愛の讃歌

相良武有

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第十四話 真実の愛を覚って

⑧紘一が仕事でコンビを組んだのはキャサリンと言う女性だった

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 紘一のカナダでのビジネスマンとしての仕事は生易しいものではなかった、否、むしろ激烈を極めた。 
カナダの経済はアメリカに輸出の八割、輸入の六割を依存して順調に安定的に成長していたので、日本の大手企業はそのアメリカ依存の切り崩しと自国の貿易拡大の為に競ってカナダへ進出して凌ぎを削っていた。自動車とその部品や機械・機器を輸出し、木材や豚肉、パルプ、菜種、非鉄金属、石炭等を輸入するのが主な日加貿易であった。
紘一は日本へ送る木材の買い付けを担当させられたが、それは大変の極みであった。カナダの国土は世界第二位、日本の二十七倍である。十以上ある州の森林地帯まで奥深く分け入らなければ、安価で良質の木材を調達することは出来なかった。しかも著名な大企業がしのぎを削る中での戦いである。絶対に勝たなければならないし、勝つことが至上命令であった。
 遠く見知らぬ異国の土地で、見知らぬ同僚に取り囲まれた新入りの紘一にとって、東京に残した結衣の不在は大きな喪失の痛手となって胸を締め付け、紘一は孤独感と寂寥感に苛まれた。だが、仕事とノルマに追われる毎日の生活の中で、次第にそんな思いは時間的にも気持の上でも無くなって行き、否応無しに企業戦士としての生活に埋没して行かざるを得なかった。当然の如く、仕事の成果が目標通りに上がらなければ日本への帰任の道も開かれはしなかった。
 
 紘一が仕事の相棒としてコンビを組んだのはキャサリン・ジョーンズと言う先輩だった。
オタワ大学の経営学部を卒業して現地入社した四年目の女性で、今やオタワ支店の掛け替えの無い戦力の一人だった。紘一より二つ年嵩の二十六歳で、強い光を湛えた良く動く大きな眼に筋の通った高い鼻梁、引き締まった口元には意志の強さが滲み出ていた。が、透き通るように白い肌の頬には微笑むと片笑窪が刻まれ、上唇が少し捲れ上がって仄かな大人の香りが漂った。均整の取れた見事なプロポーションで闊歩する姿は将にキャリアウーマンそのものの美形だった。
「Mr.和田。あなたはこれから私とペアを組んで仕事をするの。だから、想い着いたり気になることが有ったら躊躇無く何でも言って頂戴ね」
だが、彼女は厳しかった。紘一にどんどん資料を与えてレクチャーし、行く先々へ彼を連れ回した。キャサリンはブロークンな英語しか話せない紘一を気遣って、会話は出来るだけ片言の日本語を駆使して話してくれた。
「Mr.和田、これを読んでマスターしておいて」
そう言ってキャサリンが紘一のデスクに置いたのは、樹木の特性比較や木材の等級、それに伐採から搬出に至る方法等の分厚い資料だった。
「これを私があなたにレクチャーしていたのでは時間が幾ら有っても足りないから、自分でしっかり理解しておいてね、三日も在れば十分でしょう」
紘一は指示された通り、資料に噛り付くようにして読み耽った。
独りで自習するのよ、と言いながらも、外勤から帰って来た時に、紘一がデスクにへばり付いて資料と睨めっこをしているのを見ると、キャサリンは傍らの椅子を紘一の机の横に引っ張って来て自らレクチャーを始めるのだった。
「まあ、百聞は一見に如かず、だから、来週から一緒に現場を見て廻りましょう。今週はもう一度復習をしておきなさい」
キャサリンはそう言って、ウイ、と言う表情で自分の席へ引き揚げて行った。
 それからキャサリンは紘一を出来る限り、事有る毎に、木材の伐採現場へ連れ出した。
「Mr.和田。小さな成果で良いから着実に実績を積み上げるのよ。実績は実力と信頼のバロメーターだからね」
 紘一とキャサリンは仕事では何をするのも何処へ行くのも一緒だった。朝の出勤から夕方の退勤まで常に行動を共にした。それが相方でありコンビであった。移動中の車内で、昼食のファーストフード店で、一休憩のカフェで、二人はよく話し良く論じた。自ずと話は仕事のみに限らず次第に自身の生まれ育ちや生い立ち、家族のことへも及んで行った。
言葉や態度も先輩社員と後輩と言った垣根を少しずつ越え、やがて二人は対等の仕事仲間として、親密の度を増しフランクになって行った。
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