檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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未来の私を……

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 ついにオーデションまで一週間前を切った。

 そしてやはり維澄さんが不安の表情を見せる回数が日に日に多くなって来てしまっていた。

 少し前までは少なくとも維澄さんは私がオーデションで優勝することだけを真剣に考えて、一生懸命自分の気持ちを私に向けてくれていたと思う。

 しかし、最近は私のことよりも自分が上條裕子社長と対面しなければならないと言うプレッシャーが勝ってしまっているのか、私のオーデションの指南に関しては上の空になってしまっていた。

 メンタルの弱い維澄さんのことだ、既に「私のオーデションを心待ちにしている」という気持ちはなく「いっそ当日が来なければいいのに」くらいブルーになっているのだと思う。

 だからと言って私は今までのように”維澄さんはホントに弱いんだから!”と軽口を叩ける心境にはなれない。

 私は維澄さんに上條社長と会うことを強引に押しつけてしまった。

 それが維澄さんにとって最上の選択であると思う半面、クリスマスデート?の時に偶然見つけてしまった維澄さんの左手首の傷のことを思うと、考えなくてもいい不安が頭をもたげてしまう。

 あの傷に関してはもちろん直接維澄さんに確認をとることなんてできない。だからクリスマス以来私がその傷のことを口にすることは当然なかった。

 しかしあれから、改めて維澄さんの服をチェックするとほぼ毎日ロングスリーブを着ており私が意識的に手首を見ようとしてもまず”あの傷”を見ることはない。

 つまり相当意識して手首を隠しているは明らかなのだ。

 そこまで隠さなければならない手首の傷と言えば、答えはおのずと出てしまう。


 またオーデションを受けるはずの当の私にしたって……

 こんな風に維澄さんの様子ばかりが気になってしまい既に”優勝するぞ!”というモチベーションはもはや皆無だ。

 正直、維澄さんの不安な顔を見るたびに”オーデションの結果なんてどうでもいい”というレベルにまでなってしまっている。


 悲しいかな今の私が持てる唯一のモチベーションは”上條裕子待ってろよ!だけである。


 さすがに私がこんな状態でオーデションを受ける訳にもいかず、ましてや維澄さんだってこんな不安を抱えたまま上條社長との対面という修羅場を迎えても決していい結果にならない気がする。

 だから私は無理にでもお互いの気持ちをオーデションに向けるべく会話するよう努めることにした。



「維澄さん?当日の朝って食事とか普通にしていいんですか?」

「いや、出来ればそろそろ食事は当日に備えてちゃんと考えて食べた方がいいよ?」

「え?そうなんですか?だったら早くいってくださいよ!」

「ああ、ごめん。そうだよね……」

 まあ、それどころではないのは分るけどさ……

「でもそこまでして、何か変わるんですか?」

「それは見る人が見れば一発よ。」

「え?そうなの?」

「その人の水分摂取量で肌の感じが変わったの見抜かれるわよ?」

「ええ!?凄い話ですね?もしかして維澄さんもこっそり私の肌のチェックしてたとか?」

「まあ……そうね。檸檬の顔は良く見てるから……って、も、もちろんモデル指南の一環としてね」

 なんで急に私の顔良く見てるなんてカミングアウトしてんのよ?

 そんな誤魔化しても顔真っ赤だし……

「え?!なにそれ?イヤラシイ!!」

「だ、だからそれは檸檬が優勝するために、檸檬の体調管理の責任もあるから……」

「よく言うわよ!私、今日まで体調管理について維澄さんからなんのアドバイスも貰ってないけど?」

「いままでは特に言うことなかっただけだから……」

 フフフ……維澄さんのこんな風に赤くなって、拗ねてしまう顔を久々に見たな。

 やっぱこういうのいいな。



 当日までは、こんな風にお互いの気持ちを楽にする努力をしていこう。

 当日のオーデションを楽しみに待つことにしよう。

 そうすれば維澄さんにもきっとその気持ちが伝染する。

 維澄さんの不安に私が引っ張られてどうする?

 私がまずポジティブになろう。



 きっと今日みたいな穏やかな私達の空気感ごと会場に持って行けば、きっと上條さんに会ったって大丈夫。

 きっとその時の私が何とかしてくれる!

 その時こそ……


 今までのように維澄さんの窮地ではフルスロットルする私のポテンシャルを信じてみよう。
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