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第十二話 再びの共生
⑤話のネタは尽きない様であった
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そして、直ぐに次の話題に切り替えて行った。話のネタは尽きないようであった。
「母さんは歌が好きだったなぁ。中学校の先生には珍しく歌謡曲が好きだった」
「それも青春歌謡と股旅ものが好きだったのよね」
「ああ、そうだな。フォークソングやポップス、或は、ムード歌謡や演歌なんかはあまり好きじゃなかった。それに、自分と同じようなハスキーボイスの女性歌手の歌は好まなかった。その辺は父さんとはちょっと違っていた」
「でも、お父さんも歌は大好きだったじゃない」
「ああ、好きだった。リビングに大きなカラオケセットを据えて家族で良く唄い合ったものだ。母さんは唄うことがとても好きで真実に上手かったからな」
「でも、それは皆、もう済んでしまった昔のことだわね」
「そうとも、何もかも昔々のことだ」
それから、植木は、暫くの間、グラスに手をつけようともせずに窓の外を眺め続けた。
その肩を娘が軽く叩いて言った。
「サンドイッチでも作ろうか、お父さん」
「いや、昼飯が遅かったので、食べて間が無いから、腹は空いとらんよ、未だ」
「ねえ、あまり思い出話に耽るのは考えものだわ、お父さん。決まって気持ちを昂ぶらせてしまうんだから。もう、みんな終わったんだから」
「そう、あれから暫くして全てが終わってしまったんだ」
娘が見るとグラスの中は空っぽだった。彼女は空のグラスを父親の手から取ると、バーボンを少し氷に振りかけてソーダ―をたっぷりと注いだ。自分にもスコッチのオンザロックを作ると、彼女は父親のもとに戻って来た。
父が一際小さくなったように見えた。彼はひっそりと座っていた。
不意に植木が言った。
「母さんは何故、儂をあれ程までに拒絶したんだろうな?」
「止しましょう、お父さん、そんな大昔の話は」
「儂が真実に悪かったのか?・・・儂がそんなに理解出来なかったのか、母さんは?・・・」
「それは、何方も何方、だったのではなかったのかな」
「何方も何方、だって?」
「ええ。何日だったか、お父さんが、会社の何十周年かの記念式典で司会を務めたことがあったでしょう?」
「ああ。あれは儂が総務課長の時だったから、お前たちが小学校へ入った頃くらいだったと思うが、あの時は社員の家族もみんな同伴だったんだな。で、それがどうかしたのか?」
「あの時、仕事の場で活き活きと輝いているお父さんを見て私も弟も、格好良いな、って思ったんだけど、でも、お母さんには何か違和感が在ったみたいよ」
「と言うと、どういうことだ?」
「家の中ではお母さんに柔順で協力的で無口なお父さんの姿との違いに、その落差に、お母さんは戸惑ったんじゃないのかな」
「然し、それは・・・」
「お母さんは食べ物の好き嫌いもはっきりしていた。食べず嫌いな処も有って箸も付けないこともあった」
「儂は仮令嫌いな物でも一度は食べてみたよ。だって、買って来た人や作ってくれた人に申し訳ないだろうからな」
「潔癖症で割と意固地な性格だったお母さんと、価値観や人生観の根幹に関わる部分ではガンとして自分を曲げなかったお父さんと、何方も何方、だったのよね、きっと」
「母さんのそういった諸々の部分を理解出来なかった儂が結婚欠格者だったということか?」
「欠格者とまでは言わないけれど、要するに、何方も何方、だったのよ。お蔭で、わたしも結婚に失敗してしまったけれど、ね」
空はすっかり暗くなり、公園の彼方にビルの灯が瞬き始めていた。
「ねえ、夕飯まで、テレビでも観たら?」
娘が静かに声をかけた。植木は彼女に背を向けている。
「ねえ、そうしたら?未だ二時間近くも有るから」
植木はグラスの氷をカチンと鳴らして言った。
「いや、此処にもう暫く座っているよ。此処で公園の灯が燈り始めるのを眺めている方が良いよ」
「母さんは歌が好きだったなぁ。中学校の先生には珍しく歌謡曲が好きだった」
「それも青春歌謡と股旅ものが好きだったのよね」
「ああ、そうだな。フォークソングやポップス、或は、ムード歌謡や演歌なんかはあまり好きじゃなかった。それに、自分と同じようなハスキーボイスの女性歌手の歌は好まなかった。その辺は父さんとはちょっと違っていた」
「でも、お父さんも歌は大好きだったじゃない」
「ああ、好きだった。リビングに大きなカラオケセットを据えて家族で良く唄い合ったものだ。母さんは唄うことがとても好きで真実に上手かったからな」
「でも、それは皆、もう済んでしまった昔のことだわね」
「そうとも、何もかも昔々のことだ」
それから、植木は、暫くの間、グラスに手をつけようともせずに窓の外を眺め続けた。
その肩を娘が軽く叩いて言った。
「サンドイッチでも作ろうか、お父さん」
「いや、昼飯が遅かったので、食べて間が無いから、腹は空いとらんよ、未だ」
「ねえ、あまり思い出話に耽るのは考えものだわ、お父さん。決まって気持ちを昂ぶらせてしまうんだから。もう、みんな終わったんだから」
「そう、あれから暫くして全てが終わってしまったんだ」
娘が見るとグラスの中は空っぽだった。彼女は空のグラスを父親の手から取ると、バーボンを少し氷に振りかけてソーダ―をたっぷりと注いだ。自分にもスコッチのオンザロックを作ると、彼女は父親のもとに戻って来た。
父が一際小さくなったように見えた。彼はひっそりと座っていた。
不意に植木が言った。
「母さんは何故、儂をあれ程までに拒絶したんだろうな?」
「止しましょう、お父さん、そんな大昔の話は」
「儂が真実に悪かったのか?・・・儂がそんなに理解出来なかったのか、母さんは?・・・」
「それは、何方も何方、だったのではなかったのかな」
「何方も何方、だって?」
「ええ。何日だったか、お父さんが、会社の何十周年かの記念式典で司会を務めたことがあったでしょう?」
「ああ。あれは儂が総務課長の時だったから、お前たちが小学校へ入った頃くらいだったと思うが、あの時は社員の家族もみんな同伴だったんだな。で、それがどうかしたのか?」
「あの時、仕事の場で活き活きと輝いているお父さんを見て私も弟も、格好良いな、って思ったんだけど、でも、お母さんには何か違和感が在ったみたいよ」
「と言うと、どういうことだ?」
「家の中ではお母さんに柔順で協力的で無口なお父さんの姿との違いに、その落差に、お母さんは戸惑ったんじゃないのかな」
「然し、それは・・・」
「お母さんは食べ物の好き嫌いもはっきりしていた。食べず嫌いな処も有って箸も付けないこともあった」
「儂は仮令嫌いな物でも一度は食べてみたよ。だって、買って来た人や作ってくれた人に申し訳ないだろうからな」
「潔癖症で割と意固地な性格だったお母さんと、価値観や人生観の根幹に関わる部分ではガンとして自分を曲げなかったお父さんと、何方も何方、だったのよね、きっと」
「母さんのそういった諸々の部分を理解出来なかった儂が結婚欠格者だったということか?」
「欠格者とまでは言わないけれど、要するに、何方も何方、だったのよ。お蔭で、わたしも結婚に失敗してしまったけれど、ね」
空はすっかり暗くなり、公園の彼方にビルの灯が瞬き始めていた。
「ねえ、夕飯まで、テレビでも観たら?」
娘が静かに声をかけた。植木は彼女に背を向けている。
「ねえ、そうしたら?未だ二時間近くも有るから」
植木はグラスの氷をカチンと鳴らして言った。
「いや、此処にもう暫く座っているよ。此処で公園の灯が燈り始めるのを眺めている方が良いよ」
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