか、これが世界に通用する才能なんだ。

 上條社長をしてモデルで生きることを諦めさせた才能。

 それが”IZUMI"という才能なんだ。


「ご、ごめんね維澄さん……ちょっとビックリしちゃって」

「だ、だから何が?私、何かした?」

「うん、した」

「え!?私、なにしたの?」

「いや……いいの。別にぜんぜん悪いことじゃないから。私が勝手に感動しただけ」


 維澄さんは心底困ってしまったようで、心配そうに私の顔を見ている。



 私の憧れから始まった維澄さんへの想い。最初はやはり維澄さんのモデルとしての”美しさ”に魅かれるというウィエイトが大きかったように思う。

 でも最近では……

 ぜんぜんすれていない少女のような可愛らしさや、子供みたいにワガママなところ、直ぐにムキになって感情が顔にでるところ……そしてきっと私を一番大切な友だちと思っていてくれる……そんな維澄さんの”こころ”の部分にこそ私は”愛おしさ”を感じていた。



 でも今、再び思い出してしまった。維澄さんが誰よりも美しいという事実を。

 そしてもしかするとその美しさは大げさでなく世界一なのかもしれないということを。


 しかし……私はそれでも思う。

 彼女はどんなに美しくても、普通の女性であるということ。

 どこにでもいる……いや、むしろ普通の女性よりも頼りなくて護ってあげたくなるような精神的に未成熟な大人の女性であるということ。

 ゆえにこんなとてつもない才能とのアンバランスにこれだけ苦しんでしまったのだ。

 だからそれを全て分かっている私しか維澄さんを救えない。


 上條社長はもしかすると理解があったのかもしれない。

 でも私は上條さんがこの維澄さんの才能に執着しているという危惧を未だ感じる。


 だから私は改めて思った。

 考えていた以上に上條さんとの対峙は心して向かわなければならない。


 私は絶対に、この世界一の女性を守る。


 でもそれは維澄さんが世界一美しい女性だからではない。




 私が世界で一番愛している女性だからだ。
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