檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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ある疑念

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 なんで、こんな田舎にあるドラッグストアーでレジをしているの?

 私は、机に置いてあるフォトスタンドを手に取り、その写真に写る”憧れの女性ひとをもう一度、至近距離で見つめ直した。

 そして、今日”現実に起きてしまった”あの”あり得ない”『衝撃の邂逅』を思い出し、出来得る限りの想像をする。



 素性は分からずとも、雑誌で紹介されていた記事を見る限りは間違いなく過去に”人気のあった芸能人”であることは間違いないと思われる。

 だとすると”どっきり?””隠し撮りのCM撮影?”なんてことも考えられなくもないが、やはりそれはかなり無理のある妄想だ。

 だってここは岩手県で、しかも盛岡市から北に離れた石川啄木の生まれ故郷と言うことしか取り柄のない田舎町である。

 その女性が勤務するドラッグストアーに至っては近所の人しか利用しないような小さな、小さな店舗である。太った中年のおばさんがよく似合う職場の風景で、近所のちょっと綺麗な人妻のパートがレジに立ってるだけでも〝ぎょ!〝とされるかもしれないレベルだ。

 そんな店に私が唯一"美しい”と心惹かれた女性芸能人がいるなんてどんなに妄想たくましくしてもあり得ない。

「なにやってんですかっ!?」

 私が思わずそうさけんでしまったもの全く無理のない話だと思う。特に私はその女性に強い強い思い入れがあるのだから。

 このレジの女性に、私が大声を出した時に彼女はすぐに目を反らして顔を背けてしまった。

 私に顔を見られるのを避けているともとれる所作。

 それは〝顔を隠れなければならない理由がある”と考えるのが自然だ。

 …… …… ……

 私はフォトスタンドを机に置き……ノートパソコンを開いた。

 そして過去に何度も調べた「検索キーワード」をもう一度パソコンに入力した。彼女のことを調べるために何度も何度も入力した『2つのワード』だ。

 彼女の唯一の手掛かり。

 それは、その雑誌の載っていた「彼女の芸名」と「彼女の職業」。

 不思議なことに、なんど調べてもこの2つのワードでは彼女の素性にたどり着くことはできなかった。


 しかし……


 今日は、かなり危ない橋を渡ってしまったが貴重な情報を得ることも出来た。

 彼女の名字だ。

 私を不審者扱いした(実際に不審者だったのだが)男性店員は、彼女を確かにこう呼んでいた。

 ”碧原さん”

 私は咄嗟に名札をみたので、この漢字で間違いない。

 私はこのキーワードを先の2つのワードに加えてから検索をしたのだが、もう見飽きてしまったページばかりがリストアップされてきた。

 ”碧原”の文字は検索ワードがからはずされ一本線がひかれていた。つまり”碧原”という本名があの写真に繋がる情報にはなっていないのだ。

 私はがっくりと肩を落とした。 ”もしかして私の勘違いなのか?”そんな思いがふと頭をよぎる。

 冷静に考えれば、こんな田舎街の小さなドラッグストアーに彼女がいること事態、どんなに妄想たくましくしても想像たり得ない。


 彼女は……私のいきなりの暴挙に怪訝な顔し、とっさにマスクで顔を隠したので顔はわずかしか見えなかった。しかしその僅かしか見えない顔からでも十分に分かった。

 綺麗だった。

 私はその顔を見た瞬間、うろたえて後ずさりした程に。


 やっぱりあんなも綺麗な人は”あの人”しかありえない。




 ただ今の私は〝彼女が何者で、なぜドラックストアーにいたのか〝と言う詮索以上にある不安と戦っていた。

 私は今日のこの出来事で”ある疑念”と嫌が応にも向き合わねばならない状況に追い込まれてしまったのだ。

 私はいままで本気で人を好きなったことがなく、”異性に夢中になる”という感覚が私にはどうしても分からない。

 最初は”恋をしたことない”という結論で曖昧にその事実に向き合おうとはしなかった。しかしある時、弟の翔が何気なく言った言葉で”ある可能性”にたどり着くことになってしまった。

 私があまりに〝その写真〝に夢中になっている姿を見て翔はこう言った。


 ”へ~檸檬がそんな夢中になるなんて珍しいね?”

 翔の何気ない一言。

 そう言われて私も”はた”と思った。

 私は特定の人にまあり執着を見せたことがない。なのになんで私はこの写真の女性にここまで夢中になっているんだろうか?

 そのことが〝自分でも〝引っ掛かった。

 私は”異性を好きになる”という感情を全くもったことがない。しかし翔の”その一言”で……

 ”私はもしかして男性よりも女性に興味があるのではないか?”

 という疑念が湧き起こってしまったのだ。

 始めて夢中になった相手がこの写真に写った女性。

 …… …… ……

 ”私は女性しか好きになれないのか?”

 この時も、自分でそう自問してみた。

 しかし、その答えを真剣に考えることはしなかった。所詮は”どうせ会うこともない”、〝名前すら分らない”女性である。それに女子高校生という年頃なら、同性の芸能人に夢中になるのはまったく珍しい話ではない。

 つまりどんなに彼女に夢中になろうと、それが”人を好きなる”というリアルな感覚から遠く離れていたところに存在する”遠い感覚”であることは違いがなかったのだ。

 だから、写真一枚に夢中になっているだけで、私が”同性しか好きになれない”なんて不安を真剣に追いかける必要なんて全くなかった。


 しかし……


 今日、その現実離れしたところにいた女性が突如目の前に現れてしまった。私は彼女の姿を見た瞬間。今まで感じたことがない様々な感情に乱されてしまった。

 ”なんでこんなに動揺するの?”、〝何なのこの感覚は?”、〝この胸の奥が絞られるような痛みは?〝

 私はとてつもない不安感に取り込まれそうになった。

 だから、それを振り払うために”あんな風に”彼女に食って掛かってしまったなかもしれない。私は普段あんなおかしな行動をするような人間ではないはずなのに。

 私はその突然湧きあがった不安を、かき消すためにあの様な暴挙に出てしまった気がする。

 つまり……

「なにしてるんですか?」

 そう怒鳴った時の、私の本心はきっとこうであったに違いないのだ。

「なんて私の前に現れてしまったの?」「この感情をどうしてくれるんですか?」

 いままで、浮世離れした「芸能人」を遠くから夢中になっていたからこそ何の不安もなく距離を置かことができた「同性愛」と言う言葉が、今現実として目の前に「その当人」がリアルに現れてしまったのだ。

 だから私は自分が同性愛者であるという”疑惑”に真剣に向き合わざるを得ないところに突然追い込まれてしまった。


 私はその夜、興奮と、不安で中々寝付くことが出来なかった。

 それなのに何故か少しばかりの嬉しさにも似た”高揚感”もその感情に入り混じっていた。
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