檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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思い込み

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 間違った。

 維澄さんのトラウマは「上條さん」その人ではないんだ。

 維澄さんの心の根っこに刺さっているのは……傷ついた自分自身の感情だ。

 だから上條さんという存在に恐怖するのではない。自分がまた傷付くかもしれないことを極度に恐れている。

 私への怒りの感情。

 それは不安の裏返しだ。

 ”また自分が傷つくかもしれない”という不安

 だから維澄さんは極端に嫉妬する、今回も美香の時も。

 少なくとも私は維澄さんの中で「もしかしたら将来好きになるかもしれない候補?」くらいにはきっとなっていると想像していいんだと思う。



 きっと自惚れじゃない。

 しかし、今まで維澄さんはずっと”こう”なることを避けてきた。

 つまり、人とかかわることを徹底的に避けて、人を好きになる可能性を自分から潰しまくって生きてきた。

 そんな人生……辛すぎるでしょ?

 そんなのやめましょうよ?



「維澄さん?一つづつ確認していきましょう」

「な、なに?なんなの?」

 絶対に維澄さんの考えを変えさせる。

 でも急いではダメだ。

 慎重に、例え一歩だけでも……

「私は維澄さん以外の人を好きなったことはないし、上條さんがいくら素敵な女性でもそんな簡単に好きになるはずありませんよ?それは信じてくれますか?」

「……」

 維澄さんは黙っいた。

 きっと、まだ信用してくれない。

「あと……維澄さんは自分の大きな間違いに気付いていません。」

「な、何なのよさっきから?私が間違えてる?……なんで檸檬がそんなことを分るというの?」

「私じゃなくても気付きます。維澄さん……言いにくいこといいますよ?」

「い、いいわよ、言わなくても!」

 維澄さんは”例によって”逃げの体制に入っている。

 でも今日は逃がしてはいけない。

「いや言わせてください。維澄さんがいままでその間違いに気付けなかったのは逃げ続けたからですよ?」

「ま、またその話……いつも檸檬は私をバカにしてばかり」

 維澄さんは悔しそうに涙を浮かべてしまった。

「バカになんてしてません。大好きな人をバカになんかするはずないでしょ?」

「そ、そういう言い方は卑怯よ」

「でも良かったですよ。私に対しては逃げなかったから、私が維澄さんの間違いに気付くことがでいました。だからそれをちゃんと維澄さんに教えてあげます」

「……」

 維澄さんは不満げな顔を崩すことはなかったが、言い返すことはなかった。

「維澄さんが好きだった人は、去ったんじゃなくて維澄さんの方から逃げたんですよね?」

「っ!!な、なんでまたそのことを……今はその話はやめてよ」

「やめません」

「ふざけないで!」

「私が言いたいのは、維澄さんが好きなった人が、”維澄さんの元を去ったことなんて一度もない”って事実をちゃんと知ってほしいんです」

「そ、それはあなたが良く事情を知らないからそんな勝手なこと……」

「じゃあ、私の間違いを指摘してくださいよ?」

「だから私は去ったのは、かみ……いや好きな人が」

「いや上條さんのことだって分ってますからそこは上條さんでいいです」

「……だ、だから上條さんの気持ちが私に向いていないことに気付いたから私は自分から……」

「身を引いたと」

 維澄さんは項垂れてしまった。

 まあ、確かに事実そうなんだと思う。

 上條さんは維澄さんのことを可愛がっていたのは確かだ。でもそれはきっとベタな表現だが妹のような存在で決して恋愛感情に発展する可能性はなかったように思う。

 これはさっき会った上條さんを見て感じた直感でもある。きっとあの人は女性を好きになる人ではない。

「維澄さん?言っちゃなんですけど、17歳の私の周りにもおんなじような話はゴロゴロしてるんですよ?」

「え?」


「だから……維澄さんが経験したのって維澄さんにとってはつらい体験だったと思うけど、でもそれ自体はごくごく普通の失恋でしかないってことです」


 そう言うとさすがに維澄さんは怒りの表情を顕わにした。

 でも、今は私も引かない。

「たった一回の失恋で、自分が生涯人を好きにならないなんて間違ってますよ」

「数の問題じゃないのよ!分るでしょ?さっき言ったじゃない?私はあなたち高校生のような遊び感覚で恋愛なんてしてこなかったのよ」

「歳は関係ない!私は高校生でも真剣な恋愛しかしてません!……それは譲れませんよ?」

「だ、だからそれは」

 維澄さんは私の強い気持ちに晒されて赤面してしまった。

「私が伝えたいのは、維澄さんの思いこみになんの根拠もないってことなんですよ」

「思いこみ?」

「そうですよ。別に維澄さんが好きになったから上條さんが去った訳じゃないでしょ?キツイこというけどたんに上條さんが維澄さんを恋愛対象としてみてなかっただけのこと」

「そ、そんな」

「違いますか?それ以上でもそれ以下でもないです。維澄さんが好きになったこと事態は嬉しかったはずです。だからそれが原因で維澄さんを捨てるなんてことのほうが絶対あり得ない妄想です。いいですか?維澄さんのその考えの方がよほどあり得ない妄想なんですよ?」

「そ、そんな分ったようなこと言わないで」

「言いますよ!言うにきまってるでしょ?……だって維澄さんがこんな間違った妄想のせいでもう人を好きにならないって言ったんですよ?その意味が私にとって何を意味するかわかるでしょ?いや……分ってよ!!」

 私はついに自分の感情が抑えられなくなり、最後は絶叫しながら涙を流していた。

 維澄さんは……驚きの表情で目を大きく見開いて、そして私を見つめた。

 伝わった。きっと伝わった。

 ようやく。

 大丈夫だ。

 間違っていない。

「れ、檸檬……」

「分かってくれましたよね?」

「れ、檸檬……私、檸檬にひどいこと言ってたの?」

「そうですよ」

 私は話がようやく伝わったことに安堵して、頬にはまだたくさんの涙が残っていだけど笑顔で答えることができた。

「ご、ごめんなさい」

「あやまらないでよね?まだ私振られてないんだから……ですよね?」

「ああ……まあ、どうだろう」

「どうだろう?」

「そ、そんな今は……」

「ああ、いいです。じっくり行きますから。とりあえず今日のところは私の首の皮は辛うじて繋がっただけで恩の字です」

「そ、そんな言い方……」

 維澄さんは、少し困った顔をしているものの怒りの表情はない。

 いや、私と同じ……安堵の表情をしているように見える。

 とりあえず……終わったのか。今日のところは。




 今朝から……上條さんが訪ねてきて、今度は維澄さんと綱渡りの攻防?

 あまりに多くのことがありすぎて私は安堵とともにとてつもない疲労感に襲われてしまった。

 でも……いい。

 こんな維澄さんの顔が見れたんだから。


 きっとほんの僅かでも前に進むことができたと思う。


 はあ、ようやくいつも通りの二人に戻れたのだろか?

 そう思えば、ここからはデートだよね?



 そうとでも思わなければやってなれないよ、まったく。




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