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第五話 遠回り
③瑠美、看護学校卒業後、見習看護師になる
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瑠美は高校二年の夏休みに、学校の直ぐ近くに在る介護老人医療施設を慰問するボランティア活動に誘われて参加した。
前日から折紙や色紙で鶴や飛行機や船などを作り、当日は朝から会場の飾り付けをした。そして、三々五々集まった三十名余りのお年寄達と懐かしの小学唱歌や叙情歌を唄い、施設の給食ではあったが、昼食を共にして、パーティは和やかに愉しく進行した。
昼食を一緒に摂った同じテーブルのお婆さん達が、瑠美の手を取らんばかりにして言った。
「皆がこんなに明るい顔で笑っているのを見るのは、本当に久し振りよ。みんなあなた達のお陰ね、有難う、ね」
「そうよ、そうよ、本当よ!」
お婆さんたちの眼にはうっすらと涙が滲んでいるようであった。
「いえ、そんな・・・」
お婆さん達の泣き笑いの顔を見て、瑠美は目頭が熱くなりその後の言葉が継げなかった。
スナップ写真を撮り全員で記念撮影をしてパーティは終焉し、最後に介護士や看護師さん達とミーティングをして一日が終わった。
瑠美たちが当日覚えた感動を口にすると、彼女達は言った。
「私たちも一生懸命に介護や看護を続けているけれど、これが仕事になっていると毎日の日常生活に感情が埋没してしまって、患者さんも此方も、喜びを顔に表したり、態度で示したりすることが無くなってしまうんです。でも、私たちは、きっと解って貰えている、そう信じて毎日やっているんです」
「私はこの施設の訪問看護ステーションで働いているのだけれど、訪問看護師として、その人の住み慣れた家で、その人のペースに合わせた療養生活を支えることで、病院や施設とは一味違うケアやアプローチの仕方を学んだの。自宅で最期を迎える人やその家族のケアに携わる機会も増えて来て、私自身も多くの命に見守られ助けられて暮らしていることを感じるようになったの。疾患や障害を持ちながらも逞しく暮らしている人達から多くのことを学び励まされているのよ、ね」
瑠美は、その時、心身の不自由な患者さんだけでなく、その家族を初め色んな他者から信頼される看護師の仕事というものに初めて思いを至らせた。身体の悪い人、不自由な人の手助けをし、心の支えにもなっている看護師の職業を素晴しい仕事だと理解した。
心身の不自由なお年寄と身近に接し、他者を思い遣ることの大事さを実感したのが、このボランティアの体験学習であった。
瑠美は高校を卒業した後、京都看護専門学校の三年課程へ進んだ。身体の悪い人、不自由な人の手助けをしたい、支えになれるものなら少しでも役に立ちたい、そんな思いで看護師を志した。一年半前のボランティアの体験学習がその大きな動機となった。
看護専門学校を修了した瑠美は直ぐに見習看護師の仕事に付いたが、その仕事は想像していた以上に大変であった。若い瑠美でも並大抵の仕事ではなかった。
大きな総合病院である「京都医療センター」の外科に配属された瑠美は、立場は見習いではあっても仕事は一人前を求められた。独身で若い瑠美は、日勤、夜勤の繰り返しが続き、夜勤は月に十日から十五日を数えたし、睡眠時間も一日四時間から五時間程度しか確保出来ず、七時間も寝られるのは極く稀であった。
或る時、瑠美は眠気に耐え切れなくなって、外科病棟のナースステーションで立った儘うとうとと居眠りをした。冷たい物が顔にピシャッと中てられた。吃驚して眼を開けた瑠美の前に二年先輩の看護師が笑顔で立っていた。
「病室には疲れた人が一杯居るのよ。健康なあなたが居眠りしていてどうするの!」
瑠美が始めて看護師の仕事を自覚した一瞬であった。
外科病棟には広い廊下を挟んで、両側に幾つもの病室が並んでいる。寝静まった病棟で看護師詰所だけが、明々と電気が点いている。先輩がカルテを調べ、投薬を手にして詰所を出ようとした時、病室からのインターフォンが鳴った。
「どうしました?・・・イ、直ぐ行きます」
瑠美の方を振り向いて先輩が言った。
「何ぐずぐずしているの!さあ、行くわよ」
「あ、はい」
瑠美も直ぐに先輩の後に従った。
処置を終えて二人が詰所へ戻り一息ついた時、ベテランの看護師が瑠美に言った。
「私の祖父はもう八十五歳になるのだけど、未だ元気に生きているの。でも昔はとても身体が弱くてね、長い間ずうっと入院していたの。その時、父や母や家族の者が誰一人病院に行けない時でも、病院の人達が一生懸命祖父を護ってくれたの。祖父が今元気に生きていられるのもその人達のお陰だと私は感謝しているし、今その恩返しをする心算でこの仕事をしているの。今とっても重い病気の人でも、いつかきっと、家族の人達と一緒に楽しく笑って話が出来るようになると信じてやっているの。私も頑張るからあなたも頑張ってね」
瑠美は、志した初心をしっかり胸に刻んで、全ては患者さんの幸せの為に、と言える一人前の看護師に早くなろうと心に深く決めた。
前日から折紙や色紙で鶴や飛行機や船などを作り、当日は朝から会場の飾り付けをした。そして、三々五々集まった三十名余りのお年寄達と懐かしの小学唱歌や叙情歌を唄い、施設の給食ではあったが、昼食を共にして、パーティは和やかに愉しく進行した。
昼食を一緒に摂った同じテーブルのお婆さん達が、瑠美の手を取らんばかりにして言った。
「皆がこんなに明るい顔で笑っているのを見るのは、本当に久し振りよ。みんなあなた達のお陰ね、有難う、ね」
「そうよ、そうよ、本当よ!」
お婆さんたちの眼にはうっすらと涙が滲んでいるようであった。
「いえ、そんな・・・」
お婆さん達の泣き笑いの顔を見て、瑠美は目頭が熱くなりその後の言葉が継げなかった。
スナップ写真を撮り全員で記念撮影をしてパーティは終焉し、最後に介護士や看護師さん達とミーティングをして一日が終わった。
瑠美たちが当日覚えた感動を口にすると、彼女達は言った。
「私たちも一生懸命に介護や看護を続けているけれど、これが仕事になっていると毎日の日常生活に感情が埋没してしまって、患者さんも此方も、喜びを顔に表したり、態度で示したりすることが無くなってしまうんです。でも、私たちは、きっと解って貰えている、そう信じて毎日やっているんです」
「私はこの施設の訪問看護ステーションで働いているのだけれど、訪問看護師として、その人の住み慣れた家で、その人のペースに合わせた療養生活を支えることで、病院や施設とは一味違うケアやアプローチの仕方を学んだの。自宅で最期を迎える人やその家族のケアに携わる機会も増えて来て、私自身も多くの命に見守られ助けられて暮らしていることを感じるようになったの。疾患や障害を持ちながらも逞しく暮らしている人達から多くのことを学び励まされているのよ、ね」
瑠美は、その時、心身の不自由な患者さんだけでなく、その家族を初め色んな他者から信頼される看護師の仕事というものに初めて思いを至らせた。身体の悪い人、不自由な人の手助けをし、心の支えにもなっている看護師の職業を素晴しい仕事だと理解した。
心身の不自由なお年寄と身近に接し、他者を思い遣ることの大事さを実感したのが、このボランティアの体験学習であった。
瑠美は高校を卒業した後、京都看護専門学校の三年課程へ進んだ。身体の悪い人、不自由な人の手助けをしたい、支えになれるものなら少しでも役に立ちたい、そんな思いで看護師を志した。一年半前のボランティアの体験学習がその大きな動機となった。
看護専門学校を修了した瑠美は直ぐに見習看護師の仕事に付いたが、その仕事は想像していた以上に大変であった。若い瑠美でも並大抵の仕事ではなかった。
大きな総合病院である「京都医療センター」の外科に配属された瑠美は、立場は見習いではあっても仕事は一人前を求められた。独身で若い瑠美は、日勤、夜勤の繰り返しが続き、夜勤は月に十日から十五日を数えたし、睡眠時間も一日四時間から五時間程度しか確保出来ず、七時間も寝られるのは極く稀であった。
或る時、瑠美は眠気に耐え切れなくなって、外科病棟のナースステーションで立った儘うとうとと居眠りをした。冷たい物が顔にピシャッと中てられた。吃驚して眼を開けた瑠美の前に二年先輩の看護師が笑顔で立っていた。
「病室には疲れた人が一杯居るのよ。健康なあなたが居眠りしていてどうするの!」
瑠美が始めて看護師の仕事を自覚した一瞬であった。
外科病棟には広い廊下を挟んで、両側に幾つもの病室が並んでいる。寝静まった病棟で看護師詰所だけが、明々と電気が点いている。先輩がカルテを調べ、投薬を手にして詰所を出ようとした時、病室からのインターフォンが鳴った。
「どうしました?・・・イ、直ぐ行きます」
瑠美の方を振り向いて先輩が言った。
「何ぐずぐずしているの!さあ、行くわよ」
「あ、はい」
瑠美も直ぐに先輩の後に従った。
処置を終えて二人が詰所へ戻り一息ついた時、ベテランの看護師が瑠美に言った。
「私の祖父はもう八十五歳になるのだけど、未だ元気に生きているの。でも昔はとても身体が弱くてね、長い間ずうっと入院していたの。その時、父や母や家族の者が誰一人病院に行けない時でも、病院の人達が一生懸命祖父を護ってくれたの。祖父が今元気に生きていられるのもその人達のお陰だと私は感謝しているし、今その恩返しをする心算でこの仕事をしているの。今とっても重い病気の人でも、いつかきっと、家族の人達と一緒に楽しく笑って話が出来るようになると信じてやっているの。私も頑張るからあなたも頑張ってね」
瑠美は、志した初心をしっかり胸に刻んで、全ては患者さんの幸せの為に、と言える一人前の看護師に早くなろうと心に深く決めた。
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