檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

文字の大きさ
上 下
49 / 78

がんばるよ!

しおりを挟む
 "おめでとうございます。第一次審査に合格しました”

 仙台で行われるオーデションの一次審査の結果がメールで届いた。

 なんとなく一次審査は通ると思っていたが、いざそれが現実のものとなると手が震えるほどに動揺してしまっていた。

 メールに気付いたのは夜の11時を回っていたが、すぐ維澄さんにはLineで知らせた。

 するとLineの”既読”が表示されるやいなや……

 Line通話の着信が鳴った。

「あ!檸檬!よかったね~」

 喜びあふれんばかりの第一声。

 維澄さんの声は透き通ったアルトだけど、この時の声のキーはいつもより高く心から”喜び”を表現する声色になっていた。

 始めてこんな維澄さんのはしゃいだ声を聞くと、私はメールを見た瞬間よりもよほど喜びを実感してしまった。

「ありがとう、維澄さん。ぜったい維澄さんがプロデュースしたくれた写真のお陰だよね?」

「そんなことないよ。檸檬はホントに綺麗なんだから」

 この人の場合、お世辞でそんなことは言わない。

 例えそれが維澄さんの”私びいき”の色眼鏡が入っての評価だとしても、維澄さんが本心でそういってくれるのが嬉しくて嬉しくて、つい涙が零れそうになった。

「ん?どうしたの?檸檬?」

 感極まって少し黙ってしまったので慌てて維澄さんが聞いてきた。

「維澄さんにそんなこと言われると、なんか嬉しくて……」

「もう、檸檬はいつも大げさなんだから」

 そう言う維澄さんの声も少しこわばってたから、きっとウルウルしてるんだろうな。

「維澄さん?一応メール転送したから内容確認してください」

「わかった」

「ちゃんと指導してくださいね?」

「うん、頑張るよ。バレンタインの日だから後一ヵ月ちょっとだね」

 このオーデションは、震災のチャリティーを兼ねているので集客することを想定としたイベントになっている。だからオーディションも大きなホテル会場でお客さんを前にした審査形式になる。

 今回の一次審査を通ったのは30名ほどいるが最終選考の10人だけがお客さんの前で”お披露目”ということのようだ。

 私はそもそもこのオーデションに参加したのは、維澄さんとの接点を増やすのが最大の目的だったのでそれほど”勝ちたい”というモチベーションがある訳ではない。

 特に大勢の観客の前で素人丸出しのポージングするなんて想像すると、はずかしくて悶え死にそうだ。

 ただ、維澄さんにモデルというトラウマをきっちり解消してもらいたいのでこのオーデションの結果がどうであれ、しばらくは維澄さんのご指導のもとモデルになることを目指すのも悪くはないと思っている。

「絶対、優勝しようね、檸檬」

「え?優勝ですか?……さすがにそれは難しくないですか?」

「大丈夫だよ!檸檬なら……それに私が指南するからね」

「あ、随分強気な発言するようになりましたね。維澄さんも成長したな~」

「また子供扱いして!でも結構私は本気だからね。覚悟しなさいよ!」

 ハハ、もう維澄さんのほうが楽しそうにしている。

 先日維澄さんの手首の傷を見て以来、ずっと暗い想像が頭から離れてくれなかったがこんな明るい維澄さんを目の当たりすると少しホッとする。

 そしてその明るさを引き出しているきっかけが私であることが何よりも嬉しい。

 焦る必要はない。

 ずっと側にいると決めたんだから。

 一つづつ山を乗り越えればいい。

 まずはオーデションで優勝か。

 ハードルは高いけど、できればここで維澄さんを喜ばせたい。

 だから私だって全力でいく。


 私がそんなふうに努力する過程で、きっと維澄さんの傷も少しづつ癒えると私は信じて頑張る。


「じゃあ、維澄さん?」

「なに?」

「せっかくだから、私の優勝祈願で初詣一緒にいきませんか?」

「ああ……いいわね!私も2日から仕事だからずっと盛岡にいるし」

「やった!もしかして振袖着るの?」

「え~どうしようかな?……檸檬のお望みとあらば着てもいいよ?」


「え~!私が比較されて残念なことになる!……でも見たい!!」

「ハハハ、じゃあ一緒に着付けして行こうか?」

「え?マジ?」

 マジか?……そんな夢のようなことが起こってしまっていいのか?

 でも……そ、そうかこれもモデル修業の一環と言うことで……

 その後、私は興奮のあまり饒舌になりすぎてついつい長電話になってしまった。

 維澄さんもやさしく話しにつきあってくれた。


「じゃあ、檸檬、今日はもう遅いから……またお店でね」

 ようやく通話が終わった。しかし私はしばらく頭がグワン、グワンとするほどに興奮醒めやらなかった。

 だって維澄さんと二人で……振袖を着て初詣。想像するだけで頭がおかしくなりそうだ。

 そして、今日の電話でもそうだったが、維澄さんは会った当初とは比べ物にならないくらい”明るくなった”のが私の興奮をさらに大きなものにしていた。

 絶対、いい方向に向かっている。

 そう思えたから。



 も~いくつ寝ると~お正月……

 こんなに年明けが待ち遠しいのはいつ以来だろう?

 維澄さんも同じように思ってくたりすると……嬉しいな。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

処理中です...