31 / 72
第六章 同級生遼子、ホステスから庭師へ転身
⑩遼子、女庭師として独り立ちする
しおりを挟む
専門学校や職業訓練校、設計事務所等の研修を終えて一区切りがついた頃、後藤造園の皆が遼子を激励し慰労する会を催してくれた。初めて後藤造園へ足を踏み入れてから二年の歳月が経っていた。
「良く頑張りましたね、遼子さん」
そう言って、今年三十六歳になる先輩の女性庭師が皆を代表して花束をプレゼントしてくれた。
社長の後藤が簡単な挨拶を行った後、最年長の五十五歳のベテラン造園士が乾杯の音頭を取って楽しい宴が始まった。今日の料理は主人公の遼子に合わせてイタリアンだった。美味しいパスタを食し円やかな白ワインを飲んで皆と歓談し、遼子にとっては忘れられない夜が更けて行った。仲間達に対する感謝の念で遼子の胸は一杯になった。
仕事の話は誰もが殆ど口にしなかった。酒席では会社の話や仕事の話をしないのが最上のエチケットだと皆が心得ていた。
「人生、山あり谷ありだよな。でも、そのことから何かを掴み取って立ち上がることが大切なんだな」
「色んな辛いことをバネにしている人の方が、人間味が有って他人の痛みも解る人になるのよね」
遼子は、言われていることがまるで自分のことのようで、身につまされて涙が出そうになったし元気を貰った気もした。
終わり際に後藤が遼子に言った。
「今日でうちの実習は終わりにする。此の儘うちに残って仕事を続けても良いし、独立して自分でやっても良い。但し、独り立ちでやっていくにしろ、うちからの仕事は最優先でやってくれることが大前提だぞ」
遼子は後藤の思いやりが嬉しかった。独りでやっても食っていける保証は無い、後藤造園の下請をしながら当分の間は食い繋ぎ、その間に自分のお客さんを増やす努力をしろよ、そう言っているのが眼に見えていた。
「独り立ちでやらせて下さい」
遼子は、自分の人生をやり直す為にも、普通の人の堅気の人生に仲間入りする為にも、自力で、独力で立ち上がらなければならない、と強く心に秘していた。
「遼子さん、独りでやるにしても私達は皆、これからも仲間だからね。ずうっと仲間だからね」
先程の女性庭師がそう言って遼子の肩を抱いた。
「有難うございます・・・」
言った切り顔を伏せて、遼子は後の言葉が継げなかった。涙が頬を伝って落ちた。これまで、弾かれて憤怒の涙を流したことは幾度もあったが、受け入れられて感涙を溢すのは初めてだった。
皆と別れて後藤と二人になった時、遼子は彼に心から感謝の言葉を述べた。
「後藤さん、この二年間、真実に有難う。あなたのお陰で私は水商売の世界から足を抜いて、普通の人の人生に仲間入りするスタートが切れることになった。あなたが居なかったらこんな夢みたいなことは出来なかったわ。あなたの、陰に成り日向に成っての大きな支えと励ましがあったからこそ、何とか今日までたどり着くことが出来たの。月並みな言い方しか出来ないけれど、改めて、真実に、有難う!」
「何言っているんだよ。頑張ったのはお前だ。俺は別に大したことをした訳じゃないよ。俺は唯、お前にもう一度昔の輝きを取り戻して欲しかっただけだ」
遼子はもう後藤のことを、以前のように「後藤君」と軽々しく呼ぶことは出来なくなっていた。遼子の口を突いて出た「後藤さん」という呼び方に、彼への深い感謝の思いと淡い思慕の情が篭っていた。
程無くして、遼子はなけなしの貯金を叩いて「有限会社花木園」を設立した。
「良く頑張りましたね、遼子さん」
そう言って、今年三十六歳になる先輩の女性庭師が皆を代表して花束をプレゼントしてくれた。
社長の後藤が簡単な挨拶を行った後、最年長の五十五歳のベテラン造園士が乾杯の音頭を取って楽しい宴が始まった。今日の料理は主人公の遼子に合わせてイタリアンだった。美味しいパスタを食し円やかな白ワインを飲んで皆と歓談し、遼子にとっては忘れられない夜が更けて行った。仲間達に対する感謝の念で遼子の胸は一杯になった。
仕事の話は誰もが殆ど口にしなかった。酒席では会社の話や仕事の話をしないのが最上のエチケットだと皆が心得ていた。
「人生、山あり谷ありだよな。でも、そのことから何かを掴み取って立ち上がることが大切なんだな」
「色んな辛いことをバネにしている人の方が、人間味が有って他人の痛みも解る人になるのよね」
遼子は、言われていることがまるで自分のことのようで、身につまされて涙が出そうになったし元気を貰った気もした。
終わり際に後藤が遼子に言った。
「今日でうちの実習は終わりにする。此の儘うちに残って仕事を続けても良いし、独立して自分でやっても良い。但し、独り立ちでやっていくにしろ、うちからの仕事は最優先でやってくれることが大前提だぞ」
遼子は後藤の思いやりが嬉しかった。独りでやっても食っていける保証は無い、後藤造園の下請をしながら当分の間は食い繋ぎ、その間に自分のお客さんを増やす努力をしろよ、そう言っているのが眼に見えていた。
「独り立ちでやらせて下さい」
遼子は、自分の人生をやり直す為にも、普通の人の堅気の人生に仲間入りする為にも、自力で、独力で立ち上がらなければならない、と強く心に秘していた。
「遼子さん、独りでやるにしても私達は皆、これからも仲間だからね。ずうっと仲間だからね」
先程の女性庭師がそう言って遼子の肩を抱いた。
「有難うございます・・・」
言った切り顔を伏せて、遼子は後の言葉が継げなかった。涙が頬を伝って落ちた。これまで、弾かれて憤怒の涙を流したことは幾度もあったが、受け入れられて感涙を溢すのは初めてだった。
皆と別れて後藤と二人になった時、遼子は彼に心から感謝の言葉を述べた。
「後藤さん、この二年間、真実に有難う。あなたのお陰で私は水商売の世界から足を抜いて、普通の人の人生に仲間入りするスタートが切れることになった。あなたが居なかったらこんな夢みたいなことは出来なかったわ。あなたの、陰に成り日向に成っての大きな支えと励ましがあったからこそ、何とか今日までたどり着くことが出来たの。月並みな言い方しか出来ないけれど、改めて、真実に、有難う!」
「何言っているんだよ。頑張ったのはお前だ。俺は別に大したことをした訳じゃないよ。俺は唯、お前にもう一度昔の輝きを取り戻して欲しかっただけだ」
遼子はもう後藤のことを、以前のように「後藤君」と軽々しく呼ぶことは出来なくなっていた。遼子の口を突いて出た「後藤さん」という呼び方に、彼への深い感謝の思いと淡い思慕の情が篭っていた。
程無くして、遼子はなけなしの貯金を叩いて「有限会社花木園」を設立した。
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
大人への門
相良武有
現代文学
思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。
が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

半欠けの二人連れ達
相良武有
現代文学
割烹と現代料理の店「ふじ半」の厨房から、店へやって来る客達の人生の時の瞬を垣間見る心揺するハートフルな物語の幾つか・・・
人は誰しも一人では不完全な半人前である。信頼し合う二人が支え合い補い合って漸く一人前になる。「半欠け」の二人が信じ合い解り合って人生を紡いで行く・・・
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる