檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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それだけで

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「私はね……ずっと檸檬のことが好きだったんだよ?」


 想像すらしていなかった言葉。


 私は美香の言葉の意味を”頭”では分かりすぎるほどに、すぐに理解したのだと思う。

 その”好き”という言葉の意味が、”友だちとして好き”という意味ではなく、それ以上の……”恋愛対象としての好き”を意味することだということを直感的に分かってしまった。

 しかし、心が、身体が……その事実を”受け入れる”ことを簡単には許してくれなかった。

 だから私は”心”も”身体”もフリーズしたまま、ただただ人形のように立ち尽くしてしまった。

「ハハ、檸檬が固まってる。想定外すぎて頭がついてこないか?」

「あ……だっ……」

 私は何かを言おうとしても、声が言葉にならない。


「そんなに動揺してるところを見ると伝わったんだよね?”好き”の意味。友だちとしてじゃなくて”愛している”ってことに」

 美香は、はっきりとそう口にした。

 私は奥歯を噛みしめるように、口を強く結んで美香の目を見て小さく頷いた。

「はは良かった。これで告白完了だ。でも、ごめんね。困らせちゃって」

 美香は寂しそうに、微笑みながら小さく呟いた。

「こ、困ってなんかない!」

 全く発することができなかった声が、この答えだけはすぐに出ていた。

 そう、決して困ってなんかいない。

 なんだろう。この気持ちは。

 自分の気持ちが何なのか全く整理がつかない。

 でも、困っているなんてことは決してない。

「檸檬?とりあえず座りなよ」

 私は店に入って、美香の顔を見てから……美香の衝撃の告白をうけて一歩も身動きができないほどに身体が硬直していたことにようやく気付いた。

 私は美香に促されて、店の角にある小さなテーブルに美香と向かい合って座った。

 ”美香はなんでこんなに眼を腫らすまで泣いていたんだろう?”

 最初に思った疑問。

 冷静に考えれば、美香が既に泣きはらしているのはおかしい。

 私は美香にその”告白”されたのはたった”今”であって、それに私は”YES”とも”NO”とも、何も答えていないのだから。

 でも、私は薄々その理由に気付いていた。

 つまり美香はドラッグストアーで、私が維澄さんの前で演じた僅かなたち振る舞いで全てを悟ったのだ。

 私が維澄さんを愛してしまっていることを。

 だから、もう美香は自分の想いが私に届かないことを十分すぎる程に悟ってしまった。

 だから私を待つ間、泣き続けていた。

 そういうことなんだ。

 美香は、特に僅かな仕草で人の心を読むのが前から得意だった。

 だから今ならば分かる。

 美香がドラッグストアーで維澄さんに向けた激しい敵意のある視線の意味を。


「中学三年の終わりかな」

「え?」

 長い沈黙の後、美香が静かに語り出した。

「檸檬が”IZUMI”に夢中になったのは」



「ああ、写真のこと?」」

「さっきの人、その人なんでしょ?」

「え?なんで……分かったの?」

 美香は唯一私がモデルのIZIMIに憧れることを話をした。

 写真も見せたことがあった。

 でも……さっきのあんな短いやりとりでそこまで分かってしまうなんて。



「そうか……なら勝ち目ないよね」



「勝ち目とかそういうのじゃ……」



「まあ私も檸檬と付き合えるとか、そういうことはとっくに諦めていたからそれはいいの」



「いつからなの?……その、私のことを……」

「忘れた……ずっと前過ぎて」

 私はそのことに愕然とした。

 私はそんな美香の気持ちを知らずに彼女の横にい続けていたのか?



「私は檸檬の親友と言うポジションにいれさえすればそれで満足しようと何度も、何度も自分に言い聞かせたんだ。いつか檸檬に好きな人が出来てしまうことも何度も想像して、その時が来ても檸檬を祝福できる自分でいようと誓っていたんだ。」

 私は胸が張り裂けそうになった。

 そんなことを思って何年も私のそばに。

 私は美香が、誰も私に話しかけもしてくれない学校でも美香がいてくれてどんなに救われたか。

 そんな美香をこんなに苦しめてしまった。あんなに眼を腫らしてまで泣きはらす程に。

 私は苦しさのあまり唇をかみしめていた。

 そして、その美香の気持ちが……

 美香のその気持ちが嫌がおうにも私の維澄さんへの気持ちと重なる。

 私は美香のように、維澄さんが別の人を好きになるなんて、想像すらしたくなかったのに。

 それほどつらいことなのに……

「でもきついなあ。まさか同性なんて。いっそ檸檬が非の打ちどころのないイケメンでも好きになってくれれば諦めもついたのに。同性だったなんて、私も頑張ればなんて思っちゃうよ

 美香はおどけたように、冗談のように話すが、顔は苦しさで歪んでいる。

 美香の苦悩は、将来訪れるかもしれない自分の姿と重なる。きっと私もこうなってしまう。

 でも美香の場合、その原因が私。

「檸檬?……こんな私でも一番の親友でいいよね?」

「も、もちろんよ!私は美香以外に友だちいなんだから」

「ありがとう檸檬。ホントはその言葉さえ聞ければ十分だと思ってたのに……でも、やっぱり苦しいな」

 美香は嗚咽をこらえることもできず声を出して泣いてしまった。

 私はそれでもかけて上げる言葉が見つからなかった。

 美香は素敵な女性だと思う。

 こんな場面をずっと前から想像して、それでも私に負担を掛けまいとずっといつの日か来るかもしれない、この日の為に何度も反芻した言葉を美香は私にしてくれたのだと思う。

 仮に維澄さんに出会っていなければ……私は生涯、人を好きにならず恋人もできず、それこそ美香と親友と言う関係だけが親しい関係として一生を過ごしたのかもしれない。

 でも私は維澄さんに会ってしまった。

 それはもう後戻りできない。この気持ちに嘘はつけない。

「檸檬……また困らせてるね……ゴメンね」

「だから!こ、困ってなんてないよ!美香の気持ちはホントに嬉しいから」

「嘘でもそう言ってもらえるとうれしいな」

「嘘じゃないよ!美香にはもう嘘はつかない!だから……」

「だから?」

「私は維澄さんが好き」

 誤魔化さずに、もう嘘はつかずに私ははっきりと大好きな美香にそう伝えた。

 美香は諦めた顔をしつつも少しだけ微笑んだ。

「維澄さんって言うだね」

「え、ええ……」

「いいな……彼女」

 美香は消え入るような声でそう言って……黙ってしまった。



 しばらく二人は何も会話もせずただ押し黙っていた。手もちぶたさを誤魔化す程度にコーヒーカップを手にとって冷え切ったコーヒーを何度かすすった。

「檸檬……」

 美香は少し落ち着いたのか、話し始めた。

「檸檬が気付いていないこと教えてあげようか?」

「何?まだサプライズがあるの?」

 私もわざと暗い空気をなごませようとおどけてそう言った。

「なに?、私の告白もサプライズだったってこと?」

「サプライズにきまってるでしょ!!ホント焦ったから!」

「なんかサプライズって言われるとポジティブに感じるよね」

「ポジティブだよ!絶対!」

「フフフ……やさしいな、檸檬は」


 ポジティブだよ。こんなに自分のことを想ってくれるなんてそうある訳じゃない。こんな嬉しいことなんてない。ただ、自分がそれに答えられないと言う自分の不甲斐なさを感じるだけ。

「維澄さん、檸檬の事結構好きだと思うよ」

「え?ま、まさかそんなことないでしょ?」

「あるよ……私が人の心読むの上手いって知ってるでしょ?」

「だからって……あんな一瞬で、シャーロックじゃないんだから」

「あ?少し赤くなったのかな?……ずっと困った顔ししかしてなかったのに。維澄さんだとそんな嬉しい顔するんだ」

「また、そんな人の顔色よまないでよ……美香のことだって困ってないんだから」

「え~?そうなの?じゃあ、私ももうちょっとがんばっちゃおうかな~」

「え!?」

「嘘だよ、もうまた困った顔しないでよ~落ち込むなあ」

「だから困った顔なんてしてないよ……」

「少しだけ自信もったら?」

「なにが?」

「維澄さんは少なくとも檸檬に対する独占欲は現れてると思うよ。まあでも女性なんて本命でなくてもそういうとこ見せることあるから……檸檬が本命とは限らないけどね」

 私は美香のそんな話を聞いて、上條社長のことを咄嗟に思いだした。

 それに友だちの少ない(というか全くいない)維澄さんが、唯一、友だち認定していると想像できる?私に”友だちがとられる”という幼い独占欲が働いたのはリアルに想像できてしまう。

 少なくとも維澄さんがそれ以上の想いを私に抱いているとはちょっと考えにくいし。

 今の維澄さんの気持ちの中心は、想像はしたくないけど……きっと上條社長だと思う。

「あれ?今度は落ち込んだ。ほんと檸檬って維澄さんのことになると余裕ないね~。悔しいなあ」

 そういって美香ははじめて声をだして笑った。

「まあ、あの人あれだけ綺麗だもんね……ってか檸檬もどんだけ面食いなんだよ?あの人にはマジ敵わないよね」

「何よ?美香だって学校じゃ男子にも女子にも人気じゃない」

「そうね。それは否定しない」

「でしょ?」

「でも檸檬ほどじゃないしね。檸檬も超美形、維澄さんも超美形……二人のエッチとか想像したら悶え死にそう」

「な、なに急に……変なこと言わないでよ!!」

 私は思わず大声を出してしまった。

 だって維澄さんと……

「あ!今、維澄さんの裸想像したでしょ?」

「や、やめてよ!!本気で怒るよ!」

「うわ、檸檬、顔真っ赤」

 な、なんてこというのよ……ヤメテ、ヤメテ!

 ……私は、その忌まわしい?想像を頭から追い払おうと努力しても意識すればするほどそんな想像が追いかけてきて気が狂いそうになった。

「ハハ……いつもの間抜けな檸檬になった」

 美香はまた、いつもの美香の明るい笑顔で声を出して笑っていた。

 そうか……美香は、ことさら私が責任を感じて落ち込まないように、ワザとふざけて、笑って私を励まそうとしてくれているんだ。

 美香の方がずっと落ち込んでしまっているはずなのに。

 私が励ます側にならなければいけないのに。

「美香……維澄さんがいなかったら私、美香に惚れてた自信あるよ」

「は、はあ?な、何言い出してんの?そ、そんな慰めいらないから……やめてよ!」

 私は思ったままを素直に言っただけだったのだが……美香は想像以上に動揺してしまったのがなんだか可愛かった。

「そうだ、維澄さんに飽きたら、たまに美香と”する”のもいかも」

「な、何をよ?」

「だから、さっき美香がいってた……」

「や、やめろ!!冗談でも言うな!」

「え~さっきは美香が言い出したんだよ?ハハ……勝ったな!」

「くそ~!檸檬のクセに!生意気!」



 よかった……

 美香は、いつまでも私の大切な友だちでいつづけてくれる。

 色々あったけど……きっと大丈夫だ。
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