愛の讃歌

相良武有

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第十一話 骨まで削った愛

④二カ月後、再度の移植が必要になった

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 二ヶ月が経った十二月の初めだった。
正一が病室に入って行くと奈津美がしくしく泣いていた。もう大分前から泣いていたらしく、眼元が腫れていた。
「どうしたんだ?」
正一が訊くと奈津美は暫く啜り上げた後、顔を上げて答えた。
「また手術をしなければいけないんだって・・・」
「なにっ!」
「駄目だったんだって・・・」
「そんな馬鹿な!あの医者、藪じゃないのか、良い加減にしろっ、て言うんだ!」
「正ちゃん・・・」
「何だよ」
「また骨を呉れる?」
「そりゃ良いけど、そんなことはお安い御用だけど、どうして失敗したんだ?俺、医者に訊いて来る」
正一が看護師詰所へ行くと、医師は、昨日、ギブスを解いて撮った奈津美のレントゲン写真を蛍光板に掲げて説明した。
「この前、採って植えたばかりじゃないですか、どうしてもう一度やらなきゃ駄目なんです?」
「骨がくっ付く為には、周りの筋肉や皮膚が健康でなければ駄目なんです。血の巡りが良く、どんどん栄養が行き渡る状態だと治りやすいんですが、井田さんの場合、初めから皮膚も肉も抉られていて在りませんし、長い間に、周りの筋肉もすっかり弱っています」 
「じゃ、この前移植した骨はどうなったんですか?」
「一部は化膿して押し出され、一部は残っては居ますが、白くなって死んでいるんです」
「骨が死ぬんですか?」
「要するに、生きが悪くなっていると言うことです」
「それで、何日やり直すのですか?」
「出来れば少しでも早い方が・・・」
 
 正一が二度目の手術を受けたのはその翌日の昼前だった。
前回と同じように、午前中に正一が手術を受け、午後からは奈津美が受けた。今回も正一は会社から一週間の休暇を取っていた。
「何度も骨を採り上げて、ご免・・・」
「そんなこと、俺はちっとも構わないけど、速く良くなってくれよ、な」
「正ちゃんがそう言ってくれるのは有難いけど、何だか、今度も駄目なんじゃないかって、凄く不安なの」
前回の手術に期待して居ただけに、今度は、奈津美は自信が無さそうだった。
「一昨日、ギブスを外されたのを見たけど、お婆さんの脚みたいに細く皺だらけで、剥げた皮膚が鱗みたいにくっ付いていて、触るとぼろぼろ落ちたの」
「今度は手術の前に、うんと栄養を取っておいたから、良い骨が採れるよ、心配するな、な」
二度の手術の失敗と半年に及ぶ闘病生活が奈津美をすっかり弱気にさせていた。正直のところ、正一も些か疲れて来ていた。初めの頃は毎日仕事の帰りに病院へ駆けつけたが、最近は少し億劫であった。奈津美への愛は変わらないが、一日くらい行かなくても良いだろう、という気持も湧いて来ている。然し、どうして来てくれなかったの?と奈津美に訊ねられると、ついつい彼女が可哀相になって、優しい言葉をかけることになる。
「植える骨は幾らでも有るんだから、最後まで頑張ろうよ、な」
「本当に幾らでも呉れるの?」
「当り前じゃないか」
自分の骨を削り取って奈津美の脚に植えるのが彼女への愛の証だ、と正一は心底そう思った。
「正ちゃん、わたし、信じて良いのね」
奈津美は漸く笑顔を見せた。
 二度目の骨の移植は上手く行ったようだった。レントゲン写真で見ると、前回よりもがっちりと骨が入っているように見えた。
 二度の手術で正一の骨盤の前の突っ張りは両方とも無くなった。裸で鏡の前に立つと、下腹の左右に同じ傷跡があり、突き出た骨の部分が無くなって平たくなっていた。鏡に映ったウエストの下が頼りなくなった自分の裸を見ながら、正一は、三度も手術をして苦しんでいる奈津美を守ってやるのが男の務めだ、と改めて強く思った。
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