上 下
13 / 39

SAKISAKA13~宣言~

しおりを挟む
 向坂は、不安な表情を残したまま、撮影のため社長室を出て行った。

 残されたのは俺と上條社長。

「さて、どこ行こうか?」

「ここで話せばよくないですか?」

「焦っちゃダメよ~?……若い子って、すぐガッツクんだから~」

 寒気がするほどくだらないボケだが、容姿がホントに美しい大人の女性なのでちょっとドキッとしてしまったのが悔しい……まあリアクションするのも疲れるのでスルーですが。



「1Fのスタジオを通ると、みんなの憶測が面倒だから、裏階段から出ましょう」

 そう言って立ち上がっると、上條社長はすぐさま部屋を出てしまった。

 ここで話すという俺の提案は全く無視ですか……

 まあ、いいや昼食おごってくれそうだし……おごってくれるんだよね?社長だもんね?


 俺と上條社長は、薄暗い……あまり利用されていない裏階段から階下に降りた。

 それにしても薄暗いなこの階段は……。

 ホント幽霊とか出そうなレベル。

 殺人事件とか起きてないよな……ここ。

 向坂に指摘されたように、元オカルトファンな俺はついついこういった反応をしてしまう。

 そんなどうでもいい妄想しながらも、上條社長が俺を外に連れ出す意図をあれこれと想像していた。



 上條社長と俺はスタッフに見つからないように裏口から道玄坂の路地に出た。



「何食べたい?遠慮しなくて良いぞ?」

「ありがとうございます。……でも軽いモノでいいです」

「なんだ、若者なんだからガッツリ食べなよ?」

「いや、社長と話しながらガッツリ食べる自信はないですよ」

「ハハハ……そんな身構えないでいいんだよ?おねえさんが優しくしてあげるから」

 ああ~まただ……このノリホントめんどくせ~

いちいち照れてしまう俺がまたまた悔しい。

 そんな軽口をお互いに交わしながら200mほど歩くとオシャレな洋食店が見つかり、俺に確認することもなく上條社長は慣れた様子で入っていった。

 俺も後に続いて店内に入った。

 やや高級感のある店内は、昼時だが比較的空いている。

 俺たちは窓際でゆったり座れる四人掛けの席に座った。

 出されたメニューの金額を見て平凡な学生の俺はびっくり仰天。

 下手に注文すれば俺の一か月の食費が吹っ飛ぶレベル。

 ランチにこんなお金をかけるとか間違ってるだろ?

 まあ空いてる訳だよな……



「好きもの頼んでいいぞ!……貧乏学生!」

「何で急にテンション高いんですか?って貧乏学確定なんですか?……まあ、社長から見ればそうですけど」

「……いやね、私は楽しみが食べることしかなくてさ……それも君のような若い子となら尚更だよなあ~ハハハ」

 なんか、この人、急におばさんくさくなってんだけど?いいのか、これで……

「ほら、若者~そんな嫌そうな顔するなよ?」

 若者ってワード使いすぎですよ?それ年齢コンプある人の頻出単語ですよ?

 って、年齢コンプの社長にちょっと同情しちゃったじゃないか……




 俺は軽めのパスタを頼もうとしたら、このおばさん……もとい上條社長は一番高いフルコースを二人分頼んでしまった。

 うわ~俺の一か月の分の食費のコース……社長様、ゴチになります!



「さてと……」

 上條は注文を終えると急に顔つきを変えた。

 ほら、来たぞ。

 俺は彼女のその表情を見て全身のセンサーはJアラートレベルの警告音を発した……

「最初に言っておくけど……YUKINAの問題は君の手には負えない。だから中途半端に関わるのはやめなさい……私が言いたいのはそれだけ。素直に聞き入れてくれれば話はそれでおしまい」

 ここに来るまで、また店に入ってからも殊更残念な年増の女性を演出し警戒レベルを落として安心させておいて、突如シビアな物言い。

 一気にその落差で精神的動揺を誘う……

 さすがに俺は虚を衝かれ、一瞬、恐怖のあまりに震えがきた。

 なるほど残念なおばさんのボケは、これをするための布石か……

 全く……学生相手に本気にだすなよな~



 しかし俺からすれば、やり方が露骨。練りすぎた演出が偽物くささを感じる。

 これを自然にやられたら間違いなくチビってたな。


 彼女は、何でこんな演出めいた事までして圧力をかける必要があるのか?

 余裕のある人は、無理にこんな圧力なんてかけてこないでしょ?

 だとすると……

 俺という小賢しい学生の反撃を、意外にこの人は警戒しているのかもしれない。


 まずはそこを指摘してあげよう……

「社長、そんなに身構えないでくださいよ?」

「へえ?私が何を構える必要がある?さっきから身構えていたのは君の方だろ?」

 顔を綻ばせたが、目が笑ってない。まだ緊張感を解いてない。

「いえ、練り過ぎの演出で圧をかけてきたので……案外余裕ないのかと勘違いしてしまいました」

「はあ?……なんだその解釈は?……やはり曲者だな君は。思ったことを敢えてバラすあたりが侮れないな……フフ、YUKINAが目をつけるだけのことはあるか」

「学生相手に高度な心理戦とかやめてくださいよ?……そんなのは社長と面談する取引相手だけにして下さい」

「話をそらすな……まあ君だから教えてあげると……君のように粋がって小技を使う人間には圧をかけて力技で捩じ伏せるのが一番手っ取り早いと思っただけだ」

 うわっ……こわっ!

 なるほど……

 粋がった子供の小技ね~……

 ……まあ、貴方も並々ならぬ苦労をしてモデルから社長にまで上り詰めたんでしょう。俺のような小僧が小技で張り合って敵う相手ではない。

 ただ、知ってますか?若者にしか出来ない大技だってあるんですよ?

 若者は確かに考えが浅い。絶対的に経験値が足りない。あなたなんかに適うわけもない。でもだからこそ余計なことを考えずに突進できる強みがある。その若者の”無謀”という名の突進力を侮るなかれ……

 例えば、こんなのとか……

「俺は中途半端に関わる気なんて毛頭ありませんよ?俺は向坂に告白して真剣に付き合います。俺がこのスタジオらか向坂を守ってみせます!!」

 どうだ!!

 秘技!”お姫様を救い出すヒーローになった気になってる青臭い学生のピュアな使命感攻撃!!(長い)”



 上條は、虚を衝かれてキョトンとしてしまった。


「プハハハハ……何だそれは?」

 ……ん?

「さすが櫻井!」

 え?さすが?

「そこまで先回りしてしてくれると助かるよ……ハハハ……はあ、おかしい」

 先回り?……どう言うこと?

「まさかこんなに、早く”そこ”にたどり着いてくれるは思わなかったな。凄いなお前?」

「あの……ちょっ~と意味が分からないんですが?」

「だから狙い通り……私がたどり着いて欲しかった結論に即座に君がたどり着いてくれたことに感激しているんだよ」

 マジ?……俺、はめられたの?

「さめた君のことだからもっと煽らないと難しいかと思ってたが……先読みし過ぎて一周してしまったパターンだな」

「な……お、俺のひとり相撲ですか?」

「策士策に溺れるってやつだ……いい勉強になっただろ?……アハハ面白い」

 ナニやってんだよ俺?勢い余ってナニ告白宣言しちゃってんの?

 俺は自分のしでかしたことの重大さに気づき……顔から火が出るほどに恥ずかしくなった。

 そうか……だから向坂を遠ざけて俺とサシで話をした訳か。

「でも櫻井……告白された時の真剣な眼差しはチョットおねえさんドキッたしたぞ?」

「いえあなたに告白してませから」

「フフフ……あれをいつかYUKINAにやってやれ……」


「な……、それは……」

 あまりの動揺に言葉にならない……

「若いっていいわ~…」

 すでにさっきのおばさんモードに戻っている彼女を見てイラっときた……まあ、俺には到底敵わん相手だ。

 マジこえ~

「さて、念のため確認するけど……さっきの”告白宣言”は売りことばに買いことばじゃないんだよな?本気って思って良いんだな?」

「そこに二言はないですよ。だってみんな彼女に惚れまくってんのに、俺が惚れない理由ないでしょ?」

「フフフ……それはそうだ。……で、そのことなんだけど……」

「え?」

「彼女がモテすぎるってこと」

「ああ……それですよね」

「ライバル多くて大変ね?」

「いや、ポイントそこじゃないでしょ?」

「あら、余裕あるのね?」

「そんなもん……ある訳ないでしょ?」

「……フフ……でもあなたも心理学勉強してるんでしょ?何か心当たりあったりするの?」

「う~む……まだ、ちょっとわかりませんね」

「そう……」

「でも……いいんですか?」

「何が?」

「いや、それは……その……俺なんかで?」

「あら、勘違いしないで?それを決めるのはYUKINAでしょ?あんたがフラれたら、また他を頼るわよ」

「またって……いつもこんな風に社長に踊らされる若者がいるって事ですか?」

「安心しな、こんなことしたのは君が初めてだ」

「そ、そうですか……」

「でもまあ、YUKINAが貴方を頼ったのは事実の様だし?……生意気に私を出し抜こうなんて小賢しい事もしてきたし?……それは私の思う壺だったけど……まあ、今のところはあなたの事は応援してあげる」

「あ、ありがとうございます……」

 俺をここまでま誘導したって事は、上條社長は俺というカードでこの問題を解決する方向に舵を切ったと思っていいのだろうか?つまり、それは俺に向坂へ深く踏み込ませようとしているとも取れる。一応俺に期待してくれているのか?


「でも、さっきあたなが言ってたみたいに彼女を辞めさせれはそれで解決とか安直な事は考えないでね?……彼女はアレはアレでモデルの仕事好きだから、その気持ちを諦めて欲しくないんだよね」

「へ~優しいんですね」

「当たり前でしょう?君が心配してくれたようにKスタジオにとってYUKINAは大事な稼ぎ頭だからな……」

 上條はおどけて、そして少し照れを誤魔化す様にそう言った。

「さあ、ひと仕事終わって、これでゆっくり食事できるね?……タップリ食べろよ!若者!」

 こんだけ精神的に揺さぶっておいて……タップリ食べろとかどんな拷問ですか?

 しかし……やはり読み通り彼女は向坂の良き理解者だ。この社長がいるなら向坂の事も少しは安心なのかもしれない。

 いや、あの社長をしても解決出来ない難問と見なければならないのだろうか。

 ……こんなヘビーな案件、俺なんかで良いのだろうか?
しおりを挟む

処理中です...