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第六章 同級生遼子、ホステスから庭師へ転身

④遼子、男を刺して刑務所へ入る

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「あいつは裏通りのバーでホステスをしていたんだ。殆どヒモのような男を喰わせていたんだが、その男が他の女と出来て自分を捨てようとしたことに腹を立てて、カッとなって刺してしまったらしい」
「そうか、そうだったのか。それにしてもお前、随分と詳しいが、高校を卒業した後もあいつと往き来があったのか?」
「確か二年ほど前だったかな。行き付けの店へ呑みに行ったら、其処へあいつが移って来ていたんだ」
「なるほど」
「前の店に借金があったか、或は、新しい店の前借金でその他の借金を穴埋めしたか、いずれにしても男の為に身を売ったようなものだな、酷い哀れな話だよ」
「小泉のように、出刃包丁を握って相手を刺すところまでは行かなくても、その一つ手前で、憎み合ったり、殴り合ったり、別れたり、我慢したり、そんな男と女は星の数ほど居るだろうし、警察の手を煩わせる人間も居ない訳ではない。だが、俺から見れば、何時も何処かで聞いているありふれた哀しい話なんだよな。それにしても、馬鹿なことをしたものだな、あいつも。自分を捨てようとした男だったら、どうせもう脈は無いのだから、あっさり別れたら良かったものを、刺すなんて、馬鹿だよな」
「騒ぎを聞きつけたマンションの隣人が一一〇番通報して、駆けつけた警察官に連行されて行ったらしい。刺された男は命に別状は無くて、その所為と言っちゃ何だが、刑務所に入ったもののあいつの罪は軽くて、半年くらいで出られることになった」
「それにしても、なんで、あいつはそんな風に曲がっちまったのだ?」
「そりゃやっぱり、男だよ。歳下の、一寸不良っぽいイケメンの男に惚れちまってさ。そいつにいいように玩具にされたんだ。女の惚れた弱みに付け込んで金をせびり取る悪ガキだったらしいが、あいつは可愛くて仕様が無かったらしい。碌に仕事もしない若造を喰わせてやって居たのだから、ヒモもいいところだよ。ヒモは食わさなきゃならんし、借金は背負わされるしで、あいつも大変だったろうよ」
そうか、そういうことだったのか・・・
嶋木にも遼子の足取りが見えて来た気がした。
「そうまで一途に惚れ込んで入れ揚げた男にあっさり捨てられたんじゃ、カッとなって刃物沙汰を起こすこともあるかも、な」
そんな男に惚れた身の錆だと言えばそれまでだが、後藤の胸にも嶋木の胸にもやり切れない哀痛が込み上げていた。
 
 開いた門から後藤が独りで出て来て嶋木の方へやって来た。
今日は遼子の出所日だった。
遼子の貰請人になってやった後藤が、出迎えが誰も居ないんじゃあいつも寂しいだろう、そう言って嶋木に随行を頼んだのである。確かに、他には誰も来ていなかった。
後藤は嶋木の傍まで来ると、今出て来る、と言って、照り付ける西日を見上げながら、汗を拭いた。二人は、無言で門を見つめた。
 暫くして又、門が開いた。そして、一人の女と刑務所の職員らしい中年の男が外に出て来た。身の回り品を入れているらしいバッグを一つ抱えた女は小泉遼子だった。中年の職員はちらと後藤たちを見やって、無言で刑務所の中へ戻って行った。小泉遼子は軽くお辞儀を返していた。
「おい、こっちだ」
後藤が明るく言って遼子を手招きした。すると遼子は此方を見て、ゆっくりと歩み寄って来た。半年以上も刑務所に居たというのに、遼子は顔色こそ青白かったものの、さほどやつれてはいなかった。
 あっ、これがあの小泉遼子だな・・・
嶋木は近づいて来る女をじっと見つめた。
流石に夜の水商売の女だった。身体の手入れは丹念だったらしく、胸も腰もヒップもすっきりして線の崩れは無かった。涼やかな眼の辺りにも昔の面影が残っていた。
「嶋木だ。憶えているだろう?」
後藤が言うと、遼子は無言のまま、まじまじと嶋木を見つめた。だが、遼子の視線は昔の同級生を懐かしがる眼ではなかった。嶋木は、女が男を吟味するしたたかな眼に晒されている感じがした。
「ああ、嶋木くんね」
遼子の顔にふっと笑いが浮かんだ。だがその笑いには何処か投げ遣りな感じが含まれていた。遼子の声は男のように低くしゃがれていた。その声で遼子が続けた。
「今日は出迎えてくれて、有難う」
 だが、遼子は直ぐに笑いを引っ込めると、あっさり、じゃこれで、と言った。道端で偶然出会って立ち話をした人間と別れるよりもあっけなく、遼子は背を向けた。
「・・・・・」
「おい、おい」
ぼんやり見送っていた後藤が慌てて後を追おうとした、が、嶋木が止めた。
「然しだ。じゃこれで、という言い方は無いだろう?俺は貰請人なのだぞ」
「だから、その礼はちゃんと言ったじゃないか。あれで良いんだよ。あいつは一人でやって行ける女だよ」
「一人でやって行ける女が、何で刃物沙汰まで起したのだよ」
後藤は息巻いたが、嶋木は答えずに、後藤を促して歩き出した。
 小泉遼子は、同級生面をして表れた男二人が、所詮ただの赤の他人に過ぎないことを見抜いていたのだ。その通りだと嶋木は思った。後藤は庭師を継いで確かな将来像を持って前を向いているし、嶋木も刑務所の向こう側を知らない謂わば安全地帯に居る、二人とも遼子とは別の世界の人間だ。遼子は、そんな男達の同情を当てにして生きて行くような、柔な女じゃない。
 遼子が何処かで道を曲がったらしく、塀沿いの道にはもう姿は見えなかった。人の姿も無く、がらんとした刑務所沿いの道に、やや赤みを帯びた日射しが照り付けている。じゃこれで、と言った遼子の擦れ声が、次第に遠くなり、ふっと消えるのを嶋木は感じた。
「一人で困るようだったら、少しぐらいは相談にも乗ってやろうと思っていたのに、馬鹿な女だ」
一人呟いた後藤に、そうかね、と嶋木が答えた。
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