檸檬色に染まる泉

鈴懸嶺

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奇跡の途中

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　土曜日の朝。

　私は待ち合わせより３０分も早く”ドラッグストアーの前”に来てしまっていた。

　デートの待ち合わせがドラッグストアーの前というのが少し不満だが、それでも浮ついてた私の心はそんなことで暗くなったりはしない。

　だって今日は維澄さんとデートなのだ。

　まあデートと思っているのは私だけで維澄さんは買い物の付き合いに無理やり付きあわされると思っているに違いないのだけれど。

　それでも私のちょっと強引な誘いに戸惑いながらも来てくれたのは大きな大きな進歩だ。

　昨日、思い切って維澄さんを誘った。

「維澄さん？明日暇ですよね？」

「え？なんで檸檬が暇だなんて決めつけてるのよ？」

「だって友だち私しかいないでしょ？」

　そういえば私は維澄さんの友だちなんだろうか？と一瞬不安になったが、まあここはスルーしておく。

「友だちいなくても予定あるかもしれないでしょ？」

　確かに……”上條社長に似ている絵に会いに行く”とかね。

　ああ思い出しちゃった！気分悪い！

　でも友だちいないって自分で認めちゃってるし。そう出られるとちょっと罪悪感を感じてしまうじゃない。

「まあ、実際は予定ないけどね」

　視線を下に向けてちょっと寂しい顔になってしまった。

　だからそういう顔はやめてほしい！護ってあげたくなる。

　なんなのよ？この２５歳でこのキャラは……

　ちょっと悶えそうになったけど、私は準備していたことを勇気を出して伝えた。

「じゃあ、明日私につきあって下さい」

「え？」

「服買いたいから」

「なんで私が？」

　またそんな冷たいリアクション。いちいち凹むんだよこの人の言い方。でも、もうそんなこと気にしていられない。

「モデルの指南してくれるんでしょ？まずはファッションのアドヴァイスからじゃないですか？」

「指南って……そ、それは檸檬が勝手に決めたんじゃない」

　維澄さんがめずらしく慌てている。でもちょっと嬉しそう。

「で、付き合ってくれるんですか？」

「まあ……構わないけど」

「え！？」

「え！？なんで自分で誘っておいて驚いてるの？」

「お、驚きますよ！」

「な、なんでよ？」

　や、やった！やった！嬉しすぎる。

　維澄さんと休日デート！

「でも私、そんなに役に立てないと思うけど？」

「何言ってんですか？元プロでしょ？」

「檸檬？勘違いしてない？モデルとファッションセンスって関係ないからね？スタイリストは別にいるから自分で服を選ぶなんてしないから、それが似合ってるとかに似合ってないとか私はあまり興味なかったし」

「え？そうなんですか？」

「そうよ？どんなファッションでも魅せることが出来るがプロのモデル。何を着るかは関係ない」

「い、意外……維澄さんがまともなこと言ってる」

「また私を子供扱いしてる……」

　維澄さんは照れ隠しで少し赤くなりながらむくれて見せた。

　普段”ほんわか”とした雰囲気の維澄さんが、モデル論を語っても正直”ホント～？”と思ってしまうのだがやっぱりさすがと言うべきか言うことはいちいち理に適っている。

「でも人より色んなファッションに触れる機会は圧倒的に多かった訳でしょ？だから知らず知らず目は肥えてると思うのが普通でしょ」

　私も維澄さんから”ちょっとアマタいい”と思われたくて理路整然と言い返してみた。

「また、檸檬はそんな頭よさそうなこと言って」

　フフ狙い通りの反応だ。心でガッツポーズ！

　でもこの人は確かに何き着ても抜群に着こなしてしまうから、選ぶ必要がないとも言える人だ。だってあんな殺人的にダサイ店の制服すらこの人が着ると「私も着てみたい」思ってしまうんだから恐ろしい。

　だからこの人に「選ぶ」という発想そのものが必要がないのかもしれない。

　ああ……才能って恐ろしい。

　……　……　……

　私は維澄さんを待つ間、維澄さんとのことを色々考えていた。

　いつしか、想像の中で……

　数か月前の私とこんな会話を始めていた。

『IZUMIが私にモデルやれって言ったんだよ？』

『IZUMIにモデル指南役になったもらったんだよ？』

『そしてこれから……IZUMIとデートなんだよ？』

　IZIMIというモデルが現実に存在していたということすら怪しんでいた少し前の私だったら、こんなことを伝えたって絶対信じるわけがない。

　真実と知ったら嬉しすぎて大泣きするだろうか？

　それとも驚きのあまり卒倒するだろうか……フフフ。

　でもこれは正真正銘の事実。

　夢でもなんでもない。

　それだけ奇跡なことが今、進行してしている。

　ただその未来を手放しに喜べないのが……少し苦しい。

　でも、もう私は進むしかない。

　少し前の私からすればこんな奇跡が起こるなんて1%も考えられなかった。

　そう既に奇跡の中にいるんだ。

　この先だって、予想もできない奇跡が起こらないとも限らない。

　今はポジティブに考えよう。

　だって……今日は『維澄さんとデート』なんだから。

　すごいんだよ、私。

　暗くなる理由なんて全くない……

「あ、檸檬……待った？」

　ほら、こんな奇跡が今起こってるんだよ？

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