檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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来訪者

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 私は先日の維澄さんとの『夢のような』?撮影会を経て、ようやくオーデションの応募までこぎ着けた。

 応募は、大げさに撮影会をした割にはオーデションサイトからの専用送信フォームで送るだけという拍子抜けするほどに簡単なものだった。

 応募してからすでに2週間。私は撮影が終了してからの”自信満々”から一次選考の結果に対する不安は一切なかった。

 でも、維澄さんは心配で仕方がないらしかった。

 昨日だってバイト中何度も一次選考の結果がそろそろ来てもいい頃だと繰り返しては維澄さんはそわそわしていた。

 こんな維澄さんの”そわそわ”した態度を眺めながら、また私の心は”むずがゆく”なり顔が気持ち悪くほころんでしまっていた。


 …… …… ……

 今、盛岡は12月も中ごろとなり本格的な冬に突入した。私は日曜日で久々にアルバイトのシフトもないので暇な一日を過ごしている。

 昨日降った雪もようやく上がっていい天気なのだが、昨日の雪で圧雪された道路を自転車で外出するのはちょっと遠慮したい。

 私は暇つぶしに”撮影会”で維澄さんに撮ってもらった自分の写真を眺めていた。写真は維澄さんから電子データで貰ったので全部自宅のパソコンに保存してある。

 私は最近暇さえあればパソコンで自分の写真を眺めては”うっとり”するのが習慣になってしまっていた。

 誤解のないように言っておくが、私は単にナルシストという理由で自分に酔っている訳では決してない。

 私にメイクと衣装合わせをしてくれた維澄さんの雰囲気を纏った自分をみて、あくまで『私のそのもの』ではなくて『維澄さん』を想像してうっとりしているのだ。

 まあどちらにしても十分”怪し”くて”アブナイ”私であることには違いはないのだが……


 そんな自分の写真を見てニヤニヤしてる休日の午後に、来訪を告げる家のチャイムがなった。

 ”え?こんな雪が積もった日に?”

 と驚いた。宅配便だろうか?

 たまたま一階にいた翔がインターフォンで対応し玄関に向かっていく足音が聞こえた。

 すると程なくして私は翔に呼ばれた。


「お~い!檸檬!」

「なに?」

「お客さん」

「え?私に?……誰なの?」

「え~と、綺麗な女性?」

 え?もしかして……

「維澄さん!?」

 私は大声で叫んでしまった。

「残念ながら違うよ。維澄さんは俺も知ってから、維澄さんなら維澄さんって言うよ」

「そ、そうだよね。じゃあ、誰なのよ?」

 私は露骨にガッカリした口調でそう応えてしまった。

「知らないよ、とにかく出れば?」

「ああ……うん」

 全く心当たりがない。こんな雪が積もった日にわざわざ訪ねてくるような人は私にはいないはずだ。

 女性と言うからにはストーカーの類ではないだろうが……少しだけ警戒しつつ玄関から外に出た。

「すいません、お待たせしました」

 そう言いながら家の門まで行くと、その女性は真っ赤なロングレザーコートという”いでたちで、とても盛岡郊外の田舎町に不釣り合いな”ド派手さ”で一人立っていた。

「突然訪ねてしまって、ごめんなさいね」


 私はその女性の姿を見た瞬間、あまりの驚きに言葉を失ってしまった。

「あなた、神沼檸檬さんよね?」

 なんで?なんで?

 目の前にある光景がとても現実のものとは思えない。

「その驚いた態度からすると、私のこと知ってるみたいね?」

「……は、はい」

 私はそれだけ言うのが限界だった。

 確かに知っている。

 でも、『まさか』会ったことなどあるはずがない。

「なら話は早いわね……フフでも、もう聞くまでもなさそうね」

「な、何がですか?」

「私を見てそれだけ驚けば、もう私の知りたいことがあたなの顔に書いてあったということ」

 私はあまりの緊張で胸の心臓の鼓動が激しく打ち続け耳の奥でにその震動が伝わっていた。

 ど、どういうことよ?

 なんなの?この異常事態は?

 これは現実なのだろうか?

 夢ではないのか?

 私は確かにこの人を知っている。でもこの人が私を知っているはずがない。

 まただ。

 なんでこの人がこんな田舎にいることが事態が異常すぎる。

 しかも私を訪ねてきた?なんで?

 私がおおよそ想像できる範疇を超えたことが今目の前に起こっている。




「どうして私があたなのことを知っているのか不思議よね?」

 この鋭そうな女性は私の『驚いた顔』で何かに気付いたらしい。

 何に気付いたと言うの?

 人の心を丸裸にしてしまうような、この鋭どすぎる眼光に私は委縮した。

 こ、恐い。

 なんて恐ろしい人なんだ?

「あなたの応募をみさせてもらったのよ」


 その答えを聞いて私はようやく”ああ”と思った。

 そういうことか、だから私の住所を知っていたのか。

 しかし、どうしてこの人が私のオーデションなんかの応募を見る機会があったというの?

 きっと全国からの沢山の応募があるなら、ただの高校生の私が”この人”の目にとまるとはとても思えない。

 でも私には予感があった。

 この人が私を訪ねてきた理由。

 間違いなく維澄さんが絡んでいる。

 でも、どうして、私から維澄さんに辿りつけたんだ?

 私の応募を見て?

 そこまでの考えて”はた”と思った。

 そうか……

 私は俯いていた顔をその女性に向けた。

「フフ、ようやく気付いたみたいね」

 ああ、まただ。また読まれてる

「その通りだよ。私はIZUMIを探している」

 私は思っていることを読まれた上に、とてもじゃないが即答できる答えを用意することができずに混乱し、また言い澱んでしまった。

「そんな恐い顔して悩まないで。でも一つだけ教えてくれる?」

「な、なんでしょう?」

「さっきのあなたの驚きから想像するに、あなたは今、IZUMIと知り合いってことよね?」

 私はその問いに、即答することができなかった。

 でもすぐに否定できなかったことで『その答え』は相手に伝わってしまった。

 つまり私が維澄さんと知り合いであるという事実が。

 だからその女性は当然のようにその事実に気付き、続けた。

「そう、そうなのね……生きてるのね?あの娘」

 いままでは挑みかかるような恐しさしか見せていなかったこの女性が、突然を震わせて涙ぐんでしまった。

 え?な、なに?今度はなんなの?

 維澄さんが生きてるとか……

 そんなの聞くまでもないでしょ?

 そんなことはあたなだって知っているでしょ?

 ……いや、もしかして知らないってこと?

 どうして?

 それはおかしいでしょ?

「はい、維澄さんは私のアルバイト先にご一緒させていただいています」

 私はその女性の涙に同情した訳ではないが、このことは伝えておくべきだと咄嗟に判断した。

 それは間違っていない。むしろこの人がそのことを知らないってことが異常すぎる。

 私はおおよその話が見えてきた。

 この女性は私のオーデションの応募写真を見て、私の写真からモデルIZUMIの存在に気付いた。

 それはそうだろう。

 私ですら鏡に写った自分を見てすぐに”維澄さん”とイメージが似てしまったことに驚いたほどだ。

 だから『この人』が気付かないはずがないのだ。

 当たり前だ、あの伝説のモデルIZUMIを生み出したのはまさにこの人……

 上條裕子に他ならないのだから。



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