翻る社旗の下で

相良武有

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第三章 無念

第33話 福岡支店長は沢木に同情的だった

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 福岡支店長は沢木に同情的だった。
「沢木課長、よく来てくれたね。腹を立てて辞めてしまうのじゃないかと気を揉んだが、いやあ、よく来てくれた、ありがとうよ」
「いえ、支店長から礼を言って戴けるほどの事ではありません。これから心機一転、頑張りますのでどうぞ宜しくお願い致します」
「単身赴任で色々と大変だろうけど、何かあったら遠慮無く言ってくれ給え」
「はい、有難うございます」
沢木は丁重に赴任の挨拶をした。
 沢木は、上の子が中学受験を間近に控え、下の子も二つ違いの男の子だったので、生活環境と受験のことを考慮して単身赴任を決めたのだった。妻の恵子も取り立てて反対はしなかった。
 仕事に就いては、支店長は明快に指示した。
「今、うちの営業は三課とも陣容が整って上手く回転している。暫くこのままで力を着けて行きたいと思う。従って、君には新規顧客の開拓に専念して貰いたいが、どうだ、やって貰えるかね?」
そうか、開発専門で部下無しの一匹狼か、心機一転の再出発には煩わしさも無くて良いかも知れないな・・・暫く一介の営業マンとして自由に活動してみるか・・・沢木はそう思って快く引き受けた。
 福岡は東京に比べれば人も風土ものんびりしていた。心をキリキリさせるぎすぎす感が希薄だった。沢木は東京でのあの不愉快な一件を傍らに終い込んで仕事に精を出した。
最初に沢木は「顧客ニーズに立脚した新規開拓」という基本概念を纏め上げた。
 経済環境は猛スピードで変化している。待っていても仕事は来ない。得意先の課題分析をして、どんどん企画提案をしないと取り残される。改善ではなく改革、変革が求められている。「イノベーション」である。過去を否定し、新しい価値観で自社を見直さなければならない。その為には、自社の常識ではなく「市場の常識」に従うことが必要で、市場が何を求めているのか?それに応えなければならない。何も特別なことをする必要は無い。「当り前のことを当り前にする」これが常勝の鉄則である。これまでは「良いものを安く創れば売れる筈」という論理の上に成り立っていたが、市場では、「良いもの」を「安く」は当り前で、それ以上の付加価値が求められている。
これからは多くの企業が市場への提案能力を高める為に、単に顧客や得意先の不満や課題を解決するだけでなく、理想とする生活や製品を提案するという「付加価値創造型の競争」に入って行く。ポイントは、個別企業が対応している市場は異なったニーズの集合体によって成り立っており、そのニーズの塊に対して、優先順位をつけて自社の経営資源を的確に活用し、対応出来る企業が競争上で優位に立てるということである。市場環境は目まぐるしく変化しており、得意先企業の置かれた環境も厳しさを増している。そのような環境下で如何に市場ニーズに立脚した顧客開拓をするかということは、これからの重要な経営課題である。
 係長職以上の支店幹部が出席して開かれる月度の販売会議に沢木はその考えを開陳してみた。活発な議論が交わされた。
「待っていても仕事は来ないから、先ず、受注産業体質からの脱皮が必要でしょうね。それに、効率アップだけでは競争に勝てません。得意先の課題を察知し、問題解決に繋がる付加価値の高い提案が出来るか出来ないか、これが大きな差となります。経済環境が良くなることを期待しても仕方がありませんし、手当たり次第の営業では新規顧客は開拓出来ません。顧客満足は進化します。常に新しい欲求が生まれ、スパイラル的に上昇して行きます。標的市場を決めて準備することが第一に大切であると考えます」
「自社製品のことを知っているだけでは提案は出来ないね。需要と競争に目を配ること。新しい競争相手が出現し、競争が激化して価格競争になる訳だから、成長の源になるのは新しい切り口であると思う。得意先の課題をどれだけ知っているか、提案力で勝負が決る。重要なのは、得意先がどういう状況になっているのか、どういうコミュニケーションをしたがっているのかということを、こちらが知った上でなければ相手に不満が出てしまう。得意先の目線で物事を考えられなければならないということであり、そこにマーケティングの重要性が存在するのだと僕は思う」
支店長が別の角度から考察を入れた。
「自社の経営資源だけで勝負する必要は無いね。自社で持てない経営資源は、他社と手を組むというタイムリーなリソースの活用が必要だろう。必要なノウハウを持った企業や人との協業の可能性を常に念頭に置く必要がある。モノを造る競争力を基にしてサービスに展開出来ないか?マーケットを調べる時間が無ければ、そのマーケットを知っているところと組むことは出来ないか?そういうアライアンスによって得意先へより高い満足を提供することが出来るのだから、な」
「競合他社と違ったことが出来なければポジションは得られませんよ。市場環境は変化する、知識は陳腐化する、常識は変化する。成長のメカニズムは、他社との差別化を常に考えた競争である、と考えます。何でも出来ます営業ではメッセージにはなりません。同じものを同じように提供している限り価格競争にならざるを得ない。如何に他社と違うものを提供するか?如何に他社と違うことをやるか?その為には、これはやらない、ということを決めなければ、戦略は立てられないということです」
 こういった議論を踏まえて沢木の新規開拓の戦略が皆の納得の元で決められた。本当の新規、既存の未訪問先、既存に対する新製品紹介等々、そのポイントは次の四点であった。
一、既存客で、未だ訪問していない部門は無いか?
二、既存客で、未だ紹介していない自社製品やサービスは無いか?
三、新規の顧客で成長の可能性を秘めている企業はどこか?
四、新規開拓する顧客先対象企業はどこか?
実に明快だった。沢木はこのポイントを根幹に据えて新規顧客を開拓する行動を開始した。

 大きな受注に結びつく成果は容易くは挙がらなかったが、地道に着実に業績を積重ねて二年後には支店内に開発課が設けられ、沢木は新しく出来た課の課長となった。部下も三人就いた。
「沢木課長、この二年間、よく頑張ってくれたね。実績は実力と信頼のバロメーターだ。福岡支店が一段と成長出来たのは君の努力の賜物だよ」
支店長がそう言って沢木を労った。
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