檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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綱渡り

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 翔の何気ない提案に乗じて私は強引に維澄さんを私の家に連れて行くことにしてしまった。

 私は、あまり人に関わることをしてこなかったからか自分のコミュケーションのとり方を自分でも自覚できていなかったようだ。

 私は〝人に関心がない″などと言っているくせに、いざ特別な人の前では後先考えず必死になるらしい。

だから今回のように自分の意志を強引に押し通してしまうことに我ながらビックリしてしまった。

 ……  …… …

 私の家は交番から自転車で20分程度は掛かるが、大通り沿いなので、三人で歩いて行けば維澄さんが不安を感じるようなことは無いだろう。空手有段者の翔がいるのも心強い。

 ただ”そこそこ”の距離はあるのではじめは「維澄さんだけでもタクシーで」という選択も考えたが、結局、私が維澄さんを自転車の後ろに乗せて「二人乗り」をして帰ることになった。

「檸檬?体力的に俺が乗せた方がよくね?」

 翔が最もなことを言ったが、そんなこと私が許すはずない。

「ダメよ!こんな美しい女性を後ろに乗せるなんて、そんな”おいしい”思いを簡単にできると思わないで!」

「バッカ!!そんなこと少しも思ってね~よ!俺は檸檬が大変だろうとをって言ってやったんだぞ!」

 翔が照れ隠しで、妙にテンション上げて言い返して来てしまった。

「あ、あの、私はやっぱりタクシーで」

 維澄さんは私と翔の口論を聞いて、居心地が悪くなったのか、またそんなことを言いだしてしまった。

 でも今日の私は強気なのだ。

「ダメだよ。維澄さんは私の後ろに乗るのんだから」

 ピシャリと言ってやった。そしてその勢いで言わなくてもいい事まで翔に言ってしまった。

「翔は、〝あの娘〝だけに優しくしてればいいんじゃないの?」

 私は少し意地悪に翔の好きな娘をネタに持ち出したが、ここから話が及びもしない方向へ行ってしまった。

「おい!!余計なこと言うなよ!?」

 あら?!翔があんなに赤くなってる。

 私は今まで他人の恋愛にほとんど無関心だったから、むろん翔の恋愛事情なんて全く興味なかったけど……

 こうして私が維澄さんのことで赤くなった青くなたりを経験してくると翔のこんな狼狽ぶりになんか親近感が湧いてくる。

 そうだ、私だって〝いちおう〝女性なんだからこれからは翔の好きな娘のこと相談にのってあげでもいいのだ。

 まあ私の場合、好きな人が女性だから役に立つかあやしいけどね。

「随分と姉弟仲いいのね?」

 維澄さんは私達の会話を見てそう言ってきた。

「まあそうね。翔は私に憧れてたことあったしね?シスコン君」

「檸檬?さっきからなんなの、調子に乗って。檸檬に憧れるとかありえないだろ?気持ち悪い」

「ハハ……今は未惟奈ちゃん一筋かあ~。彼女、超有名人なんだから、がんばりなよ?」

「お、おい!実名だすなよ!」

「え?誰なの?未惟奈さんって?」

 さっきまで暗い表情だった維澄さんが、私と翔のやり取りで気持ちが和らいだのか頬笑みながら会話を楽しんでる風だった。

 これは好都合だ。翔には悪いけど。維澄さんの心の安寧の為、君のプライベートを犠牲にしてもらおう。

「ほら、最近TVにもよく出演している天才美人空手家……維澄さん知ってます?」

「ああ、知ってる!あのハーフの綺麗な娘でしょ?そうなの?翔くん?」

 あれ?サラッと翔のこと名前で呼んだ?

 なんかムカつく!。

「ええ、実はそんな感じです」

 フフフ、根が真面目な翔は維澄さんへの問いかけには馬鹿正直に答えてしまっているのが可笑しかった。

「まあ二人そろって有名人に恋するとか、おかしな姉弟ですよね……」

「こ、こら!……翔っ!!」

 な、なに言い出すんだ!姉弟そろってとか。

 私は、途端にパニクってしまった。だって本人目の前にいるんだぞ?!

 私はどう誤魔化そうか迷っていると驚いたことに維澄さんが話題に食いついてしまった。

「え?檸檬の好きな人の話?」

「いや、その……」

「檸檬、いるの?好きな人?」

 そ、そんな真剣に聞いてこないでよ……

「有名人……って?……誰?」

 な、なんで……維澄さん今日に限って追求厳しいの?

「維澄さん?なに惚けてるんですか?あなたのことでしょ?……なあ檸檬?」









 はぁ?!






「か、か、か、か………」




 か・け・る~!!




 と叫びたかったが、私はあまりの衝撃で口をあんぐり開けたまま、声を出すことができなくなってしまった。

 なんてことを言ってくれたんだ!翔は!!いろいろダメだってば……

「え?私?」

 そう反応した維澄さんに私は”ギクリ”と背筋が伸びた。

 恐る恐る維澄さんの顔色を窺うと……

 小首を傾げて、不思議そうな顔をしている。

 そしておもむろに維澄さんは言った……

「ああ翔くん?それは違うよ?」

 え?違うの?ってなんで本人の私が。

「そうだよね?檸檬?」

 そうだよねって、私は何と答えればいいのよ?

「檸檬が好きなのはモデルだった頃の私。今はただのフリーターなんだよ?」

 い、今……”モデルだった”っていった?

 自分から?

 なんで?

 いいの?その話題?

 それに私が好きなのはモデルのころの維澄さんって……

「いや、維澄さん、違う違う!今でも檸檬は維澄さんにゾッコンです!!弟の俺が言うんだから間違いない!!」

 翔はさも得意げにそう賜ってしまった。

 もう……

 もう……

 死にそう……

「だろ?檸檬?」

「……っ!!」

 ってだから、私はどう答えればいいのよ?

 維澄さんまで私に綺麗な瞳を向けて、少し驚いたように私の答えを待っている。

「わ、私のことなんて……いいじゃない!!……か、翔の話をしてたんだから……」

 私は無理に話しを逸らそうとしたが、耳まで熱く赤くなっている自分が恥ずかしすぎてもう俯くしかなかった。

 まったくなんなのよ?ヘタしたら、これは告白じゃないの?

 唐突すぎるよ。

 私はここぞとばかりに目付きの悪い目で〝これでもか!”……というくらいに翔を睨みつけた。

 ただ、私の顔なんか見慣れてる翔にそんな〝睨み〝が通用する訳もなく……

 翔は、勝ち誇ったかのように顎を上げて不敵な笑みを浮かべている。

 な、何なのよ?その顔?

 もしかしてじぶんのお陰で維澄さんとの距離縮めてやったとか思ってるんじゃないでしょうね?

 ていうか、なんで私が維澄さんに惚れてることが翔にバレてるのよ?

 言った覚えないのに……

 いや、でも目聡い翔ことだ……

 私の維澄さんを前にした”たち振る舞い”を見れば分るか、姉弟だもんね。

 確かに、翔の思いがけない言動で、維澄さんとなんだか悪くない雰囲気になっている。

 少なくとも維澄さんは元モデルであったことを前のように暗い表情で話さなかった。

 そして私が維澄さんに好意をもっていることにも決っして不快な印象はないことまで確認できてしまった。

 もしかして翔は、ホントに私の為に道化を演じてくれたのか?

 いやいや彼にそんな高度な”腹芸”が出来る訳がない。第一、ホント一歩間違えれば、今頃とんでもない暗い空気に包まれていたかもしれないのだ。

 まさに綱渡り。

 でも、確かにあんなに不安げだった維澄さんがここまで和やかな表情を見せてくれたのは翔のお陰と言えばそうかもしれない。

 今回は特別許してやろうか……

 …… …… ……

 それから、維澄さんは私の自転車の荷台に横向きに座り、全く躊躇することなく私の腰に手をまわして来た。

 私は維澄さんにの腕が振れた腰から”おなか”にかけて……ゾワゾワと緊張して息も吸えないくらいに上半身が固まってしまった。

 私達三人は和やかな空気のままゆっくり、ゆっくり家路についた。

 維澄さんの腕のお陰で全く緩むことを許されなかった私の上半身は、家に着くころには、震えが来るほどに筋疲労してしまっていた。

 明日、筋肉痛かも。

 維澄さんの腕に緊張して筋肉痛とか、私も相当ヤバイ女だな。

 さて、これから一晩……

 さっきの翔とのやり取りを思い出すと不安だらけだけど……


 やっぱり嬉しすぎて胸が躍る気持ちを抑えることはできなかった。

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