普通男子と天才少女の物語

鈴懸 嶺

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爆弾発言

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「後日、私が知る"信頼できる"中国武術家の情報をまとめてメールで送るから、ちょっと待っていてね」

 春崎さんは、帰り際にそんな約束をしてくれた。

 プロの格闘技ライターが、たとえ未惟奈の知り合いとはいえ普通の高校生のために色々と調べてくれるなんて破格の対応だ。

「なんか、仕事じゃないのにすいません」

「いいわよ、翔君のお願いならお安い御用よ」

 "翔君のお願いなら"などとリップサービスをまじえつつ、まるで空気を吸うようにナチュラルにまたあの魅惑的な笑顔を見せた。

 大人の女性はこういった技?がマジ恐い。こんな笑顔を普通の男子高校生が見たらどうなるかを想像してやってほしい。

「"翔のお願いなら"ってどういう意味ですか?春崎さん」

 未惟奈も、その笑顔が"あざとい"と映ったのか少し不快な顔をのぞかせて春崎さんに尋ねた。

「未惟奈ちゃん安心して?翔君は私の中では"注目の空手家"だからね?彼を誑かそうなんてさすがに思っていないわよ」

 春崎さんはからかうように未惟奈に言った。

「はあ!?なに言ってんですか!?」

「ハハ、未惟奈ちゃんって実は独占欲強かったんだね?」

 春崎さんに笑われて、未惟奈は不貞腐れてソッポを向いてしまった。

「春崎さん?未惟奈は何を独占しようとしてるんですか?」

 イマイチ話に乗れていない俺は、そう尋ねると春崎さんがあきれ顔になってしまった。

「はぁ……確かに未惟奈ちゃんが言う通りね。翔君の鈍さは重症かも?」

「え?どういうこと?」

「翔君?今の流れで言ったら分かるでしょ?」

 "今の流れで言ったら分るでしょ?"

 これと同じセリフを以前には未惟奈から言われたことがあったな……

 ってことはやっぱり話の呑みこみが悪い俺がいつも悪いってことになるのか?ちょっとショックなんだけど?

「春崎さん?その話はいいから!!」

 未惟奈が急に口調を強め、そして何故か少し慌てた様子で春崎さんを制した。

「翔くん?お節介かも知れないけど、空手ばかりじゃなくてもうちょっと女心を勉強した方がいいかもね」

 春崎さんは未惟奈の慌てぶりを楽しむように微笑んでから俺にそんなことを言った。

「女心?誰の?」

「だから今は私以外に未惟奈ちゃんしかいないでしょ?」

「春崎さん!!止めて!!……翔好きな人いるんだから!」

 突然未惟奈がぶっ込んできた爆弾に俺は全身の血液が逆流したかと思うほどの衝撃を受けた。

 何を言い出すんだ未惟奈は?正気か?!

 俺は一気にパニック状態に追い込まれた。慌てて隣りにいる春崎さんに目をやると明らかに"しまった"という表情になっていた。

「ご、ごめんなさい未惟奈ちゃん」

 春崎さんはさっきの意地悪い表情から一変し心底困り果てた様子になってしまっていた。

「み、未惟奈?ちょっといい加減にしろよ?突然なに言い出すんだよ?」

「翔は余計な口を挟まないで!」

「おい?!俺の話を勝手にしておいてその言いぐさはないだろう!?」

「あなたの為に言ってんだから!」

「俺のため?」

 未惟奈はまた自分勝手な理屈で話を押し切ろうとしているのか?

「未惟奈が俺のために何をしようというんだ?余計なこと止めてほしいんだけど?」

 俺の場合は「ただ好きな人がいる」という話が「ただ」では済まない"特殊な事情"を抱えている。未惟奈はそのことを唯一知っているのだ。

「ご、ごめんなさい……私が余計なことを言ったばっかりに。」

 二人の、いや特に俺の憤りをなだめるために春崎さんはそう言いながら慌てて仲裁に入った。しかし俺と未惟奈はお互いに視線を逸らさずに睨み合い、一触即発状態になっていた。

「翔?あの人の顔を思いだして、暗い顔するの勘弁してほしいのよ」

「お、おい!!」

 未惟奈のこの言動はさすがに俺も堪えられなくなり語気が荒くなった。

「いいかげんにしろよ!今その話をするか!?」

「だってその顔を見させられるこっちの身にもなってよ」

 クソッ!俺が檸檬の顔を思いだしていつも暗い顔しているとでもいうのか?いやいや、それは未惟奈がそういった微妙な仕草に気付き過ぎるのだ。

「み、未惟奈ちゃん?ちょっと色々事情がありそうだけど、この話はもう止めにして……ほ、ほらそんな顔しないで」

 見ると未惟奈は悔しさのあまり目に涙を浮かべているように見えた。

 な、なんだよその表情は?自分で仕掛けておいてなんで俺にいじめられたようになってんだよ?

「ごめんなさい。春崎さん、余計なことにまきこんでしまって。この問題は私がなんとかするから」

「はあ?未惟奈がなんとかする?また余計なこと止めてほしいんだけど?」

 この件に、未惟奈が顔を突っ込んでくる気でいるのか?マジ止めてほしいんだけど?

 未惟奈が檸檬の件で何をするというのだ?

「もしかして未惟奈ちゃん?それってやっぱり……」

 春崎さんは何かを悟ったのか、驚きの表情とともに急に優しい視線を未惟奈に向けていた。

 置いてけぼりを食らった俺は状況が良く見えずにただただ怪訝な顔で二人の表情を見つめることしかできなかった。
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