檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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不意打ち

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 当たり前だが、学校に行けば美香と会うことになる。

 朝の維澄さんへの”報告”に意識を奪われ過ぎてちょっと心の準備が疎かになってた。

 こんなことを言うと美香に”どうせ私のことなんか”と言われてしまいそうだが……

 それは美香のことに関心がないのではなくて、維澄さんに関心がありすぎる私がおかしいのだ。


 だから、朝教室で美香の顔を見た瞬間”そういえば昨日告白されたんだ”ということを思い出し、露骨に”ギョッ!”としてしまった。

 でもそれが美香が”突っ込みやすい”雰囲気を作ってしまい、結果オーライだった。いつも鋭い美香は当然、そんな私の心を読んできた。

「檸檬?それ酷くない?”あ、そういえば美香に告白されたんだ”っていま思い出したでしょ?」

ほら、やっぱり。私はさりげなく会話の方向を変えることにした。

「そんな大声で言っちゃっていいの?」

「だってみんな知ってるもの」

「え?え?」

 結局、私が驚かされて周りをキョロキョロと見まわしてしまった。

 「ウソ、ウソ……ハハ、慌ててやんの!」

「もう!からかわないでよ!!一瞬本気にしたじゃない!」

「フン!どうせ私のことなんかより維澄さんのこと考えてたんでしょ?だからそれくらいの意地悪はしていいの!」

「まあ、実際そうなんだけどね」

「ひどっ!そこは嘘でも”そんなこないから!”っていえ!」

「そうだった、ずっと美香のこと考えた!」

 そう言うと、本気でムッとした顔で美香をカバンを振り回して私の背中を打ちつけてきた。

 もちろんウェアの入った柔らかいカバンなので痛くはないのだが……

「でも、ちょっと安心したよ。檸檬が意外に普通で。そう言った意味では維澄さんに感謝かな?檸檬が維澄さんボケしてなければきっと気まずかったよね、私達。」

「維澄さんボケとかひどい!私の中では美香は一番なんでも安心して話せる相手ってことだよ」

「う~、そう言われると、なんかちょっと嬉しいのは惚れたしまった私の負けってことかあ」

「そうそう、惚れた相手は大事にしろよ?」

「なにそれ?ムカつく!」

 そう言って二人で大笑いした。


 美香にこう言っては申し訳ないが、美香があそこまで自分をさらけ出してくれたせいでむしろ以前より”距離が近くなった”という気がする。

 だから会話もむしろ前よりも会話が楽しいと感じてしまった。きっと美香も同じ気持ちのような気がする。お互いに遠慮がなくなったんだ、きっと。

 こういうのを嬉しい誤算というのかな……




 日中は美香とも普通に過ごして、学校ではいつも通りの平常運転で過ごすことが出来た。こうして平常運転に戻されると不思議なもので朝の強引な”押しけか騒動”が独りよがりの奇行に思えてくる。

 だから夕方になるにしたがって恥ずかしさのあまり身悶えしてしまいそうになった。

 夜中に書いたラブレターを朝読み返して、恥ずかしさのあまり”ギャー”と叫んでしまう感覚が近いのか?

 ラブレターなんて書いたことないんだけど、人聞きの話から想像すると、きっとそんな感じな気がする。

 だから私は、少々不安定な気持ちを抱えてまた夕方を待つことになってしまった。

 はたして維澄さんは、今朝の私のカミングアウトをどんなふうに思ったのだろう?

 結局私は、また維澄さんのことばかりを考えながらアルバイトに向かう羽目になった。

確かに美香に”維澄さんボケ”と言われてもしょうがないな。



 私はなるべく平静を装って店に入った。するとスタッフルームには渡辺店長がいつものようにパソコンとにらめっこをしている。

「お疲れ様です」

「お!神沼さん、お疲れ!!そう言えば今朝はなんだったの??最近、益々維澄さんと仲いいよね?」

 や、やっぱり店長からみてもちょっと異様に見えたのかな~やっぱり失敗だったのか?

 でも所詮渡辺店長なんでここは適当に……

「美人同士ですからね。当然ですよ。」

「あれ?言うようになったね?でも実際、結構近所でも評判になってるんだよね。夕方に店に来ると美人二人に会えるって」

「売上貢献してるんじゃないですか?ちょっとは優遇してくださいよ」

「優遇するよ?シフト増やしてくれればいくらでも時給アップするさ!」

「またその話ですか?今は絶対無理です!」


 渡辺店長とのそんなとりとめのない会話は適当に終わらせて、私は”本命”の待つ店内向かった。

 私が店内に入る時間は、ちょうどお客さんが増え始めるタイミングだ。今日も、維澄さんが立つレジには数名のお客さんがいた。

 私はいきなりそのレジのサポートに入った。つまり維澄さんに一番密着する真横のポジション。

「維澄さん、お疲れまで~す!」

 私は今朝の話なんてなかったことのように、努めてさりげなくそう挨拶をして維澄さんのサイドに立った。

「え?あ、檸檬。お疲れ様」

 維澄さんは不意を突かれたように一瞬、戸惑った顔をしたが、いかんせんレジが忙しいのでその後は雑談をする暇はもなく二人で仕事に集中した。



 そして、一旦お客さんが切れたところで私は維澄さんようやく声を掛けることが出来た。

「今朝はお騒がせしてすいませんでした」

 維澄さんは、ジト眼で私を見据えた。

 おやおや?なんだこのリアクションは?

「ほんっと!檸檬は勝手なんだから!」

 あれ?維澄さんちょっとテンション高め?

 少なくとも昨日のような動揺は全く感じられない。

「だって、昨日の維澄さん、様子がおかしかったじゃない?」

「なんで私のせいなのよ?私の体調と檸檬の告白の話とか関係ないじゃない?」

「え!?関係ないんですか?」

「どこに関係があるのよ?!」

 維澄さんはちょっとだけムキになって否定してきた。

 どうなんだろう、このリアクションは?まあ深読みしてもまた妄想が捗るだけだここらでやめておこう。

 私が黙っていると、維澄さんは、少し呆れたような溜息をついて、話題を変えてきた。

「こころでさ、檸檬。」

「なに?」

「この前、話なんだけど」

「え?何の話?」

「ほら、檸檬がモデルになれるって話」

「ああ、そんな冗談話しましたね」

「私は冗談で言った覚えないけど?」

「ほらほら、元カリスマモデルの”IZUMIさま”に言われると本気になっちゃうしょ?」




「だから冗談じゃないの!ほら!これ見てよ」

 そういうと維澄さんレジの下から一枚のチラシをとりだした。

「なんですか?これ?オーディションの応募要項?」



「そう。仙台でやるみたい」

「なんのオーデションなんですか?」

「だから!モデルに決まってるでしょ?」

「はあ……で、そのオーデションがなんなんですか?」

「もう!檸檬はホントに鈍いんだから!」

「いやいや、それを維澄さんに言われたくない」

「檸檬がこのオーデションを受ける気ないかって言ってるの!!」







「はあああ~?!?!?!」


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