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第十一話 復讐する女
④「あたし、先生に手術をして貰ったの」
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暫くして、落ち着いてから、吾郎は改めて紗友里を引き寄せた。彼女は裸の躰を吾郎に押し付けて来た。肌の温もりを感じながら彼は紗友里の躰を弄った。脇から腹へ、そして腰へ、それから右手を紗友里の左の尻に触れた時、吾郎は指先にざらざらした感触を覚えた。
傷か?・・・
ぎざぎざした感触は、間違いなく、皮膚の傷跡であった。左の腰骨の出っ張りから太腿の外側へかけて、弧を描きながら三十センチはあった。
彼女が固定手術を?・・・
それは確かに、左股関節固定術による皮膚切開の痕だった。
紗友里がしゃがれた声で言った。
「先生、お医者さんでしょう?」
「そうだが・・・」
「K大学附属病院の・・・」
「“圭”のママに訊いたのか?」
「訊いたことは訊いたけど、確かめただけよ」
「確かめた?」
「先生、あたしを知らない?」
「君を?」
吾郎は知っている女性の顔を頭に思い浮かべてみたが、彼女の顔に心当たりはなかった。
「知らないなぁ・・・」
紗友里は小さく笑ってから言った。
「あたし、先生に手術をして貰ったの」
「俺に?・・・いつ頃だ?」
「三年前・・・」
三年前と言えば、吾郎は二年間のインターンを終えて独り立ちの医者になったばかりだった。それほど多くの手術をした訳ではないが、それでもかなりの数のオペはやった。若い医師に経験と技術をつけさせる為に教室では積極的に施術させていた。無論、講師や先輩や助教が付き添ったり立ち会ったりしたが、実際にメスを握ったのは駆け出しの医師や研修医が中心だった。
「君、名前は何と言うんだ?」
「今の名前?それとも以前の名前?」
「と言うと?」
「手術を受けた時、あたし、結婚していたの。その時の名前は相原優よ。どう?思い出してくれた?」
そう言われても、吾郎には思い出すべき記憶が無かった。大体が、手術した患者の名前や顔など、余程のことが無い限り憶えて置くことはない。
「あたし、手術の後、別れたの、夫と・・・」
「別れた?」
「うん。先生だから全部話しちゃうけど・・・」
「どうして別れたんだ?」
「結婚して一年以上も経っていたんだけど、手術したら三カ月で逃げられちゃったの」
「逃げられた?・・・酷い男だな」
「手術をした後、全然面白くない、って」
「面白くない?」
「あれが詰まらなくなった、って言うの」
「あれ?」
「嫌ぁね先生、女のあたしにそんなことまで言わせるの?」
紗友里は吾郎の顔を見てけらけらと嗤った。その嗤いを聞いて彼は、紗友里がセックスのことを言って居るのだと理解した。
「あたしは申し訳ないと思ったんだけど、動かないんだからどうしようもなかった」
「・・・・・」
「面白くない分、一生懸命に尽くしたんだけど、駄目だったわ」
吾郎は今し方の満たされぬもどかしさを思い起こした。
あれでは男が飽いて来るのも無理はないかな?・・・
「あの人もあたしも、もの凄く愛し合っていたの」
紗友里は遠くを見る眼差しで言った。
「でも、彼が他の女を知ってしまってから・・・仕方無いわよ、あたしがこんな躰になってしまったから」
確かに、別の女を知ったら去って行くかもしれないな、と吾郎は改めて思った。
「じゃ、それから?」
「夫に逃げられた後、ぐれたのね。会社を辞めて酒やたばこを覚えて、おまけに自殺までやっちゃって」
「自殺?」
「夫宛に遺書を書いて薬を呑んだの。でも助けられて未遂に終わっちゃった・・・」
「逃げた男のことが忘れられなかった、と言う訳か?」
紗友里はそれには直接答えずに話を続けた。
「後はもう崩れっ放しで、ずっと一人よ・・・一人で男漁りをしているの」
「然し、君は未だ若いんだし・・・」
「駄目よ。みんなあたしの躰のことを知らないで近づくんだから・・・」
「・・・・・」
「男と女はやっぱりあれが上手く行かなかったら駄目なのよ。幾ら、好きだ、愛している、って言ったって、一度寝るとみんな逃げ去って行ったからね。誰も二度とあたしを抱かなかったわ」
「それで男漁りを続けているのか?」
「そう。これでもか、これでもか、って・・・その内、こんなあたしでも良い、って言ってくれる人が現れるかも知れないしね」
「然し・・・」
「でも、先生と逢えたから、もう必要ないかもね」
「俺と?」
「だって、先生は逃げないでしょう?」
「逃げない?」
「あたしをこんな躰にしたのは先生よ」
「だから誘ったのか?」
「そう。怒った?」
吾郎はやり切れない気持になって来た。
「逃げる気なの?狡いわ。それとも、あたしが怖いの?」
「そんなことは無いが・・・それで、痛みは未だ在るのか?」
「もう無くなったけど・・・でも、痛い方が良かった」
「何故?」
「だって、あのままなら大好きだった夫と別れなくて済んだし、こんな男漁りもせずに済むし、もっと良いことがいっぱい有っただろうし・・・」
「然し、あのまま放って置けば痛みは酷くなるばかりだった」
「ねえ、もう済んだことは仕方無いわ。それより、この脚の此処、もう一度動くようにはならないの?」
「股が?」
「そう、これくらいで良いから、股を拡げたいの」
紗友里は両手で十センチくらいの幅を作った。
「駄目?」
「今更言われても・・・」
「出来ないの?」
「痛みは無くなったんだし、外見からは殆ど判らないんだから・・・」
「それはお医者さんの理屈よ」
「医者の?」
「そうよ。患者になったことが無いんだから、解らないわよね」
「・・・・・」
紗友里が吾郎に対してだけでなく、男そのものに復讐しているのは明らかだった。
彼は何か重大な過ちを犯した気持に捉われた。
傷か?・・・
ぎざぎざした感触は、間違いなく、皮膚の傷跡であった。左の腰骨の出っ張りから太腿の外側へかけて、弧を描きながら三十センチはあった。
彼女が固定手術を?・・・
それは確かに、左股関節固定術による皮膚切開の痕だった。
紗友里がしゃがれた声で言った。
「先生、お医者さんでしょう?」
「そうだが・・・」
「K大学附属病院の・・・」
「“圭”のママに訊いたのか?」
「訊いたことは訊いたけど、確かめただけよ」
「確かめた?」
「先生、あたしを知らない?」
「君を?」
吾郎は知っている女性の顔を頭に思い浮かべてみたが、彼女の顔に心当たりはなかった。
「知らないなぁ・・・」
紗友里は小さく笑ってから言った。
「あたし、先生に手術をして貰ったの」
「俺に?・・・いつ頃だ?」
「三年前・・・」
三年前と言えば、吾郎は二年間のインターンを終えて独り立ちの医者になったばかりだった。それほど多くの手術をした訳ではないが、それでもかなりの数のオペはやった。若い医師に経験と技術をつけさせる為に教室では積極的に施術させていた。無論、講師や先輩や助教が付き添ったり立ち会ったりしたが、実際にメスを握ったのは駆け出しの医師や研修医が中心だった。
「君、名前は何と言うんだ?」
「今の名前?それとも以前の名前?」
「と言うと?」
「手術を受けた時、あたし、結婚していたの。その時の名前は相原優よ。どう?思い出してくれた?」
そう言われても、吾郎には思い出すべき記憶が無かった。大体が、手術した患者の名前や顔など、余程のことが無い限り憶えて置くことはない。
「あたし、手術の後、別れたの、夫と・・・」
「別れた?」
「うん。先生だから全部話しちゃうけど・・・」
「どうして別れたんだ?」
「結婚して一年以上も経っていたんだけど、手術したら三カ月で逃げられちゃったの」
「逃げられた?・・・酷い男だな」
「手術をした後、全然面白くない、って」
「面白くない?」
「あれが詰まらなくなった、って言うの」
「あれ?」
「嫌ぁね先生、女のあたしにそんなことまで言わせるの?」
紗友里は吾郎の顔を見てけらけらと嗤った。その嗤いを聞いて彼は、紗友里がセックスのことを言って居るのだと理解した。
「あたしは申し訳ないと思ったんだけど、動かないんだからどうしようもなかった」
「・・・・・」
「面白くない分、一生懸命に尽くしたんだけど、駄目だったわ」
吾郎は今し方の満たされぬもどかしさを思い起こした。
あれでは男が飽いて来るのも無理はないかな?・・・
「あの人もあたしも、もの凄く愛し合っていたの」
紗友里は遠くを見る眼差しで言った。
「でも、彼が他の女を知ってしまってから・・・仕方無いわよ、あたしがこんな躰になってしまったから」
確かに、別の女を知ったら去って行くかもしれないな、と吾郎は改めて思った。
「じゃ、それから?」
「夫に逃げられた後、ぐれたのね。会社を辞めて酒やたばこを覚えて、おまけに自殺までやっちゃって」
「自殺?」
「夫宛に遺書を書いて薬を呑んだの。でも助けられて未遂に終わっちゃった・・・」
「逃げた男のことが忘れられなかった、と言う訳か?」
紗友里はそれには直接答えずに話を続けた。
「後はもう崩れっ放しで、ずっと一人よ・・・一人で男漁りをしているの」
「然し、君は未だ若いんだし・・・」
「駄目よ。みんなあたしの躰のことを知らないで近づくんだから・・・」
「・・・・・」
「男と女はやっぱりあれが上手く行かなかったら駄目なのよ。幾ら、好きだ、愛している、って言ったって、一度寝るとみんな逃げ去って行ったからね。誰も二度とあたしを抱かなかったわ」
「それで男漁りを続けているのか?」
「そう。これでもか、これでもか、って・・・その内、こんなあたしでも良い、って言ってくれる人が現れるかも知れないしね」
「然し・・・」
「でも、先生と逢えたから、もう必要ないかもね」
「俺と?」
「だって、先生は逃げないでしょう?」
「逃げない?」
「あたしをこんな躰にしたのは先生よ」
「だから誘ったのか?」
「そう。怒った?」
吾郎はやり切れない気持になって来た。
「逃げる気なの?狡いわ。それとも、あたしが怖いの?」
「そんなことは無いが・・・それで、痛みは未だ在るのか?」
「もう無くなったけど・・・でも、痛い方が良かった」
「何故?」
「だって、あのままなら大好きだった夫と別れなくて済んだし、こんな男漁りもせずに済むし、もっと良いことがいっぱい有っただろうし・・・」
「然し、あのまま放って置けば痛みは酷くなるばかりだった」
「ねえ、もう済んだことは仕方無いわ。それより、この脚の此処、もう一度動くようにはならないの?」
「股が?」
「そう、これくらいで良いから、股を拡げたいの」
紗友里は両手で十センチくらいの幅を作った。
「駄目?」
「今更言われても・・・」
「出来ないの?」
「痛みは無くなったんだし、外見からは殆ど判らないんだから・・・」
「それはお医者さんの理屈よ」
「医者の?」
「そうよ。患者になったことが無いんだから、解らないわよね」
「・・・・・」
紗友里が吾郎に対してだけでなく、男そのものに復讐しているのは明らかだった。
彼は何か重大な過ちを犯した気持に捉われた。
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