大人への門

相良武有

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第一話 開かれた大人への扉

②優美、修治に恋する

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 日本史の授業を受ける教室への階段を上ろうとして、優美と修治は出くわした。修治は、やあ~、という表情を顔に浮かべ、優美は軽く微笑み返した。並んで階段を上りながら修治が言った。
「授業が終わったら、ノートを写させてくれないか?」
「えっ?」
「俺、先週、風邪を引いて一日休んだから、日本史の授業を受けてないんだ」
「あっ、そう、そうだったわね。良いわよ、解かった。貸してあげるわ」
二人は連れ立って教室へ入り、優美は修治の真後ろの席に着いた。
これまで勉強に死力を尽くす程に頑張って来た優美は、東京の国立大学に現役で合格するだろうと目される秀才になり、その過程で、次第に、自信の欠片のようなものが培われて来た。そして、思春期の人生を生きる多様な局面においても、何事につけチャレンジャブルに振舞うことが目に見えて際立って来もした。
 秋の学園祭の夜、キャンプファイア―を囲んで、参加している全校生徒が輪になって踊るフォークダンスが始まった時、思いがけなくも、優美は修治からパートナーとして声を掛けられた。
「一緒に踊ってくれないか?」
「えっ?わたしが?」
「うん、宜しく!」
優美は舞い上がる有頂天の思いで、修治と手を組み合った。だが、三十分ほどが経って、一人ずつ相手が変わって行くチェンジング・パートナーになった時、優美はもう他の誰とも踊りたくなくて、輪から外れ、会場のグランドを後にした。
クラスの女生徒達は世間知においては、皆、優美よりも歳上のようだった。彼女たちは「きちんとしている」か「きちんとしていない」かの何方かだった。きちんとしている女の子にはボーイフレンドが直ぐに出来て、土曜日や日曜日に二人してデートをするし、又、彼が彼女の家にやって来て客間や自室で二人だけで話をしたりする。誰にも邪魔されずに数時間、ドアを閉め切って時を過ごす。灯りを暗く落とし、抱き合ったりして、頭が熱くなり、髪が乱れる。
 優美は高校三年生の夏休みの或る日、思いがけない事態を体験した。
その日、両親は親戚の法事で留守だったし、兄も姉も朝から出かけて、家には優美一人が残っていた。午前中、受験勉強にみっちり打ち込んだ彼女は、一時頃になって、昼食を摂る為に自室を出た。ふと見ると、クローゼットを隔てた姉の部屋から廊下に灯が漏れ、ドアが半開きになっていた。
お姉ちゃんが帰っているのだろうか?・・・
彼女は何気無くそっと中を覗いて、眼を見張った。
姉が若い男と抱き合って唇を重ねていた。腕を相手の首にしっかり巻き付けて互いの唇を貪り合っていた。男は兄の友人のようだった。
優美はハッと立ち竦み、直ぐに躰と顔をドアの後ろに隠して見つめ直した。
二人は貪り合う唇を重ねながら、やがて互いの被服を一枚一枚脱がせ始めた、が、まどろっこしくなったのか、自ら毟り取るようにして脱衣した。姉の肢体は艶やかだった。豊かに盛り上がった大きな胸、括れたウエスト、ツンと突き上がったヒップ、黒々と濃く光る恥毛・・・幼い頃に一緒に入浴して以来の久し振りに見る姉の裸身に優美は圧倒された。そして、大きく立ち上がった男のモノを初めて目の当たりにして、優美の心臓はドキドキし始めた。
あんなに大きく、長くなるんだ!・・・物凄い大きさのように彼女には見えた。
姉と男は唇を重ね合いながら縺れるようにして横長の大きなソファーに倒れ込み、そして、重なり合った。姉の黒々としたクレバスが開いて覗いたピンクの花園に、いきり立った男のモノが突入した。
優美は生のセックス行為を見るのは初めてだった。外国映画でそれらしき雰囲気は知ってはいたが、実際に激しく動く二人の行為を目の当りにして彼女は甚だしく興奮した。見るに堪え難い淫乱な光景であったが、その場を離れられずに釘付けになる情景でもあった。神々が奇妙な衝動によって二人に素晴らしい贈り物を齎しているように思われた。姉と男は言葉を全く使わずに男女の性行為に関する知識を初心な処女の優美に与えていた。優美は惹き込まれるようにして凝視し続けた。やがて、胸の動悸が更に高まり、息苦しくなって、足音を忍ばせ、息を殺して自分の部屋へ引き返した。直ぐには興奮は治まらず、彼女は暫し呆然として、一時間ほど宙を見詰め続けた。姉と男の行為は第二ラウンドも激しく求め合ったが、それはもう優美の意識の外であった。
 彼等二人の性愛行為は優美に大きなインパクトを与えた。それは、私も誰かに愛されたい、誰かを愛したい、そして、抱き締められたい、抱き締めたい、という具体的な願望だった。それが修治だとしたら・・・
ねえ、もっと近くに来て欲しい、強く抱き締めて欲しい、考えていることや夢を話して欲しい、そして、私が考えていることや夢を語るのを聞いて欲しい・・・
 優美は、自分が今、修治に対して何を求めているのかをはっきり伝えなければ、と思った。直ぐに実行しないと勇気が無くなってしまうのではないかと恐れもした。
手紙を書くか?メールで送るか?直接会って話すか?・・・
だが、優美は他方で、万が一、修治が受け入れなければどうなるだろうか、と惑った。
「止めろよ、止せよ」と軽く笑って一蹴されたら?・・・これまで培って来た二人の素朴な級友関係も破綻する、翌日からきまり悪くて口も利けなくなる、顔も見られなくなる。
優美は、辛うじて、修治に対して自分が今抱いている感情を伝えることを思い留まった。そして、結局、彼女は恋人を手中にしようというこの大胆な試みを実行できず、卒業式の翌日に修治に対して告別の手紙を書き送っただけに終わってしまったのだった。
「紅き花の咲き行く如く情熱を燃やした日々よ。去り行きし日の慕わしさ、あなたと共に在りせばこそ。三年一組のホープ、藤木修治さん。いつまでもお元気でね。私を悲しい時、思い出して下さいね、そして、闘って!さようなら!さようなら!別れ行く今宵よ、星はせめて耀け、やさしくまた逢う日はいつ、我知らず、せめて捧げん。あなたの御健康とご幸福をお祈りします。新藤優美」
確かに、ただの惜別の手紙だったのかも知れない。卒業の感傷を少女趣味的表現で彩った一級友への別れの言葉だったのかも知れない。然し、受け取った修治の心は何か惑った。これが自分に来たということは、自分宛の彼女の心のメッセージが、この俺を好きだという彼女の秘めた思いが、込められているのではないか・・・彼は最終的にそう判断した。
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