檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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急転

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 私はなんとか維澄さんの動揺を和らげようとイエローカードを出してみたが、維澄さんの顔色をみてしまった私の方が冷静でいられる訳がなかった。

 だから、知らず知らずの内に私の心はネガティブな想像でいっぱいになってしまって事態は思わぬ方向へ動くことになる。

 維澄さんのモデル時代。

 その記憶の中心にいる人。

 それを想像すると、抗いようのない嫉妬心で気が狂いそうになる。

 維澄さんが、めったに見せない楽しそうな表情。

 そして、その直後には表情をなくして殻に閉じこもってしまう程の辛い経験。

 維澄さんのモデル時代に、きっとモデルという仕事を維澄さんに教えた人。

 まさに彼女に最も影響力のあった人。



 でも、私を暗いところへ引っ張りこんでしまうのはそんなことではない。

 それは、その人こそ過去に維澄さんが『愛した人』ということだ。

 そしてその人のことを維澄さん未だ忘れられずにいる。

 私は幸か不幸か……偶然そのことを知ってしまった。


「上條裕子……」


「え!?」


 あ!?しまった!

 私としたことが、あまりに思いつめてしまったため、自分の口からこともあろうか上條社長の名前を口走ってしまった。

 維澄さんが驚きの声を上げ私を見つめてた。

「ど、どうして?」

 維澄さんのあまりに大きなリアクション。これで私は、私の想像全てが真実であることを確信した。だから私は動揺のあまり心のコントロールを失った。言ってはいけないことを口にだしてしまった。

「維澄さんにファッションのことを教授したのって上條社長のことですよね?」

 維澄さんの顔がみるみる青ざめて行くのが分かった。

「な、なんで檸檬がそれを?」

「そして維澄さんは昔、上條社長のこと好きだったんですよね?」

 維澄さんは、驚きのあまり口を大きく開けたままフラフラとよろけるように後ずさりしてしまった。まるで私を”この世のもの”ではないかのような目で見ながら、私から距離を置いてしまった。

 私が上條社長の名前を知っていることだって驚きだろう。

 ましてや維澄さんにファッション指南をした人であることも言い当てて……極めつけは自分が愛していたことまで知っていた?

 理解できないだろうな。

「れ、檸檬?檸檬は何を知っているの?なんで、そんなことまで……知って……」

 維澄さんはもうパニック寸前だ。

「そんなこと、今更聞かないでくださいよ!」

 私は覚悟を決めた。

「え?」

 私は自分の感情をついに堪えることができずに、とうとう目から涙があふれ出てしまった。

「もう、今更聞かないでくださいよ、そんなこと。前にも言ったじゃないですか?」

 私が突如泣きだしたせいで、怒気を込めて言い返したことに維澄さんの表情が”焦り”の表情に変化した。

「わ、分らないわよ?どういうことよ?」

「私が維澄さんのことが好きだからですよ?言いましたよね?前にも。だから……だから維澄さんが好きだった人ぐらいわかっちゃうんですよ!」

 そうなんだ。

 前に美香が言っていたじゃないか?

 好きな人の好きな人なんか直ぐに分かると。

 だからこそ、私が維澄さんを好きなことを美香は一発で見抜いた。

 だったら私が上條さんの存在が維澄さんにとってどういう存在か気付くのなんて当たり前のことなんだ。

 だから……

「好きな人が、誰を好きかなんて……分かるんだよ」

 私はダメ押しで、維澄さんにそう伝えた。

 維澄さんは固まったまま何も言い返すことが出来なくなってしまった。

 きっともう何が何だかわからないんだろうな……

 維澄さんのことだから、きっと困ってるんだろうな。

 困らせるつもりなんてないのに……

 ああ……やってしまった。

 もうきっと取り返しがつかない。

 今のは……

 きっと伝わってしまっている。

 私の”好き”は前に維澄さんが勘違いした”憧れ”なんかではないことに。

 それは維澄さんの表情を見れば分かる。

 恐い……

 維澄さんが次に発する言葉が……恐い。

 聞きたくない。

 これで全てが終わってしまうかもしれない。


「檸檬……」

 どうしよう。聞きたくないのに……

 維澄さんは何と言おうとしているのだろう?

「檸檬……」

 維澄さんは少し言い澱んだ。

 私は意を決して維澄さんの顔を見つめ返した。

 すると……その顔が想像していたものと違っていたことに驚いた。

 あれ?

 なんで?

 青ざめている思った維澄さんの顔が……少し……赤い?

 もしかしてこの人、私の告白に照れてるの?


 ここで一つの想像が私の心に飛来した。

 私が上條さんの存在を知っていたことより、私がかつて維澄さんが上條社長のことを愛していたことを知っていたことより……

 私の告白の方が維澄さんの動揺を誘ったのではないか?

 都合のいいポジティブすぎる発想のお陰で私は、少しだけ冷静に言葉を返すことが出来た。

「維澄さん……とりあず、食事にしましょう。続きはそこで。いいですよね?」

「え?……あ……、そ、そうね」

 維澄さんも虚を突かれたようで、つられてそう応えてしまった。

 そして維澄さんは火照ってしまった顔を落ち受けるようにホッと息を吐き、胸を撫でおろうしているように見えた。

 私はひそかに深呼吸をして落ちつこうとしたけど……

 これから訪れるであろう”正念場”を想像して身震いした。
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