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第五章 同級生、印刻師の菅原

⑬最終的に、由紀は胃潰瘍と診断された

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 数日後、由紀の内視鏡検査が又、行われた。
菅原と由紀が六階の病室に戻って程無く、看護師が二人を呼びに来た。先生がお会いになる、と言うのである。
案内された部屋には既に医師が待っていて、その前に椅子が二つ置いてあった。
「いやあ、思ったほど大事に至らなくて良かったね」
そう言って、柔和な笑顔を向けた。
「色んな可能性を心配したが、そう、癌、肝硬変、静脈瘤・・・然し、どうやら胃潰瘍みたいだよ」
「胃潰瘍ですか?」
「出血性胃潰瘍。潰瘍が出来た場所の血管が破れたんだね。ストレス、過労、睡眠不足、暴飲暴食、早食い・・・何か心当たりはありませんか?」
由紀が暴飲暴食をする筈が無いから、やはりストレスと過労だったんだな、俺が由紀を放ったらかしにした所為だ、と菅原はまた自分を責めた。
「水や食べ物が入っていたら、折角塞がりつつあった傷口が再び破れて出血し、吐血しただろうね。飲まず食わずの治療が功を奏したんだね。もう一回吐血していたら大事だったかも知れないよ」
医師は恐ろしいことを言った。
「ところで先生、どのくらいで退院出来るでしょうか?」
心積もりをする必要があった。菅原は、あと一週間くらいだろう、と踏んでもいた。
「そうだね、あと一ヶ月、否、はっきりとは言えないな、回復次第だから、ね。ま、少なくともそれくらいは覚悟しておいて下さい」
立ち上がった二人に、医師はまた微笑を投げかけた。
「兎に角この程度で良かったね。先ずはひと安心だね」
それからの由紀は、点滴を続けながらも、重湯から三分粥、七分粥へと食事のメニューが変わって行き、洗髪したりシャワーを浴びたりすることも許されて、段々と回復に向かって行くようだった。
 二十五歳の若い由紀の身体は、本人の頑張りと菅原の庇護、医師や看護師の治療と看護の下で、徐々にではあるが、少しずつ回復に向かい始めた。
水が飲めるようになり、重湯からお粥へと進み、一ヵ月後に漸く普通食を摂ることを許された。
更に、普通食を四週間続け、風呂に入っても疲れを感じなくなって、漸く内視鏡検査が言い渡された。
由紀は、自分の体調が少しずつ良くなっているのを自覚していたが、やはり、どうか無事に癒くなっていますように、と祈りにも似た気持で最終検査を受けた。
結果は、何事も無くクリアーしていた。患部は綺麗に塞がっていた。
「おめでとう、もう大丈夫だろう」
医師がやっと由紀の退院を許可した。
由紀は嬉し泣きの顔を菅原の胸に埋めた。菅原は心の底からほっとした。安堵で気が抜けそうだった。
 
 退院の日は朝からよく晴れていた。
陽が燦然と輝き、入院中に病室から見たビルや家々や店の一つひとつが、鮮明に由紀の眼を射た。
毎日見慣れた丘の上の駅が前方に見えた時、菅原が車を走らせながら由紀に尋ねた。
「今、一番に何がしたい?」
「髪を切りたいわ」
由紀は、嫌な思いを早く断ち切りたいように、そう答えた。
「あとは?」
「あなたとゆっくり家で過ごしたい」
「それから、何をする?」
「嫌ぁね、知らない」
由紀は何を勘違いしたのか、頬を少し赤らめて恥らう仕種をした。
菅原は、そう言えば、久しく由紀を抱いていないな、と思った。
 菅原の運転する車は駅前の商店街を抜け、二人の家へと真直ぐに走った。
晴れ上がった空には白い鳥が二羽、番のように、羽を拡げて舞っていた。
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