クラブ「純」のカウンターから

相良武有

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第九章 オーナー岡林

②岡林、クラブ「純」を開店する

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 半年後、警察から妻と娘の遺体が見つかったことを知らされた。
岡林は妻と娘の弔いを、三人の暮らした故郷の街で、しめやかにひっそりと執り行った。連絡の取れた親族や知人・友人は極く僅かしか居なかった。
 妻子の遺骨を勤務先の寮の部屋へ持ち帰った岡林は、その遺骨と二ヵ月半の間、其処で一緒に暮らした。
俺にはもう何も残っていない・・・再び大きな喪失感が岡林を捉まえた。
そんな打ちひしがれた岡林に茉莉の言葉が胸に響いた。
「ねえ、何日までもそうやって毎日嘆いていたんじゃ、奥さんも娘さんも安心して成仏出来ないわよ。生かされたあなたがこれからの人生を二人の分までしっかり生きなきゃ、ね。残ったお金で何か始めてみたら?」
残った金は手元に一千万円ほど有った。
このまま会社に居続けても、この先花が咲く見通しは無い。いっそ会社を辞めて、もう一度、一から出直してみるか、それも悪くはないな、駄目だったとしても元々だ、何とかなるだろう。
岡林は、妻を震災で失った男性とネットの掲示板で知り合い、互いの辛さを語り合った。少しは楽になった、気がした。
悲しみは消えはしないし容易く乗り越えることも出来なかったが、時が少しずつ癒してくれた。生活に支障が無い程度には回復して行った。
岡林は思った。
妻と娘は、肉体は消えても、時々、俺の傍に出て来て俺はそれを見ることが出来る。永遠のさよならじゃない、震災が二人を連れて行っただけだ。死は生の直ぐ向こう側に在る、生と死の境目は薄い。
そう思うと少し元気が出て来た。
「クラブかバーかスナックか、そんなものをやろうかと思うんだが、どうだ、やってくれないか?店はお前に任せるから、さ」
「えっ、わたしがあなたの店を任されるの?でも、成功するかどうか解からないわよ、やったことも無いし、自信が有る訳じゃないし・・・」
「人生を賭けるなんていう大袈裟なもんじゃないよ。言わば俺の初めての博打みたいなもんだ、駄目元で良いじゃないか、な」
「真実にわたしに任せてくれるのね。だったら、垢抜けたあまり大きくないクラブなんかが良いな」

 岡林は二ヵ月後、東京を引払って茉莉と一緒にこの街へやって来た。東京から一持間余りの首都圏の端に在るこの街は茉莉の生まれ育った故郷の土地だった。
 クラブ「純」はこの地に開店した。そして、キャバ嬢茉莉は滅して純子ママが誕生した。それは細田純子の五年振りの蘇えりだった。
 それから岡林は、酒と料理を出す洒落た店を開きたいと縷々物色を始め、一つひとつ丁寧に物件を見て廻った。中には廃業した写真店を改装して出した店もあった。
その後、クラブやパブを年に一軒ほどのペースで出店した岡林は、次第に夜の水商売では少しは顔の知れた存在になっていった。
「俺たちはこれからも細く長くこの商売を続けて行こう。生き残った俺のため、再出発したお前のため、そして、俺たちを支えてくれるお客や仲間の為に」
岡林と純子がそう誓ってから、既に二十年の歳月が流れた。
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