愛の裏切り

相良武有

文字の大きさ
上 下
7 / 104
第十五話 セレブな女

④麗子は何もかもを哲司に合わせて行動した

しおりを挟む
 やがて、八月も残り少なくなった。
九月は軽井沢の別荘を閉めて東京に帰る月である。毎朝、目覚めと共に麗子は不安に駆られるようになって来た。
この夏は言わば特別だったんだ。東京ではいつもの生活が私を待って居る。大学や病院の仕事にチャリティーの催し、ランチの約束にディナー・パーティーの数々、それらがびっしりと網の目のように詰まったスケジュールが待って居る。おまけに東京には私の両親、特に口煩い母親が居る。チクリチクリと意地悪な小言を並べる母親が居る・・・
麗子は、然し、そうは言っても、哲司が床にタオルを置き放なしにするように、彼を軽井沢に置き去りにして東京に帰ることは出来なかった。
「ねえ、私と一緒に東京へ来て欲しいの」
或る夜、彼女は言ってみた。
「俺、東京は嫌いなんだ」
哲司が答えた。
「但し、ロックやジャズをやっているクラブや喫茶だけは別だけどね」
麗子が続けた。
「あなたの夢が全部東京には有るのよ、どう?」
「一緒に住んでも良いのかな?」
「それは無理だけど、でも、毎日一緒に居ることは可能よ、特に夜は、ね」
そんな訳で哲司は麗子の直ぐ近くのマンションに引っ越して住み始めた。が、それは、頭金から賃借料まで、それに生活費の全てまでを彼女が負担して住まわせたことだった。
 最初のひと月、麗子は何もかもを哲司に合わせて予定を立てた。
九月は哲司が通う大学の前期試験の月で、然も、その期間は三週間にも及んだので、彼の精神はいつも緊張状態が続いていたし、感情の起伏も激しかった。
麗子は、哲司が勉学する時間を作る為にディナーには一人で出かけ、彼が友人たちと過ごす時間帯には祥子と二人でランチを食した。父とは仕事で顔を合わせていたが、小言を聴かされる母には逢いに行かなかった。

 然し、十月に入って哲司の前期試験が終わると、彼女は彼をテーラーに連れて行って新しいジャケットを誂え、髪もカットさせて身嗜みを整えさせた。そして、何時の日か、哲司を公の場に連れ出す日の為に彼女はあれこれと彼に教え始めた。
「食事のテーブルマナーはちゃんと身に着けなきゃ駄目!」
「洋服はハンガーにきちんと掛けるのよ」
「タオルは床に放置しないで」
 ところが、哲司は日を増すに連れて黙り込むことが多くなり、次第に不機嫌になり、殆ど会話をしなくなった。
年の暮れのクリスマス・イブには、横浜に住む友人の家に招待されたのに麗子は断った。
この三年間、必ず顔を出していた新年のパーティーにも今年は出かけずに自分のマンションで哲司と過ごした。麗子は全てを彼の為にと奉仕したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

届かない手紙

白藤結
恋愛
子爵令嬢のレイチェルはある日、ユリウスという少年と出会う。彼は伯爵令息で、その後二人は婚約をして親しくなるものの――。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

処理中です...