44 / 83
第八話 恋のさや当て
②純に恋する圭一
しおりを挟む
純が田村圭一と平安神宮の表参道を並んで歩いていた。
「女優なんかいつまでやって居る心算なんだ?」
「女優なんか、って何よ。これでも難しい試験にも通ったし、養成所を卒業した時も、ちゃんと劇団に残されたんだからね。エリートよ」
「幼なじみの誼で、嫁に行きそびれるぞ、って忠告しているんだよ」
「降るほど縁談があって困って居ります」
「えっ?真実なのか?」
「嘘よ、嘘。てんで有りません」
「そうか・・・」
「どうしたの?」
「いや、別に何でも無い。な、時間があるなら、うちのブティックにちょっと寄って行かないか?」
室町三条に在る圭一のブティックの工房には十数枚のドレスがハンガーに垂れ下がっていた。どれもが、ドレスの絵柄と言う従来の観念から食み出して、斬新さに満ちているように純には思えた。
純が圭一に訊ねた。
「これ、あなたのデザイン?」
「うん」
「良いセンスだわねぇ、凄く良いと思うわ。何と言う名前?」
「恋の雫、です」
「はあ~ん」
圭一が感心したように純に言った。
「君、結構、ファッションデザインに興味があるんじゃない?」
「無いわよ。姉ちゃんのファッションに対する執念を尊敬しているから、同じことをやったら、劣等感に晒されるだけよ。あなただって、ファッションデザインの草分けで神様的存在のお父様が偉過ぎるのって、邪魔にならない?」
「君ほど負けず嫌いじゃないし、ファッションが好きだから、一応、自分の環境に感謝しているよ」
「あなたはのんびりと幸せに育ったのね。ところで、このドレス、幾らで売るの?」
「三十万は頂かないと・・・」
「へ~え」
「自分のデザインしたドレスの値を下げると、自分の気持まで下がるような気がするからね」
「それは未だ自分の仕事に自身が無い所為じゃ無いの?」
「そうとも言えるかも知れないな」
同じ頃、四条河原町の綾香の旗艦店では、若い娘が艶やかなウェディング・ドレスを洋服の上から胸に宛てて姿見に映していた。その傍に娘の母親と綾香が立っていた。
「わあっ、良いわ、これ!」
「そうね、でも、お父様が吃驚なさらないかしら?」
「良いわよ。私がこれで良いんだから」
綾香は、その派手なデザインの似合う娘の若さに羨望した。
「お嬢様の若さにぴったりですわ」
母親は未だ懸念が拭えない様子だった。
「そうでしょうか?」
「そうよ、ぴったりなのよ、初めからこれが似合うと思ったのよ、私」
「この娘がこれで良いと言うのなら・・・。なにしろ此方のでないと嫌だと申しましてね」
「それは、それは、とても光栄ですわ。ありがとうございます」
綾香は丁寧に頭を下げた。
「では、万事宜しくお願い致します」
「はい、畏まりました」
母親と娘は屈託無げに店を出て行った。
綾香は後姿を見送りながら、ふと、妹のことを考えた。
純もああなのかしら・・・若いってやっぱり羨ましいわねぇ・・・
三カ月後、綾香の工房で、彼女は圭一と並んで腰かけ、彼のデザインしたドレスを見上げていた。新しい感覚と情感に溢れたデザインであった。
「僕は親父の仕事を乗り越えて、何か新しいものを掴みたいと、夢中でやって来たんです」
「そうねぇ。お父様のお仕事は律儀で折り目正しくて、古典的な美しさも匂っているけど、あなたのは真実に大胆で、立体感が豊富に採り入れられていて・・・こうやって見ていると、音楽が感じられそうだわ」
「お世辞じゃないですよ、ね」
「まさか・・・」
「僕、デザインコンテストで賞を貰ってから、自信が出来たんです」
暫し二人は黙って吊るされているドレスを見やった。
「昔、何とか言う王妃が着たとか有名な女優が着たとかいうエレガントで豪華なドレスやカジュアルで清楚なドレスが残されていますよね。然し、僕にはどうしてもそれを着た女性の顔や躰が浮かんで来ないんです。唯、それを創ったデザイナーや職人などの執念みたいなものだけがドレスからめらめらと燃え上がって居るような気がするんです。ドレスは女性を美しく見せる為に創られた筈なのに、真実に良いドレス、美しいドレスは、着る女性たちに勝ってしまうんです。どうせドレスを創るのなら、ドレスの美しさに負けないで、それと闘って組み伏せてしまうほど個性の強い人に着熟して欲しいと思うんです」
「その思い、よく解るわ」
「僕、純ちゃんに再会してから、どのドレスデザインも皆、純ちゃんを頭に描いて書いてしまうんで、困っているんです、今・・・」
「えっ、真実に?そうまで思われて、純も幸せね」
「僕、彼女、女優を続けてくれて良いんです」
「それで?」
「僕と結婚して欲しいんです」
「そう、それで純は何と言っているの?」
「未だはっきりとは僕の思いを伝えていないんです、それと無くは言いましたが・・・お姉さんはどう思われます?」
「そうね・・・あなたは私と同じ仕事の、新しい時代の旗手だと思うから、とても嬉しいわ」
「女優なんかいつまでやって居る心算なんだ?」
「女優なんか、って何よ。これでも難しい試験にも通ったし、養成所を卒業した時も、ちゃんと劇団に残されたんだからね。エリートよ」
「幼なじみの誼で、嫁に行きそびれるぞ、って忠告しているんだよ」
「降るほど縁談があって困って居ります」
「えっ?真実なのか?」
「嘘よ、嘘。てんで有りません」
「そうか・・・」
「どうしたの?」
「いや、別に何でも無い。な、時間があるなら、うちのブティックにちょっと寄って行かないか?」
室町三条に在る圭一のブティックの工房には十数枚のドレスがハンガーに垂れ下がっていた。どれもが、ドレスの絵柄と言う従来の観念から食み出して、斬新さに満ちているように純には思えた。
純が圭一に訊ねた。
「これ、あなたのデザイン?」
「うん」
「良いセンスだわねぇ、凄く良いと思うわ。何と言う名前?」
「恋の雫、です」
「はあ~ん」
圭一が感心したように純に言った。
「君、結構、ファッションデザインに興味があるんじゃない?」
「無いわよ。姉ちゃんのファッションに対する執念を尊敬しているから、同じことをやったら、劣等感に晒されるだけよ。あなただって、ファッションデザインの草分けで神様的存在のお父様が偉過ぎるのって、邪魔にならない?」
「君ほど負けず嫌いじゃないし、ファッションが好きだから、一応、自分の環境に感謝しているよ」
「あなたはのんびりと幸せに育ったのね。ところで、このドレス、幾らで売るの?」
「三十万は頂かないと・・・」
「へ~え」
「自分のデザインしたドレスの値を下げると、自分の気持まで下がるような気がするからね」
「それは未だ自分の仕事に自身が無い所為じゃ無いの?」
「そうとも言えるかも知れないな」
同じ頃、四条河原町の綾香の旗艦店では、若い娘が艶やかなウェディング・ドレスを洋服の上から胸に宛てて姿見に映していた。その傍に娘の母親と綾香が立っていた。
「わあっ、良いわ、これ!」
「そうね、でも、お父様が吃驚なさらないかしら?」
「良いわよ。私がこれで良いんだから」
綾香は、その派手なデザインの似合う娘の若さに羨望した。
「お嬢様の若さにぴったりですわ」
母親は未だ懸念が拭えない様子だった。
「そうでしょうか?」
「そうよ、ぴったりなのよ、初めからこれが似合うと思ったのよ、私」
「この娘がこれで良いと言うのなら・・・。なにしろ此方のでないと嫌だと申しましてね」
「それは、それは、とても光栄ですわ。ありがとうございます」
綾香は丁寧に頭を下げた。
「では、万事宜しくお願い致します」
「はい、畏まりました」
母親と娘は屈託無げに店を出て行った。
綾香は後姿を見送りながら、ふと、妹のことを考えた。
純もああなのかしら・・・若いってやっぱり羨ましいわねぇ・・・
三カ月後、綾香の工房で、彼女は圭一と並んで腰かけ、彼のデザインしたドレスを見上げていた。新しい感覚と情感に溢れたデザインであった。
「僕は親父の仕事を乗り越えて、何か新しいものを掴みたいと、夢中でやって来たんです」
「そうねぇ。お父様のお仕事は律儀で折り目正しくて、古典的な美しさも匂っているけど、あなたのは真実に大胆で、立体感が豊富に採り入れられていて・・・こうやって見ていると、音楽が感じられそうだわ」
「お世辞じゃないですよ、ね」
「まさか・・・」
「僕、デザインコンテストで賞を貰ってから、自信が出来たんです」
暫し二人は黙って吊るされているドレスを見やった。
「昔、何とか言う王妃が着たとか有名な女優が着たとかいうエレガントで豪華なドレスやカジュアルで清楚なドレスが残されていますよね。然し、僕にはどうしてもそれを着た女性の顔や躰が浮かんで来ないんです。唯、それを創ったデザイナーや職人などの執念みたいなものだけがドレスからめらめらと燃え上がって居るような気がするんです。ドレスは女性を美しく見せる為に創られた筈なのに、真実に良いドレス、美しいドレスは、着る女性たちに勝ってしまうんです。どうせドレスを創るのなら、ドレスの美しさに負けないで、それと闘って組み伏せてしまうほど個性の強い人に着熟して欲しいと思うんです」
「その思い、よく解るわ」
「僕、純ちゃんに再会してから、どのドレスデザインも皆、純ちゃんを頭に描いて書いてしまうんで、困っているんです、今・・・」
「えっ、真実に?そうまで思われて、純も幸せね」
「僕、彼女、女優を続けてくれて良いんです」
「それで?」
「僕と結婚して欲しいんです」
「そう、それで純は何と言っているの?」
「未だはっきりとは僕の思いを伝えていないんです、それと無くは言いましたが・・・お姉さんはどう思われます?」
「そうね・・・あなたは私と同じ仕事の、新しい時代の旗手だと思うから、とても嬉しいわ」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ルビコンを渡る
相良武有
現代文学
人生の重大な「決断」をテーマにした作品集。
人生には後戻りの出来ない覚悟や行動が在る。独立、転身、転生、再生、再出発などなど、それは将に人生の時の瞬なのである。
ルビコン川は古代ローマ時代にガリアとイタリアの境に在った川で、カエサルが法を犯してこの川を渡り、ローマに進軍した故事に由来している。
モザイク超短編集
相良武有
現代文学
人生のひと時の瞬く一瞬を鮮やかに掬い取った超短編集。
出逢い、別れ、愛、裏切り、成功、挫折、信頼、背信、期待、失望、喜び、哀しみ、希望、絶望・・・
切り詰めた表現が描き出す奥深い人生の形。人生の悲喜交々が凝縮された超短編ならではの物語集。
大人への門
相良武有
現代文学
思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。
が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。
人生の時の瞬
相良武有
現代文学
人生における危機の瞬間や愛とその不在、都会の孤独や忍び寄る過去の重みなど、人生の時の瞬を鮮やかに描いた孤独と喪失に彩られた物語。
この物語には、細やかなドラマを生きている人間、歴史と切り離されて生きている人々、現在においても尚その過去を生きている人たち等が居る。彼等は皆、優しさと畏怖の感覚を持った郷愁の捉われ人なのである。
半欠けの二人連れ達
相良武有
現代文学
割烹と現代料理の店「ふじ半」の厨房から、店へやって来る客達の人生の時の瞬を垣間見る心揺するハートフルな物語の幾つか・・・
人は誰しも一人では不完全な半人前である。信頼し合う二人が支え合い補い合って漸く一人前になる。「半欠け」の二人が信じ合い解り合って人生を紡いで行く・・・
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
詩集「支離滅裂」
相良武有
現代文学
青春、それはどんなに奔放自由であっても、底辺には一抹の憂愁が沈殿している。強烈な自我に基づく自己存在感への渇望が沸々と在る。ここに集められた詩の数々は精神的奇形期の支離滅裂な心の吐露である。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる