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恋する乙女の顔
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「檸檬?ちょっとどうしたのよ?」
浅沼美香が眉間にしわを寄せ、なかば”あきれ顔”で聞いてきた。
放課後の教室で昨日遭遇した”異常事態”が頭から離れず”心ここにあらず”でぼ~と自分の席に座っていたところを美香に見られてしまったのだ。
もちろん”異常事態”とは、ドラッグストアーでの”あの女性との遭遇”のことだ。
「え?どうして?……何か変かしら?」
私は何食わぬ顔で、誤魔化しつつそう返した。
「あなたね~……朝から男子がざわついてるわよ?」
「男子がざわつく?何それ?」
浅沼美香は、妙なことを言う。確かにいつもの私ではないのかもしれないが”男子がざわつく”という意味が良く分からない。
「あなた今朝から、顔が“ヤバイ“んだって!」
「顔がヤバイ?……ヤバイって何よ?失礼だなあ」
「檸檬ってさ、いつも表情が分からないじゃん?私ですら朝一話しかけるのに、毎日勇気いるレベルなんだよ?」
「はぁ?ふざけないでよ。美香はいつだって遠慮なんかないじゃない?」
「うわっ!ひどっ!!これだって随分、檸檬と話す時はテンション上げてんだよ?この努力、分かって欲しいなぁ~」
「あはは……美香がそんな努力してるとかウケるんだけど?」
「フン!……でさ、話戻すけど」
「何?私、いつもと違うの?」
「違うなんてもんじゃないでしょ?無表情のあんたが何で恋する乙女になってるよ?」
「こ、恋するってっ!」
そう答えつつ“ギクリ“とした。
そんな私の動揺を目聡く見抜いた美香の眼は意地悪そうに細眼になった。
「い、いつも美香は、言うことが極端なんだよ。私が恋する乙女とかありえないでしょ?」
私は苦し紛れにそう答えたものの、動揺のあまり目が泳いでしまった。
陸上部短距離のエースである彼女は日焼けした肌とベリーショートな髪とで一瞬男子と見紛う。
ただ端正な”美少年風”の顔立ちなので、女子には異様に人気があった。
しかもこの通り、さばさばとした性格で頭の回転が早く話も面白いとなればクラスの中心にいるのは納得がいく。そしてそれを可能にしているのは"場を読む力”ということを私は知っていた。今回もそうだが、美香は異様に鋭いから油断ならない。
私のような無表情な人間でさえ微妙な表情の変化を読み取るから、時に遠慮なく話をしてくるように見えてそれすら十分計算の内という事に最近気付いた。
「あんたさ、気をつけな?焦った男達の告白祭が始まるかもよ?」
「焦る?」
「そう。マドンナのあんたが恋したなんてことになったらそれは男子としては一大事でしょ?」
「マドンナって……やめてよ!そんな大げさな。あるわけないでしょ?いままでだって構内で告白されることなんてめったになかった訳だし」
「それはそうでしょ?抜け駆けして檸檬に告白なんてしたら袋叩き確定じゃない?」
実はそれは薄々感じるところではあった。
その理由が「抜け駆けによる袋叩き」かどうかは私に分らない。でも確かに学校内で告白されることまずなかったが家の周りで待ち伏せされることは何度もあった。
それが怖くて弟の翔の世話になってしまっている訳だから。
それしにしても、恋する乙女ってどんな顔よ?
「でさ、どうしたのよ?」
「え?」
「水くさいこと言わないの。何があったのよ?」
私は、彼女にどこまで話したらよいか一瞬迷い、押し黙ってしまった。
「それって”彼女”と関係あるの?」
私が答える前に、彼女はそう続けた。美香に指摘され私は〝ビクッ〝と肩を上げる程に動揺してしまった。やっぱり美香には敵わない。美香は私が“ある女性芸能人“に異様に拘っていることを唯一知る友人だった。それを私の微妙な顔色の変化だけで読んでしまった。
私は美香の指摘に、小さく頷くしかなかった。
「やっぱそうか……」
「そう見える?」
「だから言ったでしょ?その顔やばいって」
「もうからかわないでよ?」
私は美香だけに、私が見つけた雑誌の女性、つまり昨日会ってしまったかもしれない”謎の美女”の話をしたことがある。
別に好きな有名人の話をするくらい隠し立てするような重々しい話ではないのに、私はなぜか重々しくその話をしてしまった。まるで好きな異性のことを告白するかのように……
打ち明けた時も、私があまりに深刻に打ち明けたものだから、”え?だから?何?それだけ?”と美香には呆れられた。
でも打ち明けた時こそ呆れていたが、私のちょっと異常な彼女への執着に美香も気付いたらしく最近では、ちょっと心配されるようにもなっていた。それは昔から私が何に対してもドライだという事を知る美香だからこそとも言える。
私は全てを話そうかと逡巡したが、さすがに”本人に会ったかもしれない”という衝撃の事実は美香にすら言えなかった。
むしろ私の今日の”異常”に気付いている彼女にそれを言ってしまったら……
”私が想像したくない結論”
に容易に辿りつかれてしまうことを怖れた。
そう。私が同性を愛する人間かもしれないということに。今はこれ以上この件について詮索をうけることは避けたかった。
だから嘘をついた。
「うん……ネットでちょっと情報が上がってて、ガセっぽいんだけど」
「え?マジで?どんな情報?」
「いや、都内のレストランで働いているの見たとか」
「ああ、その話は嘘っぽいね」
”嘘っぽいね”と言ったのはその情報のことだと思う。でも私の顔色を読む美香は、私が”嘘をついている”ということにも十分気付いているのだと思った。私もごまかしきれるとは思っていない。でもきっと美香はこれ以上踏み込んでこない。踏み込んでほしくないのを今の嘘からちゃんと感じとってくれる。
鋭い美香だからこそできる美香の優しさだ。
ずるいと思うけど、そんな美香の優しさに私は今回も甘えてしまった。少し寂しそうにした美香だったが、それでも心配そうに私の顔を見つめていた。そんな顔を見ると本当に申し訳ないと思ってしまう。
美香はいつもの通りしばらくすると教室を飛び出して部活へ向かった。
私は部活動に積極的に参加するタイプではないが、一応”総合科学部”という文化系の部に所属している。ほとんど幽霊部員なのだが。
ただ、そもそも自分から部活を選べないやる気のない人間を救済するための部として存在しているこの部で真剣に活動をしている生徒はまずいない。
今日も私は部室に向かうことすらせずに、いつものように早々に校舎を後にした。
そして……
はたして、美香が予言した通りのことが少しだけ現実のもととなった。帰り際、駐輪場に向かう途中、上級生の男子に呼び止められたのだ。
うちの高校は駐輪場は学校の敷地内ではなく離れの使われなくなった旧校舎横にあるため、学校内では一番目立たない場所だった。なんで呼び止められたのかは、言うまでもない。美香の予言通り男子からの”告白”だった。
私の記憶のどこを探しても彼の顔は思いだせない。きっとどこかですれ違ってはいるのだろうけど私の記憶に残る程の関係性は少なくともない。もちろん、そんな相手に対しての私の答えは決まっている。
だから話は直ぐに終わった。
さすがに美香が言うように”祭”になんかなったりはしなかったが、今までほとんどなかった構内での告白をされたのは偶然なはずがない。
やっぱ私は”恋する乙女”なのかどうか美香の言うことだから話半分としても、男子にこんな行動を取らせる程に、いつもと違う顔をしてしまっていたのは間違いないのだと思う……
浅沼美香が眉間にしわを寄せ、なかば”あきれ顔”で聞いてきた。
放課後の教室で昨日遭遇した”異常事態”が頭から離れず”心ここにあらず”でぼ~と自分の席に座っていたところを美香に見られてしまったのだ。
もちろん”異常事態”とは、ドラッグストアーでの”あの女性との遭遇”のことだ。
「え?どうして?……何か変かしら?」
私は何食わぬ顔で、誤魔化しつつそう返した。
「あなたね~……朝から男子がざわついてるわよ?」
「男子がざわつく?何それ?」
浅沼美香は、妙なことを言う。確かにいつもの私ではないのかもしれないが”男子がざわつく”という意味が良く分からない。
「あなた今朝から、顔が“ヤバイ“んだって!」
「顔がヤバイ?……ヤバイって何よ?失礼だなあ」
「檸檬ってさ、いつも表情が分からないじゃん?私ですら朝一話しかけるのに、毎日勇気いるレベルなんだよ?」
「はぁ?ふざけないでよ。美香はいつだって遠慮なんかないじゃない?」
「うわっ!ひどっ!!これだって随分、檸檬と話す時はテンション上げてんだよ?この努力、分かって欲しいなぁ~」
「あはは……美香がそんな努力してるとかウケるんだけど?」
「フン!……でさ、話戻すけど」
「何?私、いつもと違うの?」
「違うなんてもんじゃないでしょ?無表情のあんたが何で恋する乙女になってるよ?」
「こ、恋するってっ!」
そう答えつつ“ギクリ“とした。
そんな私の動揺を目聡く見抜いた美香の眼は意地悪そうに細眼になった。
「い、いつも美香は、言うことが極端なんだよ。私が恋する乙女とかありえないでしょ?」
私は苦し紛れにそう答えたものの、動揺のあまり目が泳いでしまった。
陸上部短距離のエースである彼女は日焼けした肌とベリーショートな髪とで一瞬男子と見紛う。
ただ端正な”美少年風”の顔立ちなので、女子には異様に人気があった。
しかもこの通り、さばさばとした性格で頭の回転が早く話も面白いとなればクラスの中心にいるのは納得がいく。そしてそれを可能にしているのは"場を読む力”ということを私は知っていた。今回もそうだが、美香は異様に鋭いから油断ならない。
私のような無表情な人間でさえ微妙な表情の変化を読み取るから、時に遠慮なく話をしてくるように見えてそれすら十分計算の内という事に最近気付いた。
「あんたさ、気をつけな?焦った男達の告白祭が始まるかもよ?」
「焦る?」
「そう。マドンナのあんたが恋したなんてことになったらそれは男子としては一大事でしょ?」
「マドンナって……やめてよ!そんな大げさな。あるわけないでしょ?いままでだって構内で告白されることなんてめったになかった訳だし」
「それはそうでしょ?抜け駆けして檸檬に告白なんてしたら袋叩き確定じゃない?」
実はそれは薄々感じるところではあった。
その理由が「抜け駆けによる袋叩き」かどうかは私に分らない。でも確かに学校内で告白されることまずなかったが家の周りで待ち伏せされることは何度もあった。
それが怖くて弟の翔の世話になってしまっている訳だから。
それしにしても、恋する乙女ってどんな顔よ?
「でさ、どうしたのよ?」
「え?」
「水くさいこと言わないの。何があったのよ?」
私は、彼女にどこまで話したらよいか一瞬迷い、押し黙ってしまった。
「それって”彼女”と関係あるの?」
私が答える前に、彼女はそう続けた。美香に指摘され私は〝ビクッ〝と肩を上げる程に動揺してしまった。やっぱり美香には敵わない。美香は私が“ある女性芸能人“に異様に拘っていることを唯一知る友人だった。それを私の微妙な顔色の変化だけで読んでしまった。
私は美香の指摘に、小さく頷くしかなかった。
「やっぱそうか……」
「そう見える?」
「だから言ったでしょ?その顔やばいって」
「もうからかわないでよ?」
私は美香だけに、私が見つけた雑誌の女性、つまり昨日会ってしまったかもしれない”謎の美女”の話をしたことがある。
別に好きな有名人の話をするくらい隠し立てするような重々しい話ではないのに、私はなぜか重々しくその話をしてしまった。まるで好きな異性のことを告白するかのように……
打ち明けた時も、私があまりに深刻に打ち明けたものだから、”え?だから?何?それだけ?”と美香には呆れられた。
でも打ち明けた時こそ呆れていたが、私のちょっと異常な彼女への執着に美香も気付いたらしく最近では、ちょっと心配されるようにもなっていた。それは昔から私が何に対してもドライだという事を知る美香だからこそとも言える。
私は全てを話そうかと逡巡したが、さすがに”本人に会ったかもしれない”という衝撃の事実は美香にすら言えなかった。
むしろ私の今日の”異常”に気付いている彼女にそれを言ってしまったら……
”私が想像したくない結論”
に容易に辿りつかれてしまうことを怖れた。
そう。私が同性を愛する人間かもしれないということに。今はこれ以上この件について詮索をうけることは避けたかった。
だから嘘をついた。
「うん……ネットでちょっと情報が上がってて、ガセっぽいんだけど」
「え?マジで?どんな情報?」
「いや、都内のレストランで働いているの見たとか」
「ああ、その話は嘘っぽいね」
”嘘っぽいね”と言ったのはその情報のことだと思う。でも私の顔色を読む美香は、私が”嘘をついている”ということにも十分気付いているのだと思った。私もごまかしきれるとは思っていない。でもきっと美香はこれ以上踏み込んでこない。踏み込んでほしくないのを今の嘘からちゃんと感じとってくれる。
鋭い美香だからこそできる美香の優しさだ。
ずるいと思うけど、そんな美香の優しさに私は今回も甘えてしまった。少し寂しそうにした美香だったが、それでも心配そうに私の顔を見つめていた。そんな顔を見ると本当に申し訳ないと思ってしまう。
美香はいつもの通りしばらくすると教室を飛び出して部活へ向かった。
私は部活動に積極的に参加するタイプではないが、一応”総合科学部”という文化系の部に所属している。ほとんど幽霊部員なのだが。
ただ、そもそも自分から部活を選べないやる気のない人間を救済するための部として存在しているこの部で真剣に活動をしている生徒はまずいない。
今日も私は部室に向かうことすらせずに、いつものように早々に校舎を後にした。
そして……
はたして、美香が予言した通りのことが少しだけ現実のもととなった。帰り際、駐輪場に向かう途中、上級生の男子に呼び止められたのだ。
うちの高校は駐輪場は学校の敷地内ではなく離れの使われなくなった旧校舎横にあるため、学校内では一番目立たない場所だった。なんで呼び止められたのかは、言うまでもない。美香の予言通り男子からの”告白”だった。
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だから話は直ぐに終わった。
さすがに美香が言うように”祭”になんかなったりはしなかったが、今までほとんどなかった構内での告白をされたのは偶然なはずがない。
やっぱ私は”恋する乙女”なのかどうか美香の言うことだから話半分としても、男子にこんな行動を取らせる程に、いつもと違う顔をしてしまっていたのは間違いないのだと思う……
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