京都慕情

相良武有

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第十三話 縁の愛

④「ねえ、あたしに勉強を教えてくんない?」

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 翌くる日の午後、香織は東京行きの新幹線に乗った。あの長いスカートは身に着けず、洗い晒しのジーパンを履いていた。東京には父親が赴任している。兄も住んで居る。月に一度しか香織の元へ帰って来ない父親に、半月に一度ほどしか電話を呉れない兄に、兎に角、香織は逢いたかった。彼女は小さなボストンバッグを足元に置き車窓に顔をつけて、流れ行く京都の風景に視線を彷徨わせた。
香織は思っていた。
もしも昨日、聡亮に会わなかったら、今日、この列車に乗らなかったかも知れない。彼は男らしい少年に成長していた。心底から私のことを思い、懸命に叱ってくれた・・・
香織の胸に熱いものが込み上げて来た。

 父親に会って東京から帰って以降、香織の中で何かが少しずつ変わり始めた。相変わらずジーンズのジャケットにロングスカートという伊出達は変わらなかったが、頭の中の意識や胸の中の思いが変わって行くのが自分でも解った。
ビリギャルだって猛勉強して東京の有名大学に受かったんだ、私にだって出来ない訳じゃ無い・・・
だが、二年近くの間、途中で居眠りするなどして授業さへ真面に聞いていなかった香織にいきなり受験勉強が出来る訳がなかった。
或る日、授業が終わると直ぐに、彼女は聡亮を何日かの市営公園へ誘い出した。
「ねえ、あたしに勉強を教えてくんない?」
「えっ?」
聡亮は学年全体で上位五本の指に入る秀才となり、国立大学を目指して受験勉強に明け暮れていた。
「何を言っているんだ?急に・・・」
「勉強するのよ、あたしも」
「どうしたんだ?また」
「勿論、大学へ入る為よ、あんたと同じように、さ」
「本気で言っているのか?・・・真実にマジか?」
「本気だったら、教えてくれるのか?」
聡亮はまじまじと香織の顔を凝視した。香織も聡亮に負けず劣らずの強い視線で彼を見返した。
「よし、分った。本気でやるんなら、俺で良けりゃ、出来る限りの協力はするよ」
「出来る限りじゃなく、とことん最大限、力を貸してよ、ねぇ!」
「中間テストや期末試験と違って、受験勉強は一夜漬けでは駄目だぞ、良いな!」
「うん、解かっている」
 その日から聡亮との二人三脚による香織の猛勉強が始まった。
「良いか、先ずはとことん憶えることだ。何が何でも丸暗記するんだ」
「丸暗記?」
「そうだよ、其処からがスタートだ」
そして、聡亮は「俺の勉強が丸切り出来ないじゃないかよ」と文句を言いながらも、毎日、香織に発破をかけつつ丁寧に教えた。
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