檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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女神と化した

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 勢いで初めることになってしまったアルバイト。今更なのだが、実は私が通う県立高校は“原則的に“アルバイトは禁止だ。

 家庭的事情、それは主に経済的事情等ということになるが、ようは子供が仕事をしなければ家庭的に厳しい事情があるならば、と言う条件付きで許可される。

 つまり自分が遊ぶための小遣いほしさに、というのは全く理由にならず、ましてや”憧れの人と同じ職場で働きたいから”なんて理由が通じる訳もない。

 私の家庭環境は、ごくごく一般的な経済状況だと思うし、私がこうして共学の県立高校に通っている事で親の負担軽減にも貢献出来ているはずだ。

 そして母も看護師として病院勤務しているので、両親は共働き。だから、その上私がアルバイトをしなければならない家庭的理由は一切見つからない。

 そうはいっても実は学校に内緒でアルバイトをしている学生は多くいる。学校側もそれを勘づいているが容認している節がある。

 ただ容認される条件は”学校から離れていること”だ。それは学校側として「知らなかった」を押し通すための布石としてそこを容認する判断基準にしているようだ。

 昔、学校の近所でアルバイトをしている何人かの学生は、学校側から店に連絡が入り辞めざる負えなくなった例もあったという。

 そう考えれば多くの学生が通勤する立地にあるこのドラッグストアーはあまりに目立ちすぎて学校側から許可が下りるとは到底思えない。

 コッソリ始めたとしても見つかれば、間違いなく即学校から連絡がはいることだろう。

 私は勢いで”アルバイトやります!”と宣言したが、念のため事前に渡辺店長に相談する事にした。勿論、このアルバイトはせっかく掴んだ維澄さんとの接点な訳だから、今更やめるなんて絶対するつもりはないんだけどね。

 ただ、そんなこと私の心配は全くの杞憂となり店長はあっけなくそんな話を一蹴した。

「ああ、そんなの気にする必要ないよ。学校には俺から上手く言っておくから」

「え?いいんですか?」

「構わないさ。だってお宅の学生、結構この店でも”万引き”して何度も学校にはクレーム入れてるんだけどね。いつも学校の対応が適当なんだよね?結構俺、頭来てるから。もし神沼さんをアルバイトさせないなんていったら暴れてやるよ」

「な、なんか恐いこと言いますね」

 ホント、穏やかな顔してる割に言うこと怖いんですけど……

「それに、碧原さんがあんなこというのはじめてだしね」

「え?どういうことですか?」

「ほら、彼女から君に手伝ってほしいっていったじゃない?」

「ああ……レジが混んでいるときだけでもって」

「そう。以前、午後は彼女一人のことが多いから新しいアルバイト採用の話しをしたことがあったんだけど、その時は頑なに反対されちゃったんだよね。」

 そうか、やっぱりそうなんだ。

 近くに若いアルバイトを置きたくない。なるべく一人で仕事をしていたいということか。

「神沼さんは彼女から気に入られたのかな?美人はやっぱり美人が好きなのかな?」

 な、なに言ってんの?この人?店長のあまりに"暢気な”セリフに私は”カチン”と頭に来てしまった。

 店長も維澄さんを美人と思っていること。まあこれは仕方のないことなんだけど……

 維澄さんが”私を気に入った”とかそんな簡単に言ってほしくない。だって、そしてそんなくだらない店長の言葉に少し嬉しくなっている自分が腹立たしいから。

 ほんとこの店長……バカすぎる。




 私は形式的に履歴書を出して、いよいよあの”ダサイ”制服とエプロンを渡された。

 いや、何これ?ヤバイでしょ?殺人的にダサイんだけど?ホンっ!!とにはずかしい。これを着て綺麗に見えちゃう維澄さんってホントになにものよ?

「ほえ~……さすが女子高生は違うね。似合ってる」

 店長はお世辞でなく心底感心したようにそうつぶやいた。

「また碧原さんも綺麗だとおもったけど、また違った魅力だな」

 だからやめてよ!!いい人だとは思うけど、こういう無遠慮な言動は腹立たしい。

「うちのアルバイトは綺麗どころがそろって嬉しなあ」

 益々苛立ちが増すのだが、その店長の言葉に少し引っ掛かった。

「え?碧原さんってアルバイトなんですか?」

「え?そうだよ?……なんで?」

「だってアルバイトって歳ではないような……」

「ああ、そのこと。まあ彼女の事情だから詳しくは話せないけど、本人の希望だからしかたないね。正社員を進めたんだけど断わってきたんだ。正直、給料だって随分と損してるからね……彼女。まあ店的には人件費削減で助かってるってことなんだけど、彼女真面目だからちょっといたたまれないんだよ」

「そ、そうなんですか」

 まただ。また彼女に周辺に暗い影が落ちている。正社員にならずにアルバイトに拘る理由なんて私にだってわかる。いつでも辞められる環境に自分を置いているんだ。

 私は昨日の彼女の表情ですぐにそれがわかった。

 私の言い方一つで、直ぐにでもいなくなってしまいそうな儚さをまさに昨日感じたばかりだ。

 この店長はそのこと分ってるんだろうか?

 確かにアルバイトで毎日フルタイムで働けるなんて店側からしたらこれほど使い勝手のいい社員はいないだろう……


 …… …… ……


 維澄さんの存在を知ったのは、私が中学を卒業するころだったと記憶している。きっかけは最大の発行部数を誇るKスタジオ発行のファッション雑誌「KonKon」だった。

 Kスタジオはモデル業界に留まらずあの男性アイドルグループを統括する、チュンジニー事務所に匹敵する程の影響力を芸能界で持つとも言われる。

 その「KonKon」に人気モデル「YUKINA」の特集記事が組まれていた事があった。

 その記事に、維澄さん、すなわちモデル「IZUMI」の写真が一枚だけ掲載されていたのだ。

 私は、いまどきの女子高生程にはファッションに興味を持ってはいるが、ファッション雑誌を毎月チェックするほどではない。

 でも、この時特集されていた「YUKINA」というモデルだけは少しだけ興味があった。

 最近の人気モデル達はバラエティー番組に出演したり、女優業をこなしたりというマルチな活躍をしている。

 しかし、YUKINAはこれらのモデル達とは少しだけ立ち位置が違っていた。

 ”KonKonの専属モデル”という仕事以外は一切しないのだ。

 だから彼女の露出はこの雑誌だけに限られ、他のマルチタレントな人気モデルと比べれば圧倒的にメディアへの露出は少ない。それにも関わらず、YUKINAの若い女性たちの間でのカリスマ的人気は圧倒的であった。

 彼女もまた”現役女子大生”というプロフィール以外、公表はしていない”謎の美女”だったが……

 ネットでは随分と”掘られて”しまって超難関私立大学(K大学)に主席合格する規格外の才女で、本名が「向坂雪菜」ということは世間の誰もが知る情報となっていた。

 そんな「YUKINA」の特集記事になぜ維澄さんの写真が掲載されたのか?

 それは……

 その特集記事に書かれていた、あるセンテンスを見れば分かる。

『YUKINAの凄さは、あのIZUMIに迫るものがある』

 この記事の書き方が意味するところは?

この言葉の意味は「IZUMI」というモデルは「YUKINA」よりも先輩格で、明らかに「格上」という意味で使われている。

 そしてそれを確かなものとするように、あの「YUKINA」が霞んでしまうほどのインパクトをもって「IZUMI」の一枚の写真が「YUKINA」と隣り合わせで掲載されていたのだ。

 私はこの記事を見つけてから、夢中になって「モデル」「IZUMI」というキーワードで、何度もネット検索をした。

 しかしついに維澄さんの情報には辿りつけなかった。

 私はすぐにKスタジオが意図的に情報を消しているという想像に辿りついた。

 Kスタジオが持つ芸能界、マスメディアへの支配力を考えるとそんなに突拍子もない想像でもないと思っていた。

 ”何かの理由があって、情報が消されてしまっている”

そしておそらくそらはネガティブな理由に違いない。

 そして情報がないからこそ、彼女を知る昔のファンの中で妄想が膨張しつづけて、ついには彼女の名前は”女神”と同義で語られる程に伝説化してしまっていた。

 そんな、"女神”と化した謎多き伝説のモデルで、今をときめくあの「YUKINA」ですら霞んでしまうほどの「IZUMI」が、なぜ私の目の前で、ドラッグストアーのレジをしているのか?

 ”ありえない”




 その事実に、またも私の心が乱れてしまう。

 また心がざわつき始める……

 胸が苦しくなる……

 こんな状態で……

 この先、ずっと維澄さんと同じ職場で”冷静に””我を忘れず”……

 ちゃんと働くことができるのだろうか?
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