檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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新たな謎

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「檸檬、化粧品コーナーの在庫チェックしてくれない?」

「私まだ商品覚えきれてないし補充の定数とかも知りませんよ?」

「なら、これを機会に商品覚えたら?将来モデルになるんら役立つかもよ?」

「ま、またそんな冗談言って揄うからかう!!そんなこと言ってるとホントにモデル目指しちゃいますよ!」

「いいじゃない!目指せば?!そうしたら私が”ビシビシと”指南してあげるわよ?」

 私と維澄さんのそんな会話を横で聞いていた渡辺店長は、眼を丸くして驚いている。

「碧原さんもこんなに楽しそうに会話することあるんだな」

「店長?それ失礼すぎるでしょ?維澄さんはいつだって楽しそうですよ!」

「いや、それは神沼さんの前だけだと思うな。結構、衝撃だよ」

 店長は思わず私の口元がニヤケてしまうことを平気で言うから少々焦る。私は恐る恐る維澄さんの表情を横目で見ると……


「でも、そうかもしれないな。檸檬といるなんか楽しくて」

 維澄さんまでサラッと嬉しいこと言うし……

「ホント二人仲いいよね」

 確かに、維澄さんは明らかに変わった。その変化は、私ですら戸惑うレベルだ。きっかけは、間違いなく維澄さんが家(うち)に泊ってからだ。あの後は急に維澄さんとの距離が縮まった。

 一言で言えば、私へのガードがビックリするぐらい下がった。だから維澄さんは私には結構言いたいことを言うようになった。

 そして、よくよく見ていると、維澄さんと渡辺店長が二人だけでいるときはそんなに会話は弾んでいないし維澄さんが笑顔になることもない。

 さっきみたいに渡辺店長と維澄さんが絡んで笑いが出る時も、あくまで“私を介して”というシチュエーションが条件になっている。

 ただ、こんな維澄さんのリアクションの変化は、結構身近な学校生活でもよく展開されるエピソードだ。

 修学旅行とかの”泊りのイベント”が急速に友だちとの距離を縮めるのは全く持って普通の風景だ。

 維澄さんは、確かに見た目は素敵過ぎる大人の女性だが精神的には純粋無垢な少女のイメージが全く抜けていない。だからこの維澄さんの変化は単純に、女子高生のリアクションと何なら変わらない気がしている。

 この距離感の変化も、あまりにベタな女子高生すぎて現役女子高生の私ですら戸惑ってしまうレベルだ。

 私の”見立て”は維澄さんのこんな”変化”はきっと”私との距離”が少なくとも”友だちレベル”には近づいていたのだ、と思っている。

 だから最近は少しづづ、でも慎重に維澄さんの”プライベート”にも踏み込む勇気が出て来ている。

「そう言えばさ……」

「え?何?」

「あの維澄さんがストーキングされた日さ……」

「またその話?やなこと思い出させないでよね?」

「だって教えてくれないんだもん!」

「え?何を?」

「あの日、なんであんな暗い場所にいたのかだよ。維澄さんの家と方向違いますよね?」

「……う……ん」

 まただ、また言い澱んで教えてくれない。実はもう何度かこの話をしている。

 ただ、前のように”完全拒否”とまでいかないので、今日はもうひと押しな気がする。

「維澄さんが教えてくれないと、私一生聞き続けますよ?」

「ほんと檸檬はしつこいよ」

 維澄さんはかなり困った顔をして、そして少し呆れたように私を見つめ……

 それでも、ようやく重い口を開いてくれた。

「ちょっとお寺に用があってね」

「お寺?稲橋公園の近くにある大きな、なんてお寺でしたっけ?」

「大乗院……だったかな?」

「へえ~維澄さんがお寺に何の用?」

 私はそこまで行って”はっ”とした。お寺に用があるなんて、もしかしてお墓参り?

 そういえば店長が言ってた。毎月、維澄さんは月の中ごろに必ず休むと。

 あの日は11月18日。まさに月の中ごろだ。 ”月命日に誰かのお墓参りを欠かさずしている”のか?

 あの日は仕事が終わってからお墓参りに向かったのか?

 そうなのか?

 維澄さんの言い澱む話題。この話題をする時の暗い表情。

 ”大切な人が……亡くなっている?”

 そんな想像をしてしまった私は、激しく動揺してしまった。確かにそんな想像をすると色々なことの辻褄は合う。

 なぜ維澄さんが”今”いるのが”この土地”なのか?

 それは維澄さんの大切な人がこの地に眠っているから?

 自分の興味本意で、踏む込むべきでない部分にまでズカズカと無遠慮に上がり込んでしまったかもしれないことを少し後悔した。

 そして不謹慎にもその”眠っている人”が誰なのか?ということに激しい不安を抱いてしまった。

 もしかして維澄さんが昔、好きだった人だったりするのだろうか?

「あ、あの維澄さん?」

「ど、どうしたの?檸檬、急に暗い顔して」

 私が突如暗い顔になったので、維澄さんも少し心配そうな顔になってしまった。

「私、ちょっと無遠慮なこと聞いてますよね?」

 私がそう言うと維澄さんは、キョトンとしてしまった。

「いまさらなんでそんなこと言うと?最近の檸檬はいつも無遠慮じゃない?」

 維澄さんはそういって微笑んだ。

 その微笑みは決して”作り笑顔”ではない、自然な美しい維澄さんだからこその美しすぎる笑みだった。

 とすると私が思うほどナイーブな話ではないのか?私の勝手な想像なのか?

 私は維澄さんの”笑顔”を信じて、勇気を出して今想像したことを話すことにした。

「お寺には誰かのお墓参りですか?」

「え?」

 またまた維澄さんは“キョトン”としまった。

 あれ?違うの?

「檸檬?私だってあんな遅い時間にわざわざお墓参りしないわよ?」

「え?じゃあなんで?」

「う~ん」

 やっぱり維澄さんは少し言いにくそうなそぶりを見せたがその表情に前のような”拒絶”の色はない。

「檸檬?変に思わないでね?」

「え?なんですか?それ?」

「だから私ね。毎月、18日にあのお寺に通ってるの」

「だからそれは月命日とかのお墓参りじゃ……」

「ああ……それはちょっと違うな」

 え?違う?だとすると、なんで?

「あのお寺はね、毎月18日に……」

 維澄さんがそう言いかけたところで、お客さんがレジに何人かまとめて入って来てしまったので、肝心なところで話しが中断してしまった。

 お寺に毎月いく理由がお墓参りに以外に何かあるの?

 また新たな謎が増えてしまったが、以前の維澄さんからは想像もできないくらいに私に心を開いてくれている。

 まだ謎だらけだけど少しづつ維澄さんの”秘密”近づけているのかもしれない。

 今日はここまでで十分と思うことにしよう。
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