愛の裏切り

相良武有

文字の大きさ
上 下
11 / 104
第十四話 贖罪

⑤理沙も秀夫も、もう独りで生きて行くしかないのであった

しおりを挟む
 秀夫と別れた理沙は淋しさと孤独感に胸を塞がれた。
淋しい、寂し過ぎる・・・
心の中に不意に大きな穴が開いて、その暗い穴を今まで感じたことの無い虚ろなものが吹き抜けるのを感じた。これ程までに、と自身で訝る程の寂寥感に苛まれた。かけがえの無い大事なものを失った感覚だった。秀夫と別れて初めて知った寒々しい沈痛な思いだった。理沙はこれまで変わること無く秀夫を心の底から愛して来た。秀夫への愛しさが胸一杯に拡がった。秀夫を失った喪失の空虚な錘が悲哀と寂寥の思いと重なって理沙の胸の奥深くに沈殿した。理沙は、毎日毎日、来る日も来る日も、心も身体も抜け殻の状態で日々を過ごした。最愛の秀夫と離別した寂寥感と孤独感から哀しみに打ち拉がれ、何をする気にもなれず、何も手につかず、誰にも会わず、鬱々と日を過ごした。何をしても心は晴れなかった。理沙はただただ淋しかった。
 このどうにもならない淋しさから解き放たれたい、永続的に続くかと思われる耐えられない淋しさから逃れたい、この寂寞として堪えられない淋しさを永久に終わらせてしまいたい、理沙の頭をふと「自殺」という二文字が駆け巡った。
自殺することが唯一の救いなのか!
だが、若い理沙にはそれも出来なかった。首を吊るのも電車に飛び込むのも、服毒するのもビルから飛び降りるのも、皆全てが怖かった。怖くて足も心も竦んだ。辛うじて理沙はリストカットに挑んだ。
理沙は然し、あと僅かな時間でこの世から消えて無くなる、それもたった一人で、孤独のままで・・・そう思うと急に自分の孤独に戦慄し、その恐怖感に慄いた。
私はこの先、死んだ後もずうっと永遠に、この現実世界を見下ろした宇宙空間で、独り孤独に耐えながら、今と同じような状態で目覚めているのではなかろうか?それは青酸カリ入りのジュースよりひどい悪夢だわ、理沙はそう思った。
理沙は、その悪夢の中でびっしょり冷や汗をかいてうんうん呻いている自分を想像して、気が遠くなりかけた。無限の遠方の星になって独り目覚めている恐怖を意識し、吐き気を催すほどに恐ろしい死の恐怖に、初めて押しひしがれた。
この現実世界での僅か二十数年という短い生の後、何億年もずっと、意識だけは鮮明であるのに、ゼロで耐えなければならない恐怖、現実世界や宇宙は何億年も存在し続けるのに、その間ずうっと永遠にゼロであり続ける恐怖、理沙は無限の時間の進行と永遠の自己不在を思って、恐怖に意識を失った。物理的空間の無限と無の観念とから、時間の永遠と死んだ後の自分の無の恐怖に理沙は気絶したのだった。
 理沙は死ねなかった。
私は死ぬことさえ出来ない・・・
死ぬどころか更に救い難い寂寥と孤独の冥府魔道に堕ちて行った。
が然し、理沙も秀夫も、もう独りで生きて行くしかないのであった・・・
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

今、夫と私の浮気相手の二人に侵されている

ヘロディア
恋愛
浮気がバレた主人公。 夫の提案で、主人公、夫、浮気相手の三人で面会することとなる。 そこで主人公は男同士の自分の取り合いを目の当たりにし、最後に男たちが選んだのは、先に主人公を絶頂に導いたものの勝ち、という道だった。 主人公は絶望的な状況で喘ぎ始め…

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

処理中です...