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第一話 開かれた大人への扉
④修治、茉莉先生に抱かれる
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修治はゴールデンウイーク最後の夜、本を借りる為に茉莉先生を訪ねた。
借りた本を腕に抱えて帰ろうとした時、彼を混乱させ困惑させる事態が起きた。茉莉先生が大真面目に話し始めたのである。
彼女は修治のことを考えて胸を熱くしていた。人間はこの先、どのような困難に直面しなければならないか、彼女はそれを修治の心にしっかりと刻みつけたいと考えていた。
「あなたはもっと人生を知らなければならないのよ」
茉莉先生は言った。その声は真剣そのもので震えてさえいた。
彼女は修治の両肩を掴み、自分の方へ向かせて、彼の眼を真直ぐに見据えた。
「あなたは新聞記者志望だったわね。だったら、今は先ず、生きるべき時間なのよ。あなたを怯えさせる心算は無いけれど、あなたが将来何をやろうとしているのか、私はその意味をあなたに解らせたい。学ぶべきは人々が何を考えているかであって、人々が何を言うかではないのよ」
「僕は人間や社会や時代などの現実を直視し、その奥に潜むそれらの真実を探り出したいんです」
夜が更け、外はすっかり暗くなって、部屋の灯だけが明るかった。修治が立ち去ろうと背を向けると、茉莉先生が静かな声で修治の名前を呼び、衝動的な動きで彼の手を握った。修治が急速に大人になっているようで、彼の男としての魅力が、青年に成り切らぬ少年らしい初々しさと相まって、孤独な女の心を揺さ振ったのである。人生の意味を彼に悟らせたいという情熱的な欲求が彼女の全身に押し寄せた。修治が人生の意味を正しく真直ぐに解釈出来るように、彼女は身を乗り出して、唇で修治の頬に触れた。その瞬間、修治は茉莉先生の際立った美しさに改めて気付いた。雰囲気がぎこちなくなり、二人は慌てて離れた。茉莉先生は気分を変えるように厳しく横柄に言った。
「今は言っても無理ね。私が言っていることの意味をあなたが解かり始めるには、後十年はかかるわね」
そう言いながらも、尚、小一時間ほど彼女は人生について語った。学校で生徒を前にして時々なるように、インスピレーションを得た衝動が舌に乗り移ったように話した。彼女は修治の為に人生のドアを開けてやりたくて堪らなくなった。嘗ての自分の教え子で、人生を理解する才能に恵まれていると思われるこの青年の為に。その思いが余りに強く、とうとう肉体的な欲求にも近くなった。彼女は再び修治の肩を掴み、自分の方を向かせた。部屋の灯の中で茉莉先生の眼が輝いていた。
茉莉先生は教師であったが、女でもあった。修治をじっと見詰める時、男に愛されたいという情熱的な欲求が彼女を捉え、彼女の全身を嵐のように包み込んだ。修治は、最早、少年には見えなかった。男であった。将に、男としての役割を果たそうとしている男であった。肉体的欲求が動物的衝動となって、道徳的思考と理性的判断を凌駕した。
修治が茉莉先生を引き寄せた時、彼女は抗わなかった。五月の温かい部屋の空気が突如として重くなり、彼女の躰から力が抜け、彼女は待った。修治が手を彼女の肩に乗せると、彼女は躰をぐったりと修治に預けた。彼は彼女の躰をしっかりと自分の躰に抱き寄せた。
夜更けて、修治は自宅の自室に戻ると直ぐにベッドに横たわった。そして、じっくり部屋中を見回して、先刻に茉莉先生の部屋で何が起きたのかを考え理解しようとした。激しい迸りの中で、一瞬、躰の奥底から突き上げて来たあの疼くような感覚は何だったのか?・・・茉莉先生は初めてではない様子だったが、修二は初めての体験だった。彼は頭の中であれこれと考えを巡らせた。茉莉先生が言おうとした人生の深淵については良く解らなかったが、何か一つだけ掴め得たように感じた。そう、彼は自分が男になったことをはっきりと覚ったのである。修治は掛け布団を首まで引き上げて眼を閉じ、満ち足りた気分で眠りに落ちて行った。
借りた本を腕に抱えて帰ろうとした時、彼を混乱させ困惑させる事態が起きた。茉莉先生が大真面目に話し始めたのである。
彼女は修治のことを考えて胸を熱くしていた。人間はこの先、どのような困難に直面しなければならないか、彼女はそれを修治の心にしっかりと刻みつけたいと考えていた。
「あなたはもっと人生を知らなければならないのよ」
茉莉先生は言った。その声は真剣そのもので震えてさえいた。
彼女は修治の両肩を掴み、自分の方へ向かせて、彼の眼を真直ぐに見据えた。
「あなたは新聞記者志望だったわね。だったら、今は先ず、生きるべき時間なのよ。あなたを怯えさせる心算は無いけれど、あなたが将来何をやろうとしているのか、私はその意味をあなたに解らせたい。学ぶべきは人々が何を考えているかであって、人々が何を言うかではないのよ」
「僕は人間や社会や時代などの現実を直視し、その奥に潜むそれらの真実を探り出したいんです」
夜が更け、外はすっかり暗くなって、部屋の灯だけが明るかった。修治が立ち去ろうと背を向けると、茉莉先生が静かな声で修治の名前を呼び、衝動的な動きで彼の手を握った。修治が急速に大人になっているようで、彼の男としての魅力が、青年に成り切らぬ少年らしい初々しさと相まって、孤独な女の心を揺さ振ったのである。人生の意味を彼に悟らせたいという情熱的な欲求が彼女の全身に押し寄せた。修治が人生の意味を正しく真直ぐに解釈出来るように、彼女は身を乗り出して、唇で修治の頬に触れた。その瞬間、修治は茉莉先生の際立った美しさに改めて気付いた。雰囲気がぎこちなくなり、二人は慌てて離れた。茉莉先生は気分を変えるように厳しく横柄に言った。
「今は言っても無理ね。私が言っていることの意味をあなたが解かり始めるには、後十年はかかるわね」
そう言いながらも、尚、小一時間ほど彼女は人生について語った。学校で生徒を前にして時々なるように、インスピレーションを得た衝動が舌に乗り移ったように話した。彼女は修治の為に人生のドアを開けてやりたくて堪らなくなった。嘗ての自分の教え子で、人生を理解する才能に恵まれていると思われるこの青年の為に。その思いが余りに強く、とうとう肉体的な欲求にも近くなった。彼女は再び修治の肩を掴み、自分の方を向かせた。部屋の灯の中で茉莉先生の眼が輝いていた。
茉莉先生は教師であったが、女でもあった。修治をじっと見詰める時、男に愛されたいという情熱的な欲求が彼女を捉え、彼女の全身を嵐のように包み込んだ。修治は、最早、少年には見えなかった。男であった。将に、男としての役割を果たそうとしている男であった。肉体的欲求が動物的衝動となって、道徳的思考と理性的判断を凌駕した。
修治が茉莉先生を引き寄せた時、彼女は抗わなかった。五月の温かい部屋の空気が突如として重くなり、彼女の躰から力が抜け、彼女は待った。修治が手を彼女の肩に乗せると、彼女は躰をぐったりと修治に預けた。彼は彼女の躰をしっかりと自分の躰に抱き寄せた。
夜更けて、修治は自宅の自室に戻ると直ぐにベッドに横たわった。そして、じっくり部屋中を見回して、先刻に茉莉先生の部屋で何が起きたのかを考え理解しようとした。激しい迸りの中で、一瞬、躰の奥底から突き上げて来たあの疼くような感覚は何だったのか?・・・茉莉先生は初めてではない様子だったが、修二は初めての体験だった。彼は頭の中であれこれと考えを巡らせた。茉莉先生が言おうとした人生の深淵については良く解らなかったが、何か一つだけ掴め得たように感じた。そう、彼は自分が男になったことをはっきりと覚ったのである。修治は掛け布団を首まで引き上げて眼を閉じ、満ち足りた気分で眠りに落ちて行った。
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