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第八話 流離う愛
④大学生になった聡亮と香織
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香織は文学部の学棟前をうろつき乍ら聡亮の受講が終わるのを待っていた。
聡亮は高校を卒業した後、現役で受かったこの国立大学に通学していた。文学部で国文学を学んでいる。
一方、香織は流石に現役では無理だったが、一浪して予備校に通い、死に物狂いで勉強に打ち込んで聡亮と同じ大学に入った。但し、彼女が入ったのは父親と同じ工学部の機械工学科だった。
香織は予備校に通う傍ら、聡亮を家庭教師の如くに利用し活用した。
聡亮も必死に頑張る香織を陰になり日向になって支え励ました。
「受験勉強だって、憶えるだけが能じゃないんだよ。考えなきゃあ駄目なんだ。思考力だよ」
「何言っているのよ。とことん覚えろ、丸暗記だ、って以前あんた言ったじゃないの!」
「それは、君の学習レベルが低かった時の話だ。今はもう、あと一歩で合格、と言うレベルまで来ているだろう。徹底的に考えるんだよ。思考力を鍛えないとイマジネーションもクリエイションも生まれないよ。兎に角、よく考えることだよ、とことん考えることだ」
香織は、聡亮が急に成長して、同い歳であるのに、自分より一歩先を歩んでいるように感じた。その思いは大学生になってより一層膨れ上がり、確かに学生としては一年後輩であるのだが、人生においても先輩と後輩になったような感覚になった。彼女は高校時代のように聡亮のことを軽く「あんた」とは呼べないようになって、何時しか、彼を「あなた」と言うようになった。
「止せよ、こそばゆいよ」
聡亮は最初、そう言って嫌がったが、やがてその内に何も言わなくなった。
時計台の針が四時を回って講義が終了し、学生たちがぞろぞろと学棟から出て来た。聡亮は四、五人の友人達とにこやかに談笑しながら今出川通りに面した北門の方へ歩いて行った。彼等は皆、つい今し方まで受けていた小難しい文学論などケロッと忘れたかのように、陽気な笑顔を輝かせていた。
香織は少し離れて彼等の後に従いて歩いた。
北門を出た所で聡亮は軽く手を挙げて皆と別れ、独り百万遍のバス停の方へ向かった。
香織は直ぐに聡亮に追いついて、並んで歩き出した。
「久し振りね、どう?元気だった?」
香織が彼と顔を合わせるのは凡そ半月ぶりだった。
「ああ、君か・・・元気だったよ。其方はどうなんだ?」
「ええ、私もまあ、元気にやっているわ」
学年が一年違えば、高校時代のように学内で毎日顔を合わせることは無い。広い大学の構内で、然も、学部が違えば尚更のことであった。二人は人と車の行き交う今出川通りを西に歩きながら四方山話を続けた。
それから、不意に、そうだ、という表情で聡亮が香織を競馬に誘った。
「今度の日曜日に行かないか?な?」
「あなた、競馬が好きなの?」
「別に好きって訳じゃないが、でも、面白いと思うよ、きっと」
香織は危うく吹き出しそうになった。聡亮が勝負事を好むようには到底思えなかったし、パチンコや麻雀をやっているとも耳にしたことも無い。凡そギャンブルなど似合うようなタイプではなかった。
「丁度、G1の菊花賞だしさ、愉しいと思うよ」
「何、そのG1って?」
「京都競馬場で行われる重賞レースの一つだよ。一着賞金は一億円を超えるそうだ。天皇賞とか桜花賞とか、名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
「うん、その名前くらいは知っているけど・・・でも、あなた一人で行って来れば?」
「一人じゃつまらないよ。君と行きたいんだ。一緒に行こうや、な」
香織は気が進まなかったが、根負けした形になった。
「陰気で鬱としい大学の構内や塵埃と喧騒の繁華街と違って、青空の下を十八頭の三歳馬が健気に全力で疾走するんだ。気持がスカッと爽やかになるぞ」
久し振りに逢ったことだし、まぁ、彼と一緒に競馬場へ出かけてみるのも悪くないか・・・香織はそう思って承諾した。
聡亮は高校を卒業した後、現役で受かったこの国立大学に通学していた。文学部で国文学を学んでいる。
一方、香織は流石に現役では無理だったが、一浪して予備校に通い、死に物狂いで勉強に打ち込んで聡亮と同じ大学に入った。但し、彼女が入ったのは父親と同じ工学部の機械工学科だった。
香織は予備校に通う傍ら、聡亮を家庭教師の如くに利用し活用した。
聡亮も必死に頑張る香織を陰になり日向になって支え励ました。
「受験勉強だって、憶えるだけが能じゃないんだよ。考えなきゃあ駄目なんだ。思考力だよ」
「何言っているのよ。とことん覚えろ、丸暗記だ、って以前あんた言ったじゃないの!」
「それは、君の学習レベルが低かった時の話だ。今はもう、あと一歩で合格、と言うレベルまで来ているだろう。徹底的に考えるんだよ。思考力を鍛えないとイマジネーションもクリエイションも生まれないよ。兎に角、よく考えることだよ、とことん考えることだ」
香織は、聡亮が急に成長して、同い歳であるのに、自分より一歩先を歩んでいるように感じた。その思いは大学生になってより一層膨れ上がり、確かに学生としては一年後輩であるのだが、人生においても先輩と後輩になったような感覚になった。彼女は高校時代のように聡亮のことを軽く「あんた」とは呼べないようになって、何時しか、彼を「あなた」と言うようになった。
「止せよ、こそばゆいよ」
聡亮は最初、そう言って嫌がったが、やがてその内に何も言わなくなった。
時計台の針が四時を回って講義が終了し、学生たちがぞろぞろと学棟から出て来た。聡亮は四、五人の友人達とにこやかに談笑しながら今出川通りに面した北門の方へ歩いて行った。彼等は皆、つい今し方まで受けていた小難しい文学論などケロッと忘れたかのように、陽気な笑顔を輝かせていた。
香織は少し離れて彼等の後に従いて歩いた。
北門を出た所で聡亮は軽く手を挙げて皆と別れ、独り百万遍のバス停の方へ向かった。
香織は直ぐに聡亮に追いついて、並んで歩き出した。
「久し振りね、どう?元気だった?」
香織が彼と顔を合わせるのは凡そ半月ぶりだった。
「ああ、君か・・・元気だったよ。其方はどうなんだ?」
「ええ、私もまあ、元気にやっているわ」
学年が一年違えば、高校時代のように学内で毎日顔を合わせることは無い。広い大学の構内で、然も、学部が違えば尚更のことであった。二人は人と車の行き交う今出川通りを西に歩きながら四方山話を続けた。
それから、不意に、そうだ、という表情で聡亮が香織を競馬に誘った。
「今度の日曜日に行かないか?な?」
「あなた、競馬が好きなの?」
「別に好きって訳じゃないが、でも、面白いと思うよ、きっと」
香織は危うく吹き出しそうになった。聡亮が勝負事を好むようには到底思えなかったし、パチンコや麻雀をやっているとも耳にしたことも無い。凡そギャンブルなど似合うようなタイプではなかった。
「丁度、G1の菊花賞だしさ、愉しいと思うよ」
「何、そのG1って?」
「京都競馬場で行われる重賞レースの一つだよ。一着賞金は一億円を超えるそうだ。天皇賞とか桜花賞とか、名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
「うん、その名前くらいは知っているけど・・・でも、あなた一人で行って来れば?」
「一人じゃつまらないよ。君と行きたいんだ。一緒に行こうや、な」
香織は気が進まなかったが、根負けした形になった。
「陰気で鬱としい大学の構内や塵埃と喧騒の繁華街と違って、青空の下を十八頭の三歳馬が健気に全力で疾走するんだ。気持がスカッと爽やかになるぞ」
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