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第二話 魅せられて
②聡介、ゴルフ場で息を飲む美女と出逢う
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それは聡介が二十五歳の夏のことだった。
聡介は「今どきの珍しい成功者」を口癖にする大企業の社長から、毎週末を軽井沢のゴルフクラブで過ごすことが出来るゲストカードを贈られた。そこで、彼は、或る土曜日にクラブの受付でサインして、当の社長の他に投資先の社長二人を加えた四人で午後からゴルフを始めた。
その日は、日頃から聡介が良く抱く束の間の印象が幾つも交錯しながら去来する奇妙な一日となった。
当の社長が十五番ホールのグリーン近くで見失ったボールが元で、ちょっとした出来事が起きた。四人がびっしり生い茂ったラフの草叢の中を探していると、突然、後ろの丘の向こうから危険球を知らせる「フォア―!」と言う大きな声が聞こえて来た。四人が頭を挙げて振り返った瞬間、いきなり、真新しいボールがスライスしながら飛んで来て、社長の肩を掠めて過ぎた。
「危ないじゃないか!」
社長が怒声を上げた。
と、声と同時に頭が一つ、丘の向こうから現れた。
「此方を先にやらせて頂けないかしら?」
「君のボールが儂の肩を掠めたんだぞ!」
色を成して社長が言った。
「あら、本当?」
娘が四人の一団に近づいて来た。
「ご免さない!あたし、フォア―って叫んだ筈よ」
彼女は男たち一人一人をさり気なく見遣ってから、フェアウエイに視線を落としてボールの所在を入念に捜し始めた。
「ラフに飛び込んじゃったのかな?」
間も無く、彼女のパートナーが現れてボールは見つかった。
「此処に在るわよ」
「あら、そう。ちゃんとグリーンに乗る筈だったのに、おかしなものにぶつけちゃった」
彼女が五番アイアンを使って短いショットを打つ為にスタンスを構えた時、聡介はその姿をまじまじと眺めやった。襟首と肩に白い縁が付いている青いシャツが、日焼けした肌の小麦色を一際鮮やかに引き立てていた。情熱的な眼の色や口をきゅっとへの字に結ぶ貌は息を呑むほどに美しかった。頬の紅味が絵画の色調のように全体の感じの基調を成して居て、眼は甘美な悲哀の色を湛えているのに、全体的には激しい生命、燃焼する活力と言う感じであった。情熱の炎とも言えるような輝きの中に、大勢の男に果てしない苦悩を味わわせる悪魔的なものが宿っていた。
彼女が苛立たしそうな様子で無造作に五番アイアンを振ると、ボールはグリーンを越えて向う側のバンカーに入ってしまった。彼女は素早く形ばかりの微笑を浮かべ、お座なりに「どうも」と言い残して、ボールの後を追って行った。
聡介たちはそれからも、次のティーで先を行く彼女がセカンド・ショットを打つまでの間、ちょっと待たされた。
「それにしても美人だ!」
別の社長が言った。
「美人だと?」
当の社長が吐き捨てるように断じた。
「四六時中抱いて貰いたい、というような貌をしているじゃないか」
もう一人の社長が言った。
「彼女、その気になればゴルフもかなり良い線を行くんじゃないかね」
「フォームがなっとらん!」
別の社長が聡介にウインクしながらこの話を締め括った。
「スタイルが抜群だったな!」
聡介は「今どきの珍しい成功者」を口癖にする大企業の社長から、毎週末を軽井沢のゴルフクラブで過ごすことが出来るゲストカードを贈られた。そこで、彼は、或る土曜日にクラブの受付でサインして、当の社長の他に投資先の社長二人を加えた四人で午後からゴルフを始めた。
その日は、日頃から聡介が良く抱く束の間の印象が幾つも交錯しながら去来する奇妙な一日となった。
当の社長が十五番ホールのグリーン近くで見失ったボールが元で、ちょっとした出来事が起きた。四人がびっしり生い茂ったラフの草叢の中を探していると、突然、後ろの丘の向こうから危険球を知らせる「フォア―!」と言う大きな声が聞こえて来た。四人が頭を挙げて振り返った瞬間、いきなり、真新しいボールがスライスしながら飛んで来て、社長の肩を掠めて過ぎた。
「危ないじゃないか!」
社長が怒声を上げた。
と、声と同時に頭が一つ、丘の向こうから現れた。
「此方を先にやらせて頂けないかしら?」
「君のボールが儂の肩を掠めたんだぞ!」
色を成して社長が言った。
「あら、本当?」
娘が四人の一団に近づいて来た。
「ご免さない!あたし、フォア―って叫んだ筈よ」
彼女は男たち一人一人をさり気なく見遣ってから、フェアウエイに視線を落としてボールの所在を入念に捜し始めた。
「ラフに飛び込んじゃったのかな?」
間も無く、彼女のパートナーが現れてボールは見つかった。
「此処に在るわよ」
「あら、そう。ちゃんとグリーンに乗る筈だったのに、おかしなものにぶつけちゃった」
彼女が五番アイアンを使って短いショットを打つ為にスタンスを構えた時、聡介はその姿をまじまじと眺めやった。襟首と肩に白い縁が付いている青いシャツが、日焼けした肌の小麦色を一際鮮やかに引き立てていた。情熱的な眼の色や口をきゅっとへの字に結ぶ貌は息を呑むほどに美しかった。頬の紅味が絵画の色調のように全体の感じの基調を成して居て、眼は甘美な悲哀の色を湛えているのに、全体的には激しい生命、燃焼する活力と言う感じであった。情熱の炎とも言えるような輝きの中に、大勢の男に果てしない苦悩を味わわせる悪魔的なものが宿っていた。
彼女が苛立たしそうな様子で無造作に五番アイアンを振ると、ボールはグリーンを越えて向う側のバンカーに入ってしまった。彼女は素早く形ばかりの微笑を浮かべ、お座なりに「どうも」と言い残して、ボールの後を追って行った。
聡介たちはそれからも、次のティーで先を行く彼女がセカンド・ショットを打つまでの間、ちょっと待たされた。
「それにしても美人だ!」
別の社長が言った。
「美人だと?」
当の社長が吐き捨てるように断じた。
「四六時中抱いて貰いたい、というような貌をしているじゃないか」
もう一人の社長が言った。
「彼女、その気になればゴルフもかなり良い線を行くんじゃないかね」
「フォームがなっとらん!」
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「スタイルが抜群だったな!」
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