普通男子と天才少女の物語

鈴懸 嶺

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感情という圧力

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 なぜすべてに勝る未惟奈が俺に勝てないのか?

 最初に対戦してからどんなに考えても結論が出ることはなかったが、今の対峙で俺は”もしかすると”という一つの可能性に辿りついた。

 …… …… ……


「もう、なんで私の攻撃が全く当たらないのよ!!」

 1分間のガチ組手を立て続けに20本やって、ことごとく未惟奈の攻撃は俺に捌かれ、そして何度も転がされた彼女はもう半ギレ状態になっていた。

 やっぱりそうだ。

 未惟奈の攻撃は俺に当たらない。




「翔!!どうしてよ!!」

「だから……」

「また”俺のは武道だから”とか言うの?もうそれは聞きあきた!!」

「そうじゃなくてさ、おそらくだけどさ」

「なに?理由が分ったの?」

「あくまで仮説だけど」

「何それ?科学者みたいにカッコつけて」

「いちいち絡むなよ?俺だって必死に理由を考えてるんだからさ?なんでこうも未惟奈の攻撃は当たらないのかって」

「な、なによ!!バカにして!!」

「ああ、ゴメンそう言う意図はないんだ。だから未惟奈の場合は”それ”だよ、”それ”」

「はぁ?また何を訳わかんないこといってのよ、なによ”それ”って」

「その感情だよ」

「感情?」

「おそらく未惟奈は対戦するときに感情が動き過ぎている」

「え?感情?感情に何の意味があるの?むしろ戦闘態勢なら交換神経が優位になって興奮する方が人間のパフォーマンスは上がるのが常識でしょ?」

「ああ、それは動物の話な」

「動物?人間だって根源的には同じでしょ?」

「だったらわざわざ技術を”道”として学ぶ必要はないでしょ?」

「翔?私ね、そういう抽象的な話で格闘技を神秘的に語るやり方って前から胡散臭くて大嫌いなんだよね」

 未惟奈は完全に”キレている”のでもう何を言っても聞く耳持たずという感じだ。

 俺はずっとこんな調子の未惟奈にすっかり閉口してしまったが、しかし未惟奈の言うことも分る。

 空手を”格闘技”と呼んでスポーツとして追究すれば、人体の生理学に則ってパフォーマンスを上げていくのが当然正しい。未惟奈はきっとその道では誰よりもすぐれたアスリートの一人であることは間違いない。

 しかし空手を”武道”とか”武術”と呼ぶ人たちは概ね、科学的な話に疎くて、ややもすると”秘伝”とか“伝承”と称して根拠のない精神論、戦闘論で塗り固めて”これはスポーツではない”と言い張る。

 まあ、俺は後者のスタンスになるんだと思うが、だいたい未惟奈のように”格闘技=スポーツ”側にいる人たちはこのような”武道”を主張する人たちの理屈を相手にしない。

「だったら試合に出てこいや!!」

 というのが本音だったりする。

「まあ、未惟奈がそういう反応するのは分るけど、俺だって未惟奈のためになんとか理由を説明しようとしてるんだぜ?少しは謙虚になれって」

 俺は閉口しつつも、実はこの手の”気の強い女子”の扱いは慣れている。

 話を蒸し返したくないが、姉の檸檬が未惟奈にそっくりでとにかく気が強い。

 だから俺がやんわりと相手の主張をしっかりと拾い上げて未惟奈が感情的にならないようコントロールする努力は怠らなかった。

 未惟奈もさすがに自分が一方的に感情をぶつけてしまっていることに気付いたのか、不貞腐れつつも少しずつ俺の話に耳を傾け始めていた。

「未惟奈も気づている通り、俺は未惟奈の動きを目で捉えてから反応はしていない。人間の反応時間なんてどんなに鍛えたってたかが知れている。前にディフェンスが上手いボクサーが反応実験をする映像見たことあるけど反応時間は一般人とそう変わらないという結果だった。分るよな?この意味?」

「ええ、タイ人のボクサーよね?それなら知ってるわ。あの映像の結論は”反応”じゃなくて”予測力”がずば抜けてるけら相手の攻撃を避けきれると言っていたわ。あなたの場合もそうだと言うの?」

「さすが、よく知ってるな。それもあるかもしれない。でも俺の場合はそれだけじゃない。でなければ”未惟奈の攻撃だけ”あそこまで的確に反応できる理由にならない」

「え?私の攻撃だけ?」

「ああ、そうだよ。俺は全ての人の攻撃を全部避け切れるほどのディフェンスマスターではない」

「う、うそだ!私は今までかなりの対戦をしてきたけど、避けられたのは翔だけよ?」

「だからその理由を考えてるんでしょ?」

「わ、分ったの?」

「だからさっき仮説だけどっていったじゃん?ちゃんと人の話聞けよ?」

 未惟奈は少しムッとしていたが、それよりも興味が上回っているようで俺からの言を待っていた。

「さっき言いかけた通り未惟奈は感情を攻撃に乗せ過ぎている。だから未惟奈と対峙すると凄い圧を感じる」

「圧?なにそれ?」

「分からない。でもおそらくそういったものがある」

 俺がそこまで言うとまた未惟奈の顔が怪訝な表情で歪んだ。

「いくらなんでもそこまで曖昧な話をされても全く説得力はないわね」

「だろうな。でも俺は対戦した側の意見として、かなりの確証を持ってそう感じている」

 俺は俺で、確かに話そのものは曖昧だが確固たる自信を持ってこれは言いきった。

 言葉でそもそも伝わるはずがないのは端から分っている。

 でも俺がこの”理由”つまり未惟奈の感情によって生まれている圧の正体こそカギを握るということの”確証”を感じていることだけでも伝えておきたかった。

 未惟奈は美しいブルーの瞳を俺に向けながら、俺の表情を読んでいるようだった。

 俺は未惟奈の視線を外すことなくそのブルーの瞳を受け止めていた。

「分ったわ。とりあえず、今日のところは翔の話を半分信じておく」

「半分かよ?」

「それはそうよ?そんな話をアスリートの私が簡単に信じるわけにはいかないでしょ?」

「まあ、確かにそうだな」

「半分信じただけでも感謝してほしいわ」

「はあ?でたよ、またその自分本位なモノ言い。言っておくけどこれは未惟奈のために必死に絞り出した俺の意見だぞ?」

「そうかしら?自分でも案外、その事に気付いて喜んでいるように見えたけど?」

 確かにそうなのだ。俺が今までどんなに考えても結論が出なかった答えに少し近づいた感触を実は未惟奈との対戦で感じることができたのは素直に嬉しかった。

「まあでもこれだけ私の攻撃が当たらないのは紛れもない事実。この事実を受け止めない訳にはいかないわ。だとすれば確かにあなたの言うように”仮説をたてて”それを実証しないといけないのも分るわ。まあ翔のトンデモ理論を盲信する気はないけどね」


 いちいち嫌味を織り交ぜてくるとは言え、思った通り未惟奈の頭脳は驚くほどにクレバーだ。俺の頭の中で曖昧だったことまですっきりと整理してくれる。

 はじめは戸惑いしかなかった”未惟奈との空手練習”だったが、むしろ俺の方がこの後の展開をワクワクする気持ちになっている。

 そして……

 あんなに文句を言っていた未惟奈も、まるでおもちゃを与えられた子供のように嬉しさをこらえられないような表情をしていた。


 フフ、未惟奈も実は俺に負けないくらいそうとう空手好きだな。

 
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