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第八話 クラス会の賜物は元恋人の従妹だった
⑩小高が最後の晩餐に好美を案内したのは、坂本龍馬が愛した店だった
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小高が最後の晩餐に好美を案内したのは、鴨川の河畔を背にして木屋町に軒を並べる老舗料理店の一つだった。
格子戸を開けて石畳の敷かれた細い小道を進むと、雪洞のようなフットライトが足元を仄かに照らした。好美は江戸時代の異次元世界にタイムスリップしたような感覚に捉われた。
通された座敷の大きな窓の下には店々のさざめく灯りが川面にきらきらと煌めいていたし、眼を上げると東山の山並みが黒々と連なっていた。登録有形文化財に指定されていると言う建物が、歴史の深さを物語るような貫禄ある店だった。
直ぐに小高が好美に説明した。
「此処は幕末の志士・坂本龍馬が愛した店なんだ。 “鴨川納涼床”と言って、この辺りの店は毎年夏になると河原に床を張り出して、涼を取りながらの旨い料理を提供する風習があるんだが、あの龍馬もこの店でその料理を愉しんだと言うことだ」
「幕末と言えばもう一五〇年以上も前じゃない?凄い歴史を持つお店なのね」
「うん。毎年、五月から九月まで凡そ五カ月の間、二条通りから五条通りの間の河畔に九十以上もの店が床を張るそうだ」
「京都って知れば知るほど歴史ファンにとっては堪らない魅力の街なのね」
話している内に注文した料理が運ばれて来た。
今日の料理は龍馬の愛した「水炊き」と串焼き、それに鶏のタタキと刺身、鶏の専門店らしく将に鶏一色の鶏三昧だった。
最初に先付の果実酒で先ずグラスを合わせた。
「最後の晩餐に乾杯!」
「ああ、美味しい!」
好美が日本酒の熱燗を注文し、小高はノンアルコールのビールを頼んだ。
「へえ~、熱燗を呑むのか?」
「この時期、ビールはもう身体を冷やすから、今日は料理に合わせて熱燗を戴くわ」
水炊きは和服の仲居さんが鍋への仕込みから取り分けまで丁寧にしてくれた。
「三日三晩鶏ガラだけで仕込んだ濃厚なスープが素材の美味しさを引き出しますから、暫くお待ち下さい」
スープを入れずに素材の一つ一つが一品料理のように取り分けられた。二人は〆の雑炊まで存分に味わった。
「世界に冠たるファッションデザイナーは数多く居るだろうけど、君は目標にしたり越えたいと思ったりするデザイナーは誰か居るの?」
「仏のクルストフ・ルメール、英のサラ・バートン、独のカール・ラガーフェルド、女性ではグッチのフリーダジャンニーニ、伊のミウッチャ・プラダなど星よりも遠い人は沢山居るけど、私はやっぱり日本の森英恵やコシノジュンコを目指したいと思って居るわ」
「そうだな。日本人の方が、親しみがあって身近に感じるものな」
「こう言った偉大な先人をベースに、自分のオリジナリティやパーソナリティを磨いて彼等に追いつく、或は、彼等を越える何かを生み出すのが私の本望なの」
話している内に串焼きと鶏の刺身が季節の野菜を添えて運ばれて来た。
「串焼きは塩レモンで、お刺身は振り塩かワサビ醤油で召し上がると、美味しいと思います」
仲居さんが笑顔でそう言ってテーブルに並べてくれた。二人は早速に串焼きを一本ずつ取り上げて頬張った。
「うん、美味しい!」
「クリエイティブな世界だから人は色々言うだろうけど、やっぱり基本は“閃きとアイディアと仕掛け”だと僕は思っているよ」
「閃きとアイディアと仕掛け?」
「うん。感性は磨かなければ錆び付いてしまう。ファッションだけでなく美術や風景や建築物などを見て、或は、音楽を聴いたり映画を観たりして、折に触れて感性を鋭くしなければいけない。錆びたままの感性では何も閃かない。又、折角閃いた何かを具体化する為にはデザインや断裁や縫製などのスキルを高めないといけない。低いスキルではアイディアとして結実しない。そして、形として具体的になったアイディアも世に発信しないと誰にも判らない。試作発表会を定期的に開くとかファッション・コンクールに頻繁に応募するとか、何かしないと世に知られない。そう言うことを簡単に一言で言うと“閃きとアイディアと仕掛け”という表現になる訳だ」
「なるほど、“閃きとアイディアと仕掛け”ねぇ・・・いやぁ、最高のアドバイスを頂いたわ!真実に、有難う、雄一さん!」
好美は心の底から嬉しかった。テーブルに置かれた小高の左手に自分の右掌をそっと重ねた。そして、「雄一さん」という小高の名前が極めて自然に口をついて出たことに、彼女は自分の心の垣根が一つ取れたことを意識した。
柔らかくて優しい味の鶏の刺身に舌鼓を打ちつつ、二人のディナーは終わりに近づいていた。
「あした東京に帰る新幹線の時間はもう決まっているの?」
「ううん、未だよ。明日は朝から、チームを組んで一緒に仕事をしたメンバーに挨拶回りをしなきゃならないし、会社の残務整理も少し在る。午前中で終わるか夕方になるか判らないわ」
「昨日既に打ち上げは終わったんじゃないの?」
「会社としては終わったわ。でも、私個人としては、やはり一人一人に感謝とお礼の言葉を言わなきゃ、と思っているの」
小高は好美の律儀で誠実な思いに胸を打たれた。
最後に水物の甘いデザートを食べて二人の晩餐は終了した。
格子戸を開けて石畳の敷かれた細い小道を進むと、雪洞のようなフットライトが足元を仄かに照らした。好美は江戸時代の異次元世界にタイムスリップしたような感覚に捉われた。
通された座敷の大きな窓の下には店々のさざめく灯りが川面にきらきらと煌めいていたし、眼を上げると東山の山並みが黒々と連なっていた。登録有形文化財に指定されていると言う建物が、歴史の深さを物語るような貫禄ある店だった。
直ぐに小高が好美に説明した。
「此処は幕末の志士・坂本龍馬が愛した店なんだ。 “鴨川納涼床”と言って、この辺りの店は毎年夏になると河原に床を張り出して、涼を取りながらの旨い料理を提供する風習があるんだが、あの龍馬もこの店でその料理を愉しんだと言うことだ」
「幕末と言えばもう一五〇年以上も前じゃない?凄い歴史を持つお店なのね」
「うん。毎年、五月から九月まで凡そ五カ月の間、二条通りから五条通りの間の河畔に九十以上もの店が床を張るそうだ」
「京都って知れば知るほど歴史ファンにとっては堪らない魅力の街なのね」
話している内に注文した料理が運ばれて来た。
今日の料理は龍馬の愛した「水炊き」と串焼き、それに鶏のタタキと刺身、鶏の専門店らしく将に鶏一色の鶏三昧だった。
最初に先付の果実酒で先ずグラスを合わせた。
「最後の晩餐に乾杯!」
「ああ、美味しい!」
好美が日本酒の熱燗を注文し、小高はノンアルコールのビールを頼んだ。
「へえ~、熱燗を呑むのか?」
「この時期、ビールはもう身体を冷やすから、今日は料理に合わせて熱燗を戴くわ」
水炊きは和服の仲居さんが鍋への仕込みから取り分けまで丁寧にしてくれた。
「三日三晩鶏ガラだけで仕込んだ濃厚なスープが素材の美味しさを引き出しますから、暫くお待ち下さい」
スープを入れずに素材の一つ一つが一品料理のように取り分けられた。二人は〆の雑炊まで存分に味わった。
「世界に冠たるファッションデザイナーは数多く居るだろうけど、君は目標にしたり越えたいと思ったりするデザイナーは誰か居るの?」
「仏のクルストフ・ルメール、英のサラ・バートン、独のカール・ラガーフェルド、女性ではグッチのフリーダジャンニーニ、伊のミウッチャ・プラダなど星よりも遠い人は沢山居るけど、私はやっぱり日本の森英恵やコシノジュンコを目指したいと思って居るわ」
「そうだな。日本人の方が、親しみがあって身近に感じるものな」
「こう言った偉大な先人をベースに、自分のオリジナリティやパーソナリティを磨いて彼等に追いつく、或は、彼等を越える何かを生み出すのが私の本望なの」
話している内に串焼きと鶏の刺身が季節の野菜を添えて運ばれて来た。
「串焼きは塩レモンで、お刺身は振り塩かワサビ醤油で召し上がると、美味しいと思います」
仲居さんが笑顔でそう言ってテーブルに並べてくれた。二人は早速に串焼きを一本ずつ取り上げて頬張った。
「うん、美味しい!」
「クリエイティブな世界だから人は色々言うだろうけど、やっぱり基本は“閃きとアイディアと仕掛け”だと僕は思っているよ」
「閃きとアイディアと仕掛け?」
「うん。感性は磨かなければ錆び付いてしまう。ファッションだけでなく美術や風景や建築物などを見て、或は、音楽を聴いたり映画を観たりして、折に触れて感性を鋭くしなければいけない。錆びたままの感性では何も閃かない。又、折角閃いた何かを具体化する為にはデザインや断裁や縫製などのスキルを高めないといけない。低いスキルではアイディアとして結実しない。そして、形として具体的になったアイディアも世に発信しないと誰にも判らない。試作発表会を定期的に開くとかファッション・コンクールに頻繁に応募するとか、何かしないと世に知られない。そう言うことを簡単に一言で言うと“閃きとアイディアと仕掛け”という表現になる訳だ」
「なるほど、“閃きとアイディアと仕掛け”ねぇ・・・いやぁ、最高のアドバイスを頂いたわ!真実に、有難う、雄一さん!」
好美は心の底から嬉しかった。テーブルに置かれた小高の左手に自分の右掌をそっと重ねた。そして、「雄一さん」という小高の名前が極めて自然に口をついて出たことに、彼女は自分の心の垣根が一つ取れたことを意識した。
柔らかくて優しい味の鶏の刺身に舌鼓を打ちつつ、二人のディナーは終わりに近づいていた。
「あした東京に帰る新幹線の時間はもう決まっているの?」
「ううん、未だよ。明日は朝から、チームを組んで一緒に仕事をしたメンバーに挨拶回りをしなきゃならないし、会社の残務整理も少し在る。午前中で終わるか夕方になるか判らないわ」
「昨日既に打ち上げは終わったんじゃないの?」
「会社としては終わったわ。でも、私個人としては、やはり一人一人に感謝とお礼の言葉を言わなきゃ、と思っているの」
小高は好美の律儀で誠実な思いに胸を打たれた。
最後に水物の甘いデザートを食べて二人の晩餐は終了した。
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