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第一章 悔恨
第15話 公認会計士の麗子、倒産会社を調べる
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麗子は佐々木と結婚して程無く、此の侭では私の人生設計図は実現し得ない、と会社を辞めて著名な監査法人へ転職した。其処で大企業の決算監査の実務を担いながら会計士の資格取得に向かって猛勉学を積み、三年後に二度目の挑戦で公認会計士試験に合格した。
麗子が晴れて公認会計士となって一年後、麗子の顧問先である日西電工㈱の下請企業、ヒロタ電機㈱が潰れた。振り出した手形が不渡りとなって資金ショートし、社長が自殺して会社が倒産したのだった。
「うちの直接のクライアントではないが、会社が倒産するということがどんなものか、一度、後学の為に見ておくと良いよ」
監査法人の理事長からそう促されて麗子は倒産会社へ出向いてみた。
状況は悲惨だった。
社長の葬儀は、会社が倒産し、死因が自殺による急死だったこともあって、身内だけでひっそりと執り行われた。夫人は悲嘆にくれて抜け殻となり、成人した子供達は無力だった。従業員の参列者も一部の幹部だけで極めて少なく、通常執り行われるような社葬は執行の気配も見られなかった。
そして、倒産した翌日から直ぐさま、債権者による資産の差し押さえと取立てが始まった。
工場から機械設備や製品や資材が運び出され、忽ち広い場内はコンクリートの床と柱と天井だけの空疎な残骸と化した。中には十トントラックで搬出する納入業者もいた。
それに、社長の自宅も資金借入の為の抵当に入っていたので、直ぐに明け渡さなければならなかった。応接セットや家具にまでも赤紙が貼られた。連帯保証とはそういうものであった。
この家族はこれからどうなるのだろうか?麗子の胸は痛みに疼いた。
麗子は倒産した会社について少し調べてみた。
資本金九千八百万円、社歴七十余年、年商約百億円、従業員五百人弱、和風照明の老舗、非上場ではあるが規模は中堅企業である。これだけの会社がどうなって倒産したのか、何故、親会社の資金援助が得られなかったのか、麗子の胸に、もっと詳しく知りたい、という思いが大きく膨れ上がった。
創業者の初代社長が急逝した二十年前までは年商は二百億円を超えていたのに、その後の二十年間は凋落の一途を辿っていた。十年で売上高は半減し、その後はジリ貧状態だった。
自殺した社長が二代目を継いでいたが、彼は娘婿だった。創業者にも息子は居たが未だ若く、然も、彼は家業を嫌って塾の英語教師をしていた。しかし、何れは彼に引継がねばならない。二代目社長は義父から受け継いだ会社を、義弟に引き渡すまでは決して潰してはならない、と守りの姿勢に終始したのかも知れなかった。創業者が次世代商品を開発する為に学研都市に建てた折角の研究開発棟もその死後は全く機能していなかった。企業は明日咲く花の蕾を持って攻めの経営をしなければ何れは沈んでしまう。然し、何故?・・・
麗子はクライアントの日西電工㈱へ出向いて経理部長に話を聞かせて貰った。
「あそこは我社の連結子会社ではなかったですからね。それにうちも近年は余り力を入れていなかった事業でしたから」
「しかし、ヒロタ電機㈱と同業の他社は、その経営に問題は無いのでしょう、どうしてヒロタ電機㈱だけが倒産したのでしょう?」
「ヒロタはうちの連結子会社に入ることを嫌ったのですよ。先代の頃は当社から副社長を送り込んで多少は経営にも関与していたのですが、先日亡くなられた社長の代になって副社長の受入れも拒まれたのです。つまり、資金も人材も全て自前で、独立独歩の経営でやって行きたい、ということだったと思いますよ」
「それで貴社からの、例えばLED等の技術供与も資金支援も得られなかったということですか?」
「うちとしても百%当社の意に沿う下請でないと困りますから。で、当然、ヒロタに替わる会社を育成することになります、それは企業として止むを得ないことでしょう」
「なぜ売上高があれほどまでに低落したと思われますか?」
「戸建て住宅やマンションから和室が殆ど無くなっている時代に、和風照明に特化していたのでは長期低落は避けられないでしょう。昔は和風照明のヒロタとして名を馳せましたが、次の代の商品開発を怠ったのが致命的だったのでしょうね」
「御社からの発注にそういう次世代商品は無かったのですか?」
「ヒロタの技術では難しかったでしょう、当社から技術の指導をすることも無かったですしね。それに、うちとしても同じやるなら完全子会社の方に重きを置きますから」
新製品や新技術を開発したくても、人材や資金や情報等の経営資源に乏しくて、自前ではそれが出来なかったのだ、麗子は死んだ社長の無念を慮った。
「他社から受注するとか事業転換を図るとか、そういうことは出来なかったのでしょうか?」
「当社の下請と判っている会社に他社は注文を出さないでしょう、うちとしても困りますし。それに事業転換と言ってもそう容易いものではありませんしね」
「売上が低迷する中で、あれだけの従業員を抱えていれば、倒産することは眼に見えていますよね」
「リストラは一回行われたのですが、あそこには労働組合が三つも在りましてね、交渉するだけでも大変な労力とエネルギーを消耗します。労務管理の失敗が思い切ったリストラが出来なかった要因でしょうね。あの程度の売上高なら従業員はあの半分しか抱えないのが普通です、仮令、正社員が半分でも、あれだけ請負社員や派遣社員を入れると持ち堪えられませんね」
「借入金も膨大ですが、貴社への支援要請は無かったのでしょうか?」
「研究開発棟を売却したり、遊休施設や設備を処分されたりしたようですが、資金の支援要請は無かったですね、当社へ言い出せる環境に無かったでしょうから。金融機関も当社が最初に紹介した銀行とは随分長い取引があったのですが、業績の長期凋落と低迷で銀行が貸し渋るだけでなく貸し剥しにかかったのです。それでヒロタは信用金庫に全額借り換えたのですが、それも最後は駄目になったようです。金融機関というのは所詮そういうものですね」
麗子には凡そのことが見えて来た。
結局、事業変革も新しいチャレンジも出来なくて、ひたすら会社を守る方途しか無かったのだ。義父から受け継いだ会社を必死に守ることだけに全力を尽くした結果が、運悪しくも倒産に至ったのだ。義弟に引き渡す時に、紐付きの子会社ではなく自立した独り歩きの出来る会社として渡したかったのだ。それが出来なくなって自死の道を選ばざるを得なかったのだ。経営者として無能で失格と言えばそれまでだが、その心情は解からないでもなかった。
「ヒロタに替わる会社は既に育っているのでしょうね」
「ええ、もう既に、何とかLED照明なんかも・・・」
日西電工㈱本社の大きな超高層ビルを出た麗子の胸を薄ら寒い風が吹き抜けた。
麗子が晴れて公認会計士となって一年後、麗子の顧問先である日西電工㈱の下請企業、ヒロタ電機㈱が潰れた。振り出した手形が不渡りとなって資金ショートし、社長が自殺して会社が倒産したのだった。
「うちの直接のクライアントではないが、会社が倒産するということがどんなものか、一度、後学の為に見ておくと良いよ」
監査法人の理事長からそう促されて麗子は倒産会社へ出向いてみた。
状況は悲惨だった。
社長の葬儀は、会社が倒産し、死因が自殺による急死だったこともあって、身内だけでひっそりと執り行われた。夫人は悲嘆にくれて抜け殻となり、成人した子供達は無力だった。従業員の参列者も一部の幹部だけで極めて少なく、通常執り行われるような社葬は執行の気配も見られなかった。
そして、倒産した翌日から直ぐさま、債権者による資産の差し押さえと取立てが始まった。
工場から機械設備や製品や資材が運び出され、忽ち広い場内はコンクリートの床と柱と天井だけの空疎な残骸と化した。中には十トントラックで搬出する納入業者もいた。
それに、社長の自宅も資金借入の為の抵当に入っていたので、直ぐに明け渡さなければならなかった。応接セットや家具にまでも赤紙が貼られた。連帯保証とはそういうものであった。
この家族はこれからどうなるのだろうか?麗子の胸は痛みに疼いた。
麗子は倒産した会社について少し調べてみた。
資本金九千八百万円、社歴七十余年、年商約百億円、従業員五百人弱、和風照明の老舗、非上場ではあるが規模は中堅企業である。これだけの会社がどうなって倒産したのか、何故、親会社の資金援助が得られなかったのか、麗子の胸に、もっと詳しく知りたい、という思いが大きく膨れ上がった。
創業者の初代社長が急逝した二十年前までは年商は二百億円を超えていたのに、その後の二十年間は凋落の一途を辿っていた。十年で売上高は半減し、その後はジリ貧状態だった。
自殺した社長が二代目を継いでいたが、彼は娘婿だった。創業者にも息子は居たが未だ若く、然も、彼は家業を嫌って塾の英語教師をしていた。しかし、何れは彼に引継がねばならない。二代目社長は義父から受け継いだ会社を、義弟に引き渡すまでは決して潰してはならない、と守りの姿勢に終始したのかも知れなかった。創業者が次世代商品を開発する為に学研都市に建てた折角の研究開発棟もその死後は全く機能していなかった。企業は明日咲く花の蕾を持って攻めの経営をしなければ何れは沈んでしまう。然し、何故?・・・
麗子はクライアントの日西電工㈱へ出向いて経理部長に話を聞かせて貰った。
「あそこは我社の連結子会社ではなかったですからね。それにうちも近年は余り力を入れていなかった事業でしたから」
「しかし、ヒロタ電機㈱と同業の他社は、その経営に問題は無いのでしょう、どうしてヒロタ電機㈱だけが倒産したのでしょう?」
「ヒロタはうちの連結子会社に入ることを嫌ったのですよ。先代の頃は当社から副社長を送り込んで多少は経営にも関与していたのですが、先日亡くなられた社長の代になって副社長の受入れも拒まれたのです。つまり、資金も人材も全て自前で、独立独歩の経営でやって行きたい、ということだったと思いますよ」
「それで貴社からの、例えばLED等の技術供与も資金支援も得られなかったということですか?」
「うちとしても百%当社の意に沿う下請でないと困りますから。で、当然、ヒロタに替わる会社を育成することになります、それは企業として止むを得ないことでしょう」
「なぜ売上高があれほどまでに低落したと思われますか?」
「戸建て住宅やマンションから和室が殆ど無くなっている時代に、和風照明に特化していたのでは長期低落は避けられないでしょう。昔は和風照明のヒロタとして名を馳せましたが、次の代の商品開発を怠ったのが致命的だったのでしょうね」
「御社からの発注にそういう次世代商品は無かったのですか?」
「ヒロタの技術では難しかったでしょう、当社から技術の指導をすることも無かったですしね。それに、うちとしても同じやるなら完全子会社の方に重きを置きますから」
新製品や新技術を開発したくても、人材や資金や情報等の経営資源に乏しくて、自前ではそれが出来なかったのだ、麗子は死んだ社長の無念を慮った。
「他社から受注するとか事業転換を図るとか、そういうことは出来なかったのでしょうか?」
「当社の下請と判っている会社に他社は注文を出さないでしょう、うちとしても困りますし。それに事業転換と言ってもそう容易いものではありませんしね」
「売上が低迷する中で、あれだけの従業員を抱えていれば、倒産することは眼に見えていますよね」
「リストラは一回行われたのですが、あそこには労働組合が三つも在りましてね、交渉するだけでも大変な労力とエネルギーを消耗します。労務管理の失敗が思い切ったリストラが出来なかった要因でしょうね。あの程度の売上高なら従業員はあの半分しか抱えないのが普通です、仮令、正社員が半分でも、あれだけ請負社員や派遣社員を入れると持ち堪えられませんね」
「借入金も膨大ですが、貴社への支援要請は無かったのでしょうか?」
「研究開発棟を売却したり、遊休施設や設備を処分されたりしたようですが、資金の支援要請は無かったですね、当社へ言い出せる環境に無かったでしょうから。金融機関も当社が最初に紹介した銀行とは随分長い取引があったのですが、業績の長期凋落と低迷で銀行が貸し渋るだけでなく貸し剥しにかかったのです。それでヒロタは信用金庫に全額借り換えたのですが、それも最後は駄目になったようです。金融機関というのは所詮そういうものですね」
麗子には凡そのことが見えて来た。
結局、事業変革も新しいチャレンジも出来なくて、ひたすら会社を守る方途しか無かったのだ。義父から受け継いだ会社を必死に守ることだけに全力を尽くした結果が、運悪しくも倒産に至ったのだ。義弟に引き渡す時に、紐付きの子会社ではなく自立した独り歩きの出来る会社として渡したかったのだ。それが出来なくなって自死の道を選ばざるを得なかったのだ。経営者として無能で失格と言えばそれまでだが、その心情は解からないでもなかった。
「ヒロタに替わる会社は既に育っているのでしょうね」
「ええ、もう既に、何とかLED照明なんかも・・・」
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